無門関

無門関

第一則「趙州狛子」・犬に仏性は有るのか、無いのか。

趙州和尚因みに僧問う、「狛子に還って仏性有りや無しや。州曰く、「無」。

「狛子に仏性は有る」とお釈迦様は説いているのに、和尚さんが「無」と言った、何故だ、それは「有る」と答えたら「そうですね」と仏の教えをそのまま答えているに過ぎない、質問しないことと同じことになる。その質問を有意義に足らしめるには問われた和尚さんの務め、だからわざと「無い」と答えた。

その答えで質問した坊主は頭が混乱します、どうして和尚さんは「無い」と答えたのだろう、突き詰めていったら仏の教えをあれや、これやと考えるようになる、仏に近づくことになる、だから「無い」と答えた。

これが‘オ’の次元で言いますと「無いものは無い」ということになってしまう。大和尚が言うなら間違いないだろう、なんてことになりかねない。

趙州和尚からすれば、「今ここで、お前も私も一つになっていて、一つの問いを提起したのだから、私もその問いの因縁を踏まえれば、お前が少しでも勉強の足しにして仏に近づいてもらいたい、だからお前に対してどのような答えをすれば良いかを考えてみて『無』と言ったのだよ。」

そう説明してしまうと、親切は一番の不親切になる、その深意を説明してしまうと又、「そうですね」で終わってしまう、だから簡潔に「無」と答えた、問答に一瞬にして答えるには今ここで閃くのは和尚が覚者で悟っていたから。三日後に答えても意味がない。

http://imakoko.seesaa.net/article/102917296.html

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仏性はあるとかないとか答えることはどうでもいいことです。二人とも公式の答えは知っています。仏の教えも分かっています。

みんなが食事している食卓でうんこしてもいいか小便してもいいかというのと同じです。

死んだ知識、死んだ教えの記憶を操作するならどんな質問が出てきても答えはすでに分かっているのです。

相手を試そうと意地の悪い質問をしたのかもしれません。小僧が和尚さんを試した格好です。ということは小僧は自分でも答えられる自信があったのです。

そこで和尚はぜんぜん別の仏の教えに反する答えをしました。趙州が「有る」と言ってしまえば、弟子の教育にならない。だから「無」と言った。

赤子はどこでも自由にうんこもおしっこもできます。人は自分が殺される場面に遇えば反抗し相手を殺すこともあります。ここからは殺生は良いことかなどという問答も出てくるでしょう。

禅問答は行為実践を問うことが苦手です。赤ん坊の自由意思も殺されそうな絶体絶命の場面も無視して、いいか悪いか、あるかないか、絶対か相対かなどと問題をすり替えます。もちろん修業僧や解説家たちのいうことで悟った和尚さんたちの言葉ではありません。

それでも悟った和尚さんは教育を知識次元でするしか知りませんから、小僧たちの知識を最大限に動かす様に仕向けます。現実の具体的な場面を隠して行われるので、どうしてもイメージの具体化と言葉の抽象性に乖離をみます。

その乖離をわざと見せつけ知の訓練を与えていくわけです。「犬に仏性は有るのか無いのか」を言葉で区切ると各人に関心のある言葉を巡って概念が働きだします。犬と仏性であったり、有ると無しであったり、それらの関心事を元にし記憶概念が活躍していくわけです。

このシステムの上に乗る限りおしょうは幾らでも小僧をひっぱたけることになります。ひっぱたいても分かりもしないことを知っていてそういうことをしていきます。知的に分かることと感覚で分かることと感情で分かることの違いを教えているです。つまり知的には教えることができないので、ひっぱたくこととそれをかんじることとの知識との相違を教えています。

ひっぱたれて痛いか痛くないかなら皮膚感覚が答えます。打たれた時の感情が起こりますがその感情が有るか無いかは、その感情の持続に関することです。また打たれる指示がきた場合打たす場所を与えることになりますが、その場所を選択している自分がいて投打を得るまで自分にはどのように打たれるのかの選択意思が働いています。

それらの感情、感覚、選択の各次元とは違って知識は有る無しの場所を頭の中にしか持ちません。これをまた無字一枚というように人をひっかける言葉で和尚は教えるのです。

しかし問題は教えることではありません。知的な次元を越えさせることです。記憶、概念、学識による返答を断ち切ってそれ以上の返答があることを知らせることです。

さいしょからその方向を示してあげればいいのにと思ってしまいます。

悟ったからといってもそれだけのもでしかないのに、その上を目指すことを忘れて難しい書物だけを残していくのです。悟った時の様子はいろいろ書かれてありますが、呆気ない何でもない、とんでもないそんなことか、というようなものらしいです。

問題はその悟った時を忘れないように保持持続する為、直ちに知識、頭をフル回転させて勉強することではありません。直ちにお堂に戻って座禅したり、その場に座ったりするのは虚空に輝いた感情を忘れないようにするためでしょう。

犬に仏性が有る無しで悟りを得たとしてその心は、自分に悟ったという心の目的が固定されます。そこからそれは何であったか自分はどうするかの行動の名目が出てきて、再度座禅するとか同じ状況を得ようとかして、心の方向の彼方に実現しうる目標を見ようとしていきます。

一方、知的な場合では犬の仏性が有る無しでそれなりの判断をすると、悟りと同様にその心の判断が固定されます。そこからその判断よりする行動やすることの名目を立て、次の判断項目へ移動していきます。

もし和尚が有る無しの判断を与えると知的にはその心がそれで固定されてしまい、「はい分かりました」となって、次を期待していきます。知識は自分の既得の知識としか対話できないからです。和尚はそうではない新しい世界があるのだとひっぱたくわけです。

和尚のやることは知識概念の世界からでて悟り感情の世界へ行け、バシッ、というだけで未来の目標を与えて後は時の経過に任します。もし宗教とか悟りとかの教えが悟りへ導く道を知っているならそれが示されているはずです。ところがそれは秘密のアッ子ちゃっんとして、持っていないのにある様に見せかけています。

真面目に求める人達の不幸がここに始まります。無いのにあるという概念が与えられるのです。いろいろな言葉となっています。

しかし一面未来を目指す指針が与えられるのですから、意気消沈への保証、希望がえられるわけです。

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-趙州和尚、因(ちな)みに僧問う、

「狗子に還って仏性有りや無しや」

趙州云く「無(む)」

-無門曰く「参禅は須(すべか)らく祖師の関を透るべし、妙悟は心路を窮めて絶せんことを要す。祖関透らず、心路絶せずんば、尽(ことごと)く是れ依草附木の精霊ならん。且らく道え、如何が是れ祖師の関。只だ者(こ)の一箇(いっこ)の無の字、乃(すなわ)ち宗門の一関なり。

