「ウ」次元での使用法

「ウ」次元での使用法 たかまはらの使用法。う次元での父韻 。

「それぞれの次元に住む人が、目的遂行のために時の経過に順って変化させる意志発動の変遷。」

例題。「知るを知るとなし、知らざるを知らずとなす、これ知るなり」

「ウ」次元での父韻の配列。

○・キシチニヒミイリ・○

あ・カサタナハマヤラ・わ

------------------------------------

(・) 【16 言霊 イ】 伊耶那岐(いざなぎ)の神。 (意志の発動) 親韻、

(吾の眼の創造原理)

○ 「中今の創造主。心の創造意思」。

「言霊ウの次元にうずくまって明け暮れ欲望の世界に没入している人は、自己の本性が実は広い宇宙そのものだという自覚がありません。それゆえその心の手順の初頭に立つべき母音の自覚を欠きます。母音の立つべき第一行を空白で示した所以です。」

(ア)・アの自覚は無い。五感感覚する欲望次元の世界に関しているので、当の言葉が孔子様か毛沢東かキリストかの知識に関心はありません。誰の言葉であろうと言葉を聞けば響を聞きますからそこから起きる五感感覚がありますが、今の自他の世界全体との関係を自覚していませんので、もっぱら自分の欲望の起伏や物理上の自然状態経過に左右されています。単に画面上で「~」を見たとしましょう。

--------------------------------

(三) 【10 言霊 キ】 角杙(つのぐひ)の神。 (オの性質)掻き進める働き。

体験内容を自我の方向に掻き寄せようとする力動韻

・収納・陰掻力

立てた規範をもってその運用に合うように相手対象を引き寄せるいとなみ、働き。

「次に八父韻配列の第一番目は父韻キで始まります。最初に母音の自覚がありますと、その行為は宇宙全体の具体化活動として父韻チから始まるはずですが、自己本来の面目の自覚がありませんのでその心の手順は、自分の心の中の欲望の一つを掻き寄せること、すなわちキではじまります。」

(カ)・「~」の言葉を聞いたり読んだり見たりします。そこに心に関心がある言葉と共感したり、響を聞き取ったり、知るを汁粉と取ったり、「なす」から今年のボーナスを思ったりして、興味関心事を心に引き寄せ掻き集めます。その掻き集め方はその時の感覚によりますから本人も知りません。「~」を画面上で見れば見たで、それを読もうとしたり、写真を探そうとしたりの最初の自分の心の動きがあります。

--------------------------------

(五) 【12 言霊 シ】 意富斗能地(おほとのぢ)の神。 (エの性質) 拡がりの保存収縮。

精神宇宙にある精神内容が螺旋形の中心に静まり収まる力動韻

・調和・透刺力

大いなる量りの働きの地。選択決着を目指して納めようとするいとなみの識別の土台となる働き。

「掻き寄せられた欲望の目的が心の中心に静まり不動のものとなります。」「自我欲望が決まれば」

(サ)・(カ)の引き寄せられた五感感覚の関心事が自分の中心を占めそこに自分のいとなみが全部移住していきます。画面上の文字を読むのか色だけ見るのか、ページ更新のマークを探しているのか、ここで選択の種ができ、自分の興味関心事に合う合わないが選択され、そのまま自分の中に鎮静し中心を占めていきます。

「~」の言葉の知識内容に感心していくのではなく、その画面上の物理上の様子容姿関心事欲望の起き具合が、既に固まり決まります。

--------------------------------

(一) 【08 言霊 チ】 宇比地邇(うひぢに)の神。 (ウの性質)全体性 父韻

精神宇宙全体がそのまま現象発現に向って動き出す端緒の力動韻

・創造・陽出力

宇は地と比べて近い。天は地と比べて近い。吾の眼の全体感はそのまま相手対象に向ういとなみ・働きをする。

「その次にチが続きます。自己本来の面目の自覚があれば、この父韻がしめす現象は宇宙全体または全身全霊などに関係したものとなるはずですが、いまの場合はこの自覚がありませので、ここではチはその人間経験・知識・信条といったものの総体を示します。」

「その他せいのために経験・知識・信条の全部」

(タ)・次いで全体性を表出する言霊チが来ますから、前段で心に決まってしまったものが心の全面に押し出されます。知るとか知らないとかは今までの自己所有している記憶概念に照らし合わせることができれば知っている、出来なければ知らないですが、そういった、オの次元知識の関連性には関心がないのがウの次元です。その代わり「~」の物理表現上の感覚で受け取られた印象に気をとられます。