・・祖の関を通るというのは和尚さんたちを通り越して、祖師達の前にあった心路に参じることです。祖師たちの言葉を生んでくれたものへにで、祖師の言葉そのものではありません。それは無で示されました。

-遂に之を目(なず)けて禅宗無門関と曰(い)う。

透得過(とうとくか)する者は、但だ親しく趙州に見(まみ)ゆるのみならず、便ち歴代の祖師と手を把って共に行き、眉毛(びもう)厮(あ)い結んで同一眼に見、同一耳に聞くべし。

世に慶快ならざらんや。透関を要する底(てい)有ること莫しや。

・・祖師たちと手と手を取って喜び合うことができるでしょう。

・・とはいっても無を得たことに関してだけです。仏教では無を知ることが最高ですから自動的に最高となりますが。

-三百六十の骨節、八万四千の毫竅(ごうきょう)を将(も)って、通身に箇の疑団を起こして、箇の無の字に参じ、昼夜に提撕(ていぜい)せよ。

虚無(きょむ)の会(え)を作すこと莫れ、有無の会を作すこと莫れ。

箇の熱鉄丸を呑了するが如くに相似(あいに)て、吐けども又た吐き出さず、従前の悪知悪覚を蕩尽し、久久に純熟して自然に内外打成(ないげだじょう)一片す。

唖子(あし)の夢を得るが如く、只だ自知することを許す。

・・おしは夢を見てもそれを話せないということは、もともと、知的な理性的な学識概念の次元の話ではないということです。要するに無の解説など屁ということです。

-驀然(まくねん)として打発(たはつ)せば、天を驚かし地を動じて、関(かん)将軍の大刀を奪い得て手に入るるが如く、仏に逢(あ)うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、生死岸頭(しょうじがんとう)に於て大自在を得、六道四生の中に向かって遊戯三昧(ゆげさんまい)ならん。

且(しば)らく作麼生(そもさん)か提撕せん。

平生(へいぜい)の気力を尽くして箇の無の字を挙せよ。

・・それでも無の字を挙げよと引っ掛けるわけです。

-若し間断せずんば、好(はなはな)だ法燭(ほうしょく)の一点すれば便ち著くるに似(に) ん。」

頌(じゅ)に曰(いわ) く

狗子仏性、全提正令。

纔(わず)かに有無に渉れば、喪身失命せん。

・・影も暗黒も光がさせばそのまま消えます。犬に仏性が有るか無いかとか絶対無だとか相対無だとか理性概念の裏に住み着く幽霊です。

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無門関の第二則「百丈野狐」、

百丈和尚、凡そ參の次で、一老人有り、常に衆に隨って法を聴く。

衆人退けば老人も亦た退く。忽ち一日退かず。師遂に問う

面前に立つ者は復も是れ何人ぞ。老人云く、諾、某甲は非人なり。

過去迦葉佛の時に於いて曾つて此の山に住す。因みに学人問う、

大修行底の人、還って因果に落つるや也た無や。某甲対えて云く、

不落因果と。五百生野狐身に墮す。今請う和尚一転語を代って、

貴ぶらくは野狐を脱せしめよと。遂に問う、大修行底の人還って因果に落つるや也た無也。

師云く、不昧因果と。老人言下に於いて大悟し、作礼して云く、

某甲、已に野狐身を脱して山後に住在せん。敢て和尚に告す、乞う、亡僧の事例に依れと。

師、維那をして白槌して衆に告げしむ、食後に亡僧を送らんと。

大衆言議す、一衆皆な安し、涅槃堂に又た人の病む無し。何が故ぞ是の如くなると。

食後に只師の衆を領して山後の巖下に至って、杖を以って一の死野狐を挑出して、

乃ち火葬に依るを見る。師、晩に至って上堂し、前の因縁を挙す。黄檗便ち問う、

古人錯って一転語を祇対して、五百生野狐身に墮すと。転転錯らずんば、

箇の甚麼にか作るべき。師云く、近前來。伊が与に道わん。黄檗遂に近前して師に一掌を与う。

師、手を拍って笑って云く、將に謂えり胡鬚赤と、更に赤鬚胡有り。

頌に曰く、

不落(ふらく) 不昧(ふまい)

兩采(りやうさい) 一賽(いつさい)

不昧(ふまい) 不落(ふらく)

千錯(せんしやく) 萬錯(ばんしやく)

前半を因果を使って解説したものは多いが、後半を無視するものもおおい。要するに後半の意味が分かっていないからです。なにしろ、小僧がお師匠さんをひっぱたくのですから。

晩に和尚は堂に上がって、老人との一切の経緯を語った。すると一番弟子の黄蘖(おうばく)が「老人が誤った一転後を答えたがために、五百生もの間、野狐の身に転落したのであれば、もし彼が正しい答えを言っていたなら、一体どうなっていたのでしょう」と質問した。

和尚は「もっと近くに来なさい、彼(か)の老人のために言ってやろう。」黄蘖(おうばく)は和尚の前に来ると、いきなり師の横面をぶん殴った。和尚は手を打って笑い、「達磨の鬚は赤いと思っていたが、なるほど、ここにも赤鬚の達磨がおるわい」と言った。

無門は言った、「因果が不落なら野狐に堕ち、不昧なら野狐から抜けられるのか、これをよくよく悟って見破る真理を知っている知識を持った人であれば、百丈和尚は五百生もの長きに亘っての老人の野狐の身の上も風流に生きていたことが分かるだろう。」

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大修行すれば因果に落ちない、ならば落ちないための大修行とは何かということで、老人は野狐(コンプレックス)に憑りつかれ、野狐として長きにわたり、さ迷ってきたと思い込んでいたが、実は老人が野狐の身の上を捨てずにいた。

野狐が自分の実相の姿であることを明らかに見ることが因果不昧、不落と不昧は同じ意味となる。百丈和尚が老人に「渇!」と一言すれば済むことだった。それを見破った黄蘖(おうばく)が百丈和尚の横面をぶん殴ったことで、瞬時に百丈和尚は老人と自分は同じだったと気付いたのである。

黄蘖(おうばく)は百丈和尚の学僧である、下位の僧が師匠の僧を殴るとは、現代では考えにくいが、禅の修行は上も下もなく真剣勝負だった。

俺は野狐だ

禅宗の知識というのは、今の知識ではなくて真実の知識。それを「一隻眼」と言った、この公案は不落なら野狐の身で、不昧なら野狐から脱する、これがテーマですが、あなた自身はどう考えますか?無門関もここのところがはっきりしない。

はっきりしようとするなら因果不落は悟った人は因果に落ちないよ、そんなことはない因果に落ちることもある。それじゃ、因果不昧はどうか、落ちる時に落ちたと、落ちていない時に落ちていないと知ること。そこのところを昧(くらまさ)ない、明るくなる、そうすることで野狐から脱することが出来る。

野狐から脱したい、どうすればいいんだ、自分が野狐だと認めてしまえば、分かっても分からなくても野狐が憑りつくけれども、「俺は野狐だ」と覚れば野狐は憑りつかなくなる。誤った考え、考え方を禅では野狐と称す、自分が野狐と気付いても、その思いから抜け出られずにいたら、それも地獄の苦しみ。

なんかうさんくさいお祓い事で、地縛霊だの背後霊だのって、見える人には見えるらしい、見えなくとも感じる、そのような感覚が人間にはある。それを絵や像にして表現する能力もある。実際に姿形として映る霊能者もおります。恐れを抱いている人に見えないものをその恐怖心を煽って商売する人も野狐だと言えますね。

http://imakoko.seesaa.net/article/103925085.html

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因果不昧不落を巡っての老人と小僧の黄蘖(おうばく)と百丈和尚の三角関係です。

小僧が和尚をひっぱたいて和尚が手を打って満足しているのがみそです。

不落(ふらく)と言っても不昧(ふまい)と言っても同じということを問題にしているのではありません。この二語を導いた言葉を持っていたことが問題なのです。ここでは因果ということを受けいれていたことを指します。

判定判断の正否優劣も両者を成り立たせる言葉が必要です。大修行底の人、還って因果に落つるや也た無や。転転錯らずんば、箇の甚麼にか作るべき。その先在性を共有して教えあっていたことに気付いたのです。

悟れば不動の心持ちが得られる、因果に落ちない、人生の目的を達することができるとするのは、その方向の彼方に未来に獲得し実現するものがあるとすることですが、その心持ちを現在に推し量ると、不満足感コンプレックス飢餓感となっています。

プラスに見ていけば目標達成の為頑張るぞになります。その反面大修行底の人への引け目です。ここは禅の世界ですから自らの心がわけの分からぬ思いに左右されていることを見ていきます。

したところでわけの分からないものですがそれを隠して修行をしていくことが、迷いを脱することと思い込んでいます。悟りは向こうにあるがそのために迷いもあると思っています。迷いは問題を一つ一つ通過していくこと、外部からの質問を解決していくことにあると思えるので、それらが明るみに出れば自分も輝くつもりでいます。

ところが良く見ると因果の先の世界を不昧因果、不落因果と設定していて、因果世界を自分に固執しているのです。設定は良いものとして、こころに合うものとして、予定されていますから、自分が因果を引き込んでいるとは見えません。自然の内に因果の着物を着め込んでいたいことに気付きません。

こうして自らの志向が確保され自ら造り上げた因果に閉じ込められ、抜けたくなくなります。老人も、百丈和尚も同じです。

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無門関 第三則 倶胝堅指

倶胝指を堅てる

これは難しい公案です、この宋の時代は覚者がぞくぞくと立ちましたから。このような表現になっているのでしょう。

倶胝和尚はほとんどの質問に決まって指を一本立てた。倶胝のところにいた小坊主が、外から来た客人に「和尚はどのような説法をされるのか?」と聞かれたので、小坊主は真似して一本指を立てた。

それを聞きつけた倶胝和尚は小坊主の立てた指を刃で切り落とした。小坊主は「痛いよ~!」と泣きながら逃げ去った。倶胝和尚は逃げていく小坊主を呼び止めた。小坊主が振り返ると倶胝和尚が指を一本立てていた。それを見た途端に小坊主は自分の切り落とされた指とは違うことを悟った。

倶胝和尚が死に際に弟子たちに、「私は天竜和尚から指を一本立てることを教わった、お前たちも一本の指を立てることで何事も導きなさい、でも一生かかって使い切ることはなかった」と言って亡くなった。

無門は言った、「倶胝和尚も小坊主も指一本立てることで悟ったわけではない、この出来事に真実を見極めることができるならば、天竜和尚も倶胝和尚も小坊主も自己も一串に刺さった団子のようなもの、何人もその悟りの一串から外れることはない。」

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「 頌に曰く

倶胝、鈍置す老天竜、利刃(りじん)単提して小童を勘(かん)す。

巨霊(これい)手を擡(もた)ぐるに多子無し、分破す華山の千万重。

倶胝、一指頭の禅を示して老天龍たちを小馬鹿にしていた倶胝が、今度は童子の指を切り落として試してみた。山を二つに引き裂くなんて簡単な事だよと、千萬重の華山を引き裂いたと云い、一指頭の禅を丸ごと有と無に引き裂いたが、引き裂かれて二つになった有と無にも、それぞれに失ったものなど何一つ無いのである。

歌に---

倶胝、天竜をひとつまね、

しかも小僧の指をはね。

手力男の無ぞうさに、

お山をくだくさながらに。

そして頌(うた)に、その倶胝の指導が無造作でありながら偉大な力を発揮していると讃えています。

巨霊神は山を引き裂いて華山と首陽山を作ったという伝説、多子なしです、

頌に曰く

倶胝鈍置す老天龍、利刃單提して小童を勘す。

巨靈手を擡ぐるに多子無し、分破す華山の千萬里。

「倶胝が切れ味の鈍い男であることを利用した天竜老人、鋭い刀は切り下ろすことで小童にほとけを教えた。巨大な魂がその手を持ち上げる時世界にいる多数の人々は消え去り、崋山の美しい嶺々もともに壊れ去ってしまうだろう。」

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心の御柱を立てる

ここまでなら、説明でしかない、一本立てるということは、人間の心の奥底には如何なることも対処できる判断力というものが立っている、常識や一般知識に振り回されて、生まれながらに具わっているその判断力、叡智を忘れてしまっている。

それはどうしたら自分に心の御柱が立っていることを自覚することが出来るのか、それが出来たときに指を一本立てることで悟らせることが出来る。議論しますとテーマが分散してしまいますでしょ、立てさせることを言外にしない。「そこは悟りなさい」をどう表現するか、それが修行になるわけです。

自分の知っていることを言葉の綾として、何を言っているのかと分からないでいる人に対して、「こうだったのかな」と分からせる。その言葉が欲しい、それは人から教えてもらうのではなく、教えるものでもない。だから、私の先生はお忙しかったせいもありますけど、教えて下さらなかった、自分で悟りなさい。

あ子の夢を見る如くに悟ってしまったら、何を言われても、たとえ命を奪われても「どうぞ」と言える。けっして立っている心の御柱が揺るぐことなく、キリストの踏み絵だって、何度でも踏みつけることができる。