--------------------------------

(八) 【15 言霊 ニ】 妹阿夜訶志古泥(あやかしこね)の神。 (ワの性質)火花の先端にて、表面性。

物事の現象の種が精神宇宙の中核に煮詰まり成る韻

・成熟・吸引力

心の深部(夜)のなりさまの恐れおおさがもの事の原因となるように煮詰まる働き。

「(チ)の中から選ばれた名分が 煮詰められ 」

(ナ)・そうと決まれば、思い付きにしろ閃きにしろ好き嫌いにしろ、名目が立ってしまいます。この名目は、どこからきているかの自覚がないため、選択された内容におそれおおさが加わります。自分の言うことに権威やあやしさやかしこみの感情が知らず知らず紛れ込みます。そういった中で自分が自分にかしこむわけですから、そこで与えられようとする名目、名付けには自分の存在権威がかかってきます。

--------------------------------

(七) 【14 言霊 ヒ】 於母陀流(おもだる)の神。 (アの性質)火花の先端にて、表面性。

精神内容表現が精神宇宙球の表面に完成する韻

・開顕・開発力

意識内容が自己の表層へと上昇し自己の表面結界を超えて、表面で見つかったものと結び付こうとする働き。

「(ニ)の名分に都合のよい言葉が生み出され」

(ハ)・ですのでそうような方向を目指してし、次に、表現を探していきます。「~」にしようか、「無知の知」にしようか、という事よりも、候補とか思い付きとかがいろいろありますが、感覚的ななりさまが選択されます。自分の気分に沿って、知る、汁粉、卑弥呼などと、それと折の合う言葉が表面化していきます。

--------------------------------

(四) 【11 言霊 ミ】 妹活杙(いくぐひ)の神。 (ヲの性質) 掻き集める動き。

精神内容の中に己にある自己の体験内容に思いが結びつこうとする力動韻

・整理・旋回力

立てた規範を中心にして相手対象に適合させるようななりさまを探す働き。

「(ヒ)の言葉が他の人または社会に向って」

(マ)・次にそこで上手い具合に気分に合う言葉などが得られると、それを規範として立てて相手対象を適合させようとします。相手社会を自分に合わせようとしていき、その結果を求めようとします。

--------------------------------

(二) 【09 言霊 イ】 妹須比智邇(いもすひぢに)の神。 (ウの性質) 全体性。

動き出した力動が持続する韻

・繁栄・飛至力

すべからく智に比ぶるに近かるべし。智による選択に依らずとも相手対象のなりさまと成る。

「動く」

(ヤ)・一度自分に名目が立つと自分を強制しだします。自己の内外の条件をクリアできるように行動へと向かい、「~」の理解に代わって感覚気分の言葉が押し出されてきます。知識あるいは智慧に取って代わっても、物事を表現し自分を主張していると思われます。

--------------------------------

(六) 【13 言霊 リ】 妹大斗乃弁(おほとのべ)の神。 (ヱの性質)保存収縮の拡がり。

ある精神内容が宇宙の拡がりに向って螺旋状に発展拡大して行く力動韻

・滲透・螺婁()力

大いなる量りのわきまえ。選択識別されたなりさまが繰り返し述べられるような働き。

しかし、この動きはとめども無い欲望の世界へ進展して極まることがない。」

(ラ)・こうしてこうであるとの、現象なるものを創ります。この現象表現が「知る汁粉卑弥呼なんぞ知らないよ」となり「知るを知るとなし、知らざるを知らずとなす、これ知るなり」と同等な表現となります。

心の父韻の過程のチイキミシリヒニを一つ一つ経過してきました。そこで一巡の最後に残ったのは「リ」だけで、「リ」が最後というのは、おほとのべの神とあるように、多いに述べ繰り返されることになり自分に終わりを見出せなくなります。そこで目的が発端に転化していききりがなくなります。

-------------------------------

(・) 【17 言霊 ヰ】 妹伊耶那美(み)の神。

(意志の帰還) 「中今の創造主。心の創造意思」。

伊岐とは伊の気でイ言霊のこと

心のすべての現象はここから現われ出て、また此処に帰っていくのです 。

(ワ)・「わ」は結論を生む事ですが、心の結論がなく繰り返しの「ラ」に従いますので、「わ」がありません。

「父韻配列がリで終わる事は、欲望の目的と思われ追求されてきたものは次の欲望の発端なのであって、この世界が際限の無い流転の相であることを示しています。心中のこれで完結という終わりはあり得ません。そのため、最初の母音イと共に最後の半母音ヰをも欠如することとなります。

欲望のせかいがややもすると目的のために手段を選ばず、否、目的のために他のいかなる次元の人間の性能も踏みつけにする傾向は、この父韻の配列の内の、キシチニがよく示しているとこであります。。欲望の達成のためには知識も人の感情も道徳心もすべては手段にすぎないのです。」

「汁粉」という表現も自覚された結論として得たものではないので、「汁粉」という結論が完結していなく、不安定で「汁粉」が種となって次の疑問の始まり、目的のためには手段を選ばないとなってしまいます。

-------------------------------

▲▲▲ここまで▲▲▲