だって、そうでしょ、ただの絵じゃないですか、私の中のキリストはどんなに踏み躙られても、首をちょん切られても死なない、それが信仰にとどまっているとそれは出来ない、信仰の仰ぎを捨てて、信、人の言葉になってしまえば。何でも出来る、自由自在に。

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公案は和尚さんによる小僧への悟らせ方の見本です。小僧の方は、いつも知識で分かろうとする側にいて、和尚は知識ではなく智恵を与える側です。言霊で言えばオ次元の知識をア次元の智恵に引き上げることになります。

第三則はあまりにも象徴的で、指を立てることをこれだということが出来ません。 無門日ク、倶胝並ビニ童子ノ悟処、指頭上ニ在ラズ、これがヒントになるでしょう。

指立てに何かを代弁させると、指が具現している仏性を示しているとかにすると、天竜と倶胝と童子が繋がって自分も一串になってきます。その指に物事を乗せるとこの世ができあがってきます。しかしそれでは数を、数量を増やすだけになってしまいます。感じたこと、思えたこと、気付いた事だけが指でしかありません。

どんな質問にも指立てで答えたという事ですから、相手の質問の心の全て、つまり答える心の全てが指立てにあります。指は心という事になります。

外人が問うて小僧が指立てて答えたところまでは外見上は万全の応答でした。誰もが恐れ入って受領しただろうものです。

ところが倶胝に問われて指を立てた時ちょん切られてしまいました。

泣いて逃げ帰る時呼び止められて振り返ると、普通に立てられている和尚の指をみたのです。そして、ここに小僧は新たに落ちて転がっている自分の指と指の無い手を見たのです。

切り取られ落ちている指は他人から与えられた質問、他人の概念、過去の記憶から出来たものの象徴です。自分のものとせず他人の概念そのまま使用して答えていたものです。

一方指の無い手とその痛みは自分のものです。生き生きとした無い指のことです。

物真似で答えたものには自分の心がありません。他人の心ですから切り取って質問した人に返すのがよろしいのです。そこで和尚に切り取られたのです。

和尚は一生使い切れないほどの心を一つ一つ頂いた、お返ししきれなかったと言っています。他人の質問だったら、その返答は簡単でした。一つ一つが自分の立てた心の質問と受け取っていたので使い切れなかったと言ったのでしょう。

また、立てるという事は精神宇宙全体がそのまま現象となって現れることで、これから何かの印が大いなる現象となるその始めを示しています。和尚の指立てにはその心の始めが示されているのですが、小僧のそれには外見上の形だけが示されます。

このブログも真似事だけで心の内容が無いものです。小僧の様にいつか指を切られるまで待つことになるのかもしれません。

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無門関 第四則 胡子(こす)鬚無し

無門関は同じテーマを説いていますから、そこから外れないように。

惑庵和尚は言った、「達磨(西天の胡子)はどういう訳で鬚がないのか?」

無門は言った、「参禅はかならず頭の中でこねくり回しているではなく、命をかけて真実のものでなくてはならない。悟りもかならず実際の悟りでなくてはならない。この達磨は一度親しく実際に会ってみて初めて分かることだ。達磨は鬚があると思っているが、鬚があっても、なくっても、真実の達磨に違いはなかろう。」

悟っていないものに夢みたいなことを説いてはならない。鬚があると言えば既に一つではなくなり迷ってしまうではないか。

頌に曰く

癡人面前、夢を説く可からず。

胡子無鬚、惺惺に朦を添う。

http://imakoko.seesaa.net/article/104278553.html

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お風呂の中で男の子が問いただします。「パパにはどうしておっぱいがないの」

誰かが答えます。「胡子にヒゲがない」と「ヒゲのない胡子がいる」とは、前者が客観的存在としての達磨大師であり、後者が主観的存在としての達磨大師のあり方を示しています。

大切なのは、胡子にヒゲがないことと、そこにヒゲのない胡子がいるということは一体のことだということです。そこに自由な存在としての一箇の達摩がいて、ヒゲを蓄えるのも剃るのも全くの自由なのです。禅ではこれを大自由といいます。これがこの公案の答えです。」

おっぱいを付けるのも自由と言うわけですか。

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客観的な知識の有る無しではなく、客観的な知識をどうするかの問題です。髭が有るのもおっぱいが無いのも分かっている事です。問いは、それはどうしてなの?というものです。

言い替えますと知識はどのように実践領域に行けるかと言う事です。

無門の解答もその行為について語っています。

赤髭か黒か、太いか細いか、長いか短いか、似合うか似合わない等々知識お得意の知ってるだけの疑問がでてきます。その知識の一つ一つにどういう訳で、どうしてどうしてがくっつきます。

一本髭を蓄えるのは、二本は?、三本は?どうしてどのようにしてどういうわけでと幾らでも続いていきます。その都度全くの自由、自由、自由といい続ける事になります。

無門日ク、参ハ須ラク実参ナルベシ、悟ハ須ラク実悟ナルベシ。

知識の有る無しを直接行為実践選択次元に持ち込むとこういう事になります。

ではどうすればいいのかと言えば、そんなことは出来ないと悟ればいいのです。

髭が有るとか無いとかから始まると、無数の形容が後に控えています。そもそも禅の勉強の公案ですから達磨さんに関してなら、髭の有る無し、髭が似合うか赤いか縮れているかなど関係のないことです。もちろん外見が売り物の人もいますし、トレードマークなどだけの人もいます。

参ハ須ラク実参ナルベシ、悟ハ須ラク実悟ナルベシで確かめればいだけです。

では止めどもなくお気に入りの知識が次々出てくるのにどうすればいいのでしょうか。

知識を止めればいいのです。知識を詳細に最新のものにし豊かにするのも結構なことですが、一旦得られた知識をそこでストップしてそれだけのものとして扱うことです。知識を固定しそれに対して自分の得ている記憶概念での反省検討を放棄することです。自分の過去概念と突き合わせをしてきますと、それとの整合性を追求していくことになってしまう。

達磨はインド人だから赤い髭でなく、すこし縮れて、もう年だから白髪も混じってるなどと、いつまでも終りの無い髭談義になっていきます。

そこから脱出するには知識を止めることですから、あるだけのものでそうだと決め込むことです。

髭が無いなら無いとすることです。これに疑問を挟むことをしないことです。自分の絶対的な生命を張った意見とすることです。

その一点を持って行動領域に飛び込みます。

ここは実行の決意の次元ですから、知識の有る無しに係わらないせかいです。

そこに持ち込んだ知識は自然に実践的に淘汰されていくものです。

無門は言った、「参禅はかならず頭の中でこねくり回しているではなく、命をかけて真実のものでなくてはならない。悟りもかならず実際の悟りでなくてはならない。この達磨は一度親しく実際に会ってみて初めて分かることだ。達磨は鬚があると思っているが、鬚があっても、なくっても、真実の達磨に違いはなかろう。」

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無門関 第五則 香厳上樹

香厳(きょうげん)樹に上ぼる

香厳和尚は言った、「人が木の上に登っている、口に枝を噛んで、手は枝から離している、足は宙にぶらさがっている、木の下の人が木の上のその人に問いかけた、『西からきた達磨は何故東に行ったのか』、もし答えたら生命を落とす。」

そのような時でも問答に答えなさい、たとえ立て板に水のような雄弁さを持っていても、問答に用を成さない、仏教何万巻説くことができたとしても。問題に突き当たって、どうすれば分かれば、五十億何年か後に到来する弥勒様を待って、その弥勒に問うてみれば、答えてくれるだろう。

無門は言った、「香厳はどうやら出鱈目を言ったようだ、際限なく毒を撒き散らしているように思えるのだが、それでいて木の下にいる人を唖然とさせ、本心は鬼の目をほとばしるようなエネルギーを持って、『どうだ、どうだ』と答えているではないか。」

口を開いたら自分は死んでしまう、質問に対しての設定が理屈から考えれば答えようがない状況でしょう、にも係わらず、何で答えないのか、この無理な設定の第46の公案に「竿頭進歩」というのがある、百尺の竿の先から一歩進め、これから先に悟りがあるから、ほら、一歩進みなさい、どうしますか?

やってみなければ分からないではないか

進めば死んでしまう、絶体絶命、笑ってごまかせない、言葉が出ない、「こんなくだらない質問に答えられるわけがないだろう」って。禅から見れば人間の心の真実、特に‘空’を悟るとなると、これが真実。

これ以上は行けないと思うときがある。絶体絶命という時が。だけど、よくよく考えてみれば、その絶体絶命と思っている心は自分の経験知、そうならば、気が楽でしょう、命を落とすかどうか、やってみなければ分からないではないかって。答えてみようかという気になるでしょ。

答えたら死んでしまうと思い込んでいるから答えられない、答えてみるのも、自由じゃないかって。世の中の観念に思い込まされている、「足下の赤糸線」という公案もある、細い、細い糸で足を縛ってしまった、お前は一歩もここから出られないのだぞ、そんなことはあるまい、一歩足を踏み出そうとしたら、糸が切れない、動かない、そう思い込んでいるから出来ない。

切ってはいけないよ、って誰も言わないのに切れない、切れないと思い込んでいるから。五母音宇宙の中を自由に立ち回れるのに。観念を捨てると暮らして生けないように思う、暮らして行けないかどうか、やってみないと分からないではないか。

悟りと出鱈目

そういう自由が人間には必ずあるんだということに気が付けば、ただ無理難題の設定をただ無視してしまえばいいというものではない。無視するということは有るから無視する、無いと思わなくては。そこが違う、悟りと出鱈目は。

おっぽり出されても駄目、さぁどうするか、ただ道は一つある、自分の観念にNOと言えばいい。それを暫くすると忘れてしまって、そういうことは無いと思えばいいのかって、自分は何処へでも自由に飛び出すことが出来る。

この木の下の問いに「達磨西来、今、汝とここで会う」とでも洒落た答えが出来る。こういうのがアからエの性能を導き出すための要件、ただ野放図に自由ではなくて、五母音宇宙の中を自在に上がったり下がったりしながら、どんな質問にも答えることが出来る。

ところが、そこまで禅宗では極められない、ただ、理想を説いているだけであって、五十音になぞらえた答えを自由に発揮することができる。一万年続いた人類文明を自分の体に思うというところがそこにある。

以上引用。

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知識は口からでて来る。その口が塞がっているのに、喋らなければならない。

『西からきた達磨は何故東に行ったのか』 『わたしに会いに来た』と普通に話せばよい。

無門曰く、「縦(たと)い縣河(けんが)の弁有るも、惣に用不著(ゆうふじゃく)。一大蔵教を説き得るも、亦た用不著。若し者裏に向かって対得著せば、従前の死路頭を活却し、従前の活路頭を死却せん。其れ或いは未だ然らざれば、直に当来を待って弥勒(みろく)に問え」。

頌に曰く

香厳は真に杜撰、悪毒尽限無し。

納僧の口を唖却(あきゃく)して、通身に鬼眼を迸らしむ。

知識ではち切れんほどのことでも、実行する時、いわんや言葉を発する時でも良いが、その時は何ということも無い、話そうという意思の実行に限られている。話そうという意志にはどれっぽっちの知識もない、話しきれないほどの知識を持とうと、まるでなくても同じことで、話す行為の端緒は単に話そうという意思があるだけである。

達磨が何故東へ行ったかについては幾らでも話す材料はある。一生聞き取れないほどのことを話すことができる。だがそんな長いお話の端緒も、初発の時も、何ということも無い口から始めの一言を出せば良いだけのこと。

わたしは絶体絶命と言われているがわたしのことではない。聞く者のことである。聞くものが返答を聞いてしまったら、後は何もなく、絶命となる。知識を得て終わるからである。ああ、そうですか、分かりました、はい終り、となる。

知識は聞く者を殺されるのである、解答を得てしまったということで過去に沈むのである。知識を得たところでその先にあることは、知識を如何にするかということである。

達磨はわたしに会いに来るのでわたしは枝を喰わえてこうしてお待ちしているが、質問に解答を得たお前は無用な絶命した者として去ることになる。

質問するあなたが知識でなく智恵を求めるならわたしは口を離してあなたに語ろう。だが、知識の解答を得るだけならあなたに語ることはなく、わたしはこうして達磨さんをお待ちしている。

しかし達磨さんが西から来ようと東から来ようとわたしの知ったことではないし、来るわけがない。現代のどこかの高僧が西から来て東へ行くなり、悟りは西から起きて東へ向かうなんていうことになると、多少現実味がありそうでどうしても考え出してしまうかもしれない。

問題は知識に価値を与えてしまったことです。達磨だとか悟りだとかという言葉に何かの宝物があるように思い込んでいるから、考え解を求めようとしてもがくのです。西から東?、屁の河童、達磨?、屁の河童、悟り?屁の河童。

無門日ク、一大蔵教ヲ説キ得ルモ、亦用不著。

答える方だけでなく問うほうも同じです。ネット上での解説を読んでいると、坊さんであっても悟っていないのを隠す為の自己防御用に知識を溜め込んだみたいに見えます。

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無門関 第六則 世尊拈花

世尊、昔、霊山会上に在って花を拈じて衆に示す。

是の時衆皆黙然たり。

唯迦葉尊者のみ破顔微笑す。

世尊日く,

吾に正法眼蔵、涅槃妙心、実相無相,微妙の法門あり。

不立文字、教外別伝,摩訶迦葉に付嘱す。

釈迦が弟子を集めて説法した時、何も言わずにただ一枝の花を見せられた。皆黙った中で迦葉だけがにこりと微笑んだ。釈迦は「仏法の神髄を言葉や文字によらず迦葉に伝授した」と言った

無門はこういった。<瞿曇 =釈迦は傍若無人に振る舞っている。善良な人々を賤(=奴隷)におとしめて、羊頭を縣げて狗肉を賣るようなものだ。本当に真実を判っているのだろうか。もし全員が微笑んでしまったなら、どうやって伝授するつもりだったのか。また迦葉も微笑まなかったなら、どうするつもりだったのか。(笑っても笑わなくてもどちらでも)正方眼藏が伝授出来るのなら皆を騙したことになる。もし伝授出来ないのなら、どうして迦葉一人にだけ伝授したと言えるのか。

頌に曰く

花を拈起し來って、尾巴已に露る。

迦葉破顔、人天措くこと罔し。

「花をまわして見せた時点で、すでに尻尾を振って媚を売ろうとしているのはあきらか。迦葉が笑って見せたからといって、それでは大衆も天のほとけたちも、その意味するところがわからないではないか。」

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隠された中に真実はある

信仰のない人たちに仏と説いても分からないから、社会的通念として瞿曇(ぐどん)と説いた。私があなたに花を掲げて見せたら、どう思いますか?この行為を禅坊主はよくするんです。師と弟子が相対した時に。花でなくても数珠だったりね、これ事態はどうみても花だろう、花は実相を示す、この花にはこの実相しかない、おまえにはこの実相が分かるか?

これが持っている実相を紛れも無い仏の姿と見えるか?生がある、生そのものが真理だ、仏そのものだ、言霊で言えば「イ」。生命の根本を問いかけている、それが真剣勝負と言われる由縁。

仏教を信仰している人も、していない人も、花をねんじた意味は隠しても隠し切れない、識者には見破られてしまうもの、迦葉だけが見破って微笑したもの、隠された中に真実はある。それを見破るのが賢者であって、そうでなければ真理には届かない。凡夫にはとうていそれを悟ることはできない。

これは言霊の学問を知っていたら何のことはないんです、でも知らない人にこの公案を言霊でない説明することができて、聞いた人が自分の生命だったのかと思えば、又、自分が言霊のイに近づくことはできる。

小笠原先生はのっけから言霊から解釈しましたから、無門関の意義から遠ざかる、イにいたるには言霊の学問だけでは分からない、生きている人間の心、そのものなんですから、だから、宗教を卒業していらっしゃいとおっしゃったのは当たり前のことだった。

何か、この公案に隠されている一点、それを入れていないと何方にも分からない、それは私が言ったことではなくて自分が悟ったこと。「あぁ、そうか」と一点を悟ってしまえば、もう忘れようがない。それを挟んだ解釈をすれば何方にも分かる。

-----以上引用----

わたしも無門と一緒に快心の怒りを爆発させましょう。

なにが煩悩則仏だ、衆生はすでに悟っているだ、この数千年間訳の分からないことをいって大衆を泥沼に投げ込んだのは誰だ、以心伝心でたったの一人に教えを伝授して何が嬉しい、真理はみんなのものだといったのは誰が、それを世々代々一人に伝えることにした。

これはどうしようない。咲いてる花があれば蕾も萎れた花もある。

悟りたいという者もいれば、ぐうたらしていられればいいという者もいる。

以心伝心の教えなどといいますが、この物語をそう取れば間違いです。

確かにお釈迦様は「仏法の神髄を言葉や文字によらず迦葉に伝授した」と言いました。

それはあることの結果を指しただけのことで、よく解説に見られる様な重要なことではありません。

問題はそのお褒めの言葉を導いた前段階です。

お釈迦さんは花を挿しだしたのではありません。高くかかげて花の命を拝んだのでもありません。

花を拈じて衆に示す。一枝の花をひねったのです。

衆に何だあれは、花をひねって見せてどういうことだと言う気持ちを起こさせたのです。

花には命などありません。●

目前に集まった弟子たちも同様です。食べて寝て、感じて思って考えています、生きてはいますが命のない花と同じです。

お釈迦様は生きてはいるが命のない花をねんじたのです。ひねったのです。

弟子たちの頭をつまんでひねったのです。

動かない植物が動きました。右を見て左を見て釈迦を見てお互いに挨拶をしたのです。

弟子たちは呼吸していて話を聞きたいと集まってているだけ、なるほどと納得する感心する有り難い説教が聴きたいだけです。

そこで釈迦は花を動かして無意思の花に意思があるかのごとく扱いました。

弟子たちは希望と願望、欲望を得て満足するだけの期待する知識を得たいだけの世界の者たちです。

そこで花に意思があれば左右を見て釈迦に挨拶もできることを、ねんじて示したのです。

動かない花でも意思があれば挨拶して言葉を交わすことができるのです。

もちろん無門は釈迦に文句を付けているのではありません。

集まった意思のない弟子たちにはっぱをかけているのです。

釈迦の嘘つきめ、幾ら努力しても何にも分からないどうしてくれるのだ、とそのくらいのことは言ってみろというわけです。

不立文字で伝えたというのも不思議なことですがそれもすでにそういった現象のことです。ひねられた花の中にあるもの、創造意思の力動因はもともと目で見えるものではありません。不立文字で当たり前のことです。

花を見て綺麗だなと思う純真な心を保ち、もともと持っていた真人の心を忘れて感心共感できない汚れた童心を返上することでもありません。そこに戻るだけなら花も誰でも生きているというだけです。

生きているだけを他の言葉で置き換えると、貴重な話を聞きたいだけ、勉強したいだけ、知識を得たいだけ知りたいだけ等々その人の現象となった主張となったことが示されるだけのことです。

それらは程度の差はあれ人として当然のことで、それに付随するそれなりの意思があり、花が咲く咲かないと同じことです。釈尊はそういった自然反射行為を越えて花をひねったのです。ひねられた花には超自然なことです。

では人間においてはひねられるとはどういうことでしょうか。

意志を持って行為するという単なる自然過程を越えることに関してです。

これが意外にも言葉でものに名を与え、言葉で示すことが以心伝心ということになります。釈迦が花を手にしてちょこっとひねっている、とこのように言葉で発音しないにしろ頭の中で表現することで、しゃかの行為を了解するのです。

以心伝心した内容は発音されず聞く人がいなくとも必ず言葉の構成をもってそれが頭脳内に明かされます。言葉によらないで以心伝心を起こすことはできません。武術芸術では体得ということがありますが、悟りはは身体運動ではありません。

一番弟子の迦葉は言葉で釈迦の行いを説明できたので、にこりとうなずいたのです。心が伝わったということではなく、言葉で表現できたということです。

学校の先生が言います。分かった人は手を挙げて。はーい。迦葉一人だけが手を挙げました。

こんどは迦葉が言葉でもってひねりを創造することになります。

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ここには次の様な問題もあります。

何故意思の力動因は単数なのかです。無門は答えていませんが、伝授の相手が一人であること、釈迦も一人であること、衆生全員は微笑むことがない、絶対衆生則仏ではない、という明瞭な意識があります。社会政治組織も何故一人が権力を持つようになるのかの問題です。

そして単数ができあがるとその廻りは萎れていきます。釈迦がいるということはその廻りの弟子たちは萎れているということです。弟子の中から一人が出ると弟子たちはさらに萎れます。ここには一人一人が同じ人間という意識がありません。目指しているいるという関係の中でならみな同じというだけです。

これは歴史政治社会の今後の問題となるでしょう。

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無門関 第七則 趙州洗鉢

趙州の洗鉢

趙州和尚に僧が問うた、「私は今、寺に来たところです、和尚、何をすればよろしいでしょうか?」趙州和尚は「お粥は食べたのか?」、「食べ終わりました」と僧は答えた。「粥を食べた鉢を洗ってここから出て行きなさい」と和尚が答えた。僧はとたんに悟った。

無門は言った、「趙州和尚は口を開いて腸をひけらかしてしまった、本当の真実を知ってしまった、渇!とでも言ってやれば、僧は何のことか分からなくて考えるだろう、次の道を教えてしまえば、鐘を甕と間違えてしまったことだろう。」

「頌に曰く

只だ分明なること極まれるが爲に、翻って所得をして遅からしむ。 早く燈は是れ火なることを知らば、飯熟すること已に多時なりしならんに。

「わかりきったことでもとことんまで行ってしまうと、 かえってその理解を遅らせてしまうようです。早い内に お釈迦さまの言う灯明が火であることを知ってれば、飯が すでに炊き上がって長い時間忘れられていることことも なかったことでしょうに。」

人間というのはどんなことにも色んな意味を付けたい、今、寺に来たばかりの僧に何々をしなさいといっても分かりませんから、自分の成すべきことは日常茶飯事から、常に今ここで自分はどうすべきかを思うときが悟りの始まり。

とっくにご飯は炊けているのに、何故食べないのか、なにをもそもそして議論なんぞして食べないでいるのか、私が言ったことで真理はごろごろとしてあるじゃないか、その真理を何故拾わないのか、早く悟らせようとして親切に細々と教えたら、かえって悟りが遅れる。悟りを逐一説明したら何のことかわからなくなるだろう。

さぁ、悟るぞ、って言っても悟ることはできない、日常の中に真実はある、ただ大げさに言っているだけのことです。

文中の甕(もたい)は百田井、言霊百音図と同意語。

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二番目の解説。

「こちらに修行に参りました。よろしくご教示ください。」

「朝のお粥を食べたかどうかな?」

「はい、頂きました。」

「それでは、飯道具を洗っておいで。」

人生とは当に為すべきことを次々に為して行く過程にすぎぬ。

今朝初めてこの世に生まれた心になることだ。

毎日が天地の初めであり、刹那刹那が創造の出発である。

生まれたばかりで何をやってよいか判らなかったら

先ず、呼吸をすること。食事すること。

何は出来なくとも部屋の掃除、庭の草とりはやれる。

目先の簡単な仕事を自分の仕事として全霊を打ち込んで行ったら

やがて人生の万事一つ一つ意義が見出される。

それ等のことを退屈し手を拱いている者は主体性、創造性のない死人である。この事を判らず抽象的な理屈に赴こうとすると、せっかくの教えがつまらぬ話に聞こえる。

もし、意義が見出されなかったら皇運の歴史を聞いても、三種の神器、摩尼宝珠の学を教えてもらっても何の足しにもならぬ。

引用ここまで。

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修行僧が始めて寺に来たといっても、この僧は和尚にも成りうる様な知識をはち切れんばかりにもっています。

朝食は済んだかと聞かれ食べ終わったと答えました。

禅の知識、仏の教えは充分に勉強した何でも知っているというつもりです。

そこで和尚は答えました。

今までの知識を全部捨てて、ここから出ていけ。頭のお碗を洗って空っぽにしな。

これを日常作務、日頃の行いで解説するというのもあります。

この問答で問題なのは、鉢を洗うのではなく、つまり知識を磨き洗練するのではなく、捨て去り知識次元から出て智恵の次元へ行けということです。

州曰く,鉢を洗い去れと。この「去れ」の方に重点があります。

日常行為作務のなかにキチンとやることをそのときその時の実行を教えることもあります。その時は行為を一つ一つ片づけることでもキチンとやることでもありません。当たり前のことを当たり前に出来ることが悟りではありません。キチンとやろうと自堕落であろうと、当然の行いの中にあるものに気付かなければゼロということです。

粥は喰った。教えは充分に聞いた。という解ならば、知識による解は知識を呼ぶだけですから、その知識を洗い流して、越え行けということです。

ですので無門はこう言いました。「趙州和尚は口を開いて腸をひけらかしてしまった、本当の真実を知ってしまった、渇!とでも言ってやれば、僧は何のことか分からなくて考えるだろう、次の道を教えてしまえば、鐘を甕と間違えてしまったことだろう。」

悟りの秘密を教えちゃ駄目じゃないか、喝といって放り出しておけばより本人の勉強になるものをというわけですが、修行僧が悟りの秘密を知ったとしてもその実践まではまだ遠いと分かりました。そこで、知った秘密の現象を本質と取り違える心配をしています。秘密を知ったところで実践できる時に至っていないということでしょう。

鐘はカンカンゴーンと現象として分かったもので、鐘の現象を悟とったということは、知識を越えて智恵で分かることという教えなり言葉が了解できているだけのこと。

鐘の実体実相は、甕、もたい、百田井、言霊百音図のことだと教えてしまっては、またまた知識のお鉢を満たすだけになってしまうじゃないか。

無門は言う。「次の道を教えてしまえば、鐘を甕と間違えてしまったことだろう。」

何てケチな禅だろう。悟ったぐらいで、この世の進歩、世界の幸福、政治の満足、など何もできないくせに、個人に向かっては厳しいことを言う。もちろん悟り、宗教はそういった次元までしか行けないことですから、文句をつけるこちらの間違いですね。

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無門関 第八則 奚仲造車

奚仲、車を造る

月庵(げったん)和尚に僧が問うた、「奚仲は百台の車を造ったのに、両車輪も車軸も外してしまったと聞きましたが、それは如何なる真理でしょうか。」

無門は言った、「一見して物事の道理を見極めることが出来たなら、機輪、すなわち車が動くと色んな現象が起こってくる、達人といわれる人もどういう意味なのか迷うかもしれない、にも係わらず、その時に車を外し、軸を外したら、どうなんだね、現象の元を取り去って、NOと言えば、先天の空が出てくるじゃないか、空に立脚すれば全てのことが分かってくる。どんなことが一遍に起ころうとも分かってくる。」

無門曰ク、若シ也タ直下ニ明ラメ得バ、眼(マナコ)流星ニ似、機掣電ノ如クナラン。

頌に曰く

機輪(きりん)転ずるところ、達者も猶(な)お迷う。

四維上下(しいじょうげ)、南北東西。

車を乗り回すことを現象に準えた。百台の車を同時にスタートさせれば、あちこちで現象が起こる、達人と言われる人であっても一つの真実を見極めることは難しい、車が動かない目、所謂、空で観るならば、すべての実相は明らかに見ることが出来る。

電車の中から外を見ていたら景色が飛んでいって、何があったのか分からない、でも電車を止めて、周りの人間も消し去ってしまえば、ゆっくり見ることができるでしょう。

たった、それだけのことなんですけど、人間というのは「これは何だ」と考え出すと分からなくなる。「何だ」と思いながらも、俺は何を求めているんだ、あぁ、そうか、俺があぁでもない、こうでもないと思っていることは、車があっち行き、こっち行っていることに変わらないじゃないかって。

車輪と軸を外してしまって動かなくなった車を自分と置き換えれば、空なる自分、天地の初めの時の自分に返るではないか、そのために「渇!」と一喝するんです、眼を覚ませって、考えては駄目だということです。

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完成車をまた分解します。車輪と軸を外すのですから、いまでいえばエンジンや燃料タンクもはずすことになります。

分解の方向には二つあります。どのようにあったのかというのと、さらによいものにするにはどうするかです。

ここは後者で行きましょう。

解体分解していくのは完成車の次元を下げることです。悟りを目指すのにこれでは困ります。

つまり、公案は次元を上げる解体分解法を述べたものです。ではどうやってでしょうか。

車を造ったあげく車でなくなってしまいました。

車を見ていくと、車の制作から車の解体へですが、彼の労働行為は、一貫しています。働き働きいつも働くです。車を造ったのでもなく壊したのでもありません。働きが持続していきます。

しかし現象は車となって現れたのですから、壊しているのも車を壊しているのです。

ではここで持続している働きが手にしているのは何でしょう。百台造り百台壊す車という先天性です。先天構造によって車を造る方向に現れる現象と、現れた現象を解体して車という先天性を保持していく方向の労働をしているわけです。

これを獲得した知識に置き換えてみますと、それを検討分析することにも当てはまるでしょう。

知識の場合にはそこに何があったでしょうか。過去に獲得した概念に知識がくっついて何かしら知識になり、それを検討分析してばらし分類していきます。

さらに車を自分のこととしてみましょう。人生のことを禅のことを言霊のことを勉強していきます。百冊の本を読み、ついで反省が始まります。あれはどうでこれはどうで、書いては消し、考えては行き詰まりまた前進したと思います。

公案では、要素が集まり完成され、そして要素がばらされて、何の知識であったのかが不明となりました。車は車でなくなり知識は知識でなくなりました。考えの糸も部品はばらばらでどれがどれに当てはまるのか混乱しています。

機輪(きりん)転ずるところ、達者も猶(な)お迷う。 四維上下(しいじょうげ)、南北東西。

車という現象、知識という現象を見ていけばバラバラになっていて元の姿をとどめません。そんな中で奚仲はまた車を造りはじめます。わたしも分からないなりに第八則を眺めます。

さてどうしてそのような持続行為が可能なのでしょうか。

考えては疑問を持ち、駄目にし、参考を探し、他に移り、座禅をしていきます。百台車を造っては百台壊します。訂正だったり、改修だったり、内部だったり、外部だったりいろいろです。公案では車軸を外すのですから破壊は徹底的です。

結局、現象としては車に相当するものが無くなってしまっています。自己所有している知識が徹底的に無いことです。

それでも人が持っているもの、人の働きの動因となっているもの、知識を回復し、智恵を産みだすものがあります。そして、さらに新たな良いものを産み出す実践の智恵があります。

百台の現象車造りを見れば百台の現象車の破壊をみます。

「機輪(きりん)転ずるところ」、何故動くのか百台もの車を分解してその仕組みを探しました。動くものを動きから探求して行ったのです。

そこで奚仲は悟りました。動かないものを動く通りに動かせばいいのだと。

残念ながら公案にはバラバラになったがらくたから新車ができることが記述されていません。

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これを公案解釈用のアンチョコに改造できるでしょうか。

こんなことを言えばひっぱたかれるかもしれません。というのも悟りの境地が最上となっているからです。アンチョコができてしまうとそれがナンバーワンとなって悟りの境地の地位が危なくなりそれに係わる人達の地位も言うことも危うくなるからです。

わたしへの宿題ですからくれぐれもひっぱたくなどと思わないでくださいね。

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無門関 第九則 大通智勝

大通智勝

興陽の譲和尚に僧が問うた、「仏様が二千八百年前に出てくる前の仏がいない時代の仏である「大通智勝」、一トンの石を石臼で挽いたものを一年かけて撒いたように長い間、道場に坐っていたが、悟れなかった。その悟れなかった大通智勝仏とは何か。」

譲は言った、「その問いはまことに良い質問だ」、

僧は言った、「長きに座っていながら仏になれなかったのは何故か」、

譲は言った、「悟れなかったからだ。」

無門は言った、「聖人は仏法とはこういうものか、人間とはこういうものかが分かれば、自分は凡夫だと知る、凡夫が悟れば聖人となる。」

もし、現象を考えて心をないがしろにすれば、心身共に分かってしまえば、偉くも何ともないのだから、役職に就くこともなかろう。

お前がこの寺に修行に来る前と大通智勝仏と同じことだ、お前が入門する前はどうだったんだ、何故、成仏しないのか、お前も同じことだよ、それはお前自身が答えることで、俺に聞いてどうすんだ。自分と関係ないと思うからそういう質問になるんだよ。

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興陽の譲和尚に、因みに僧が問うた。大通智勝仏、十劫坐道場、仏法不現前、不得成仏道の時如何ん。

譲日く、其の問甚だ諦当なり。

僧日く、既に是れ坐道場、甚麼としてか不得成仏なる。

譲日く、かれが不成仏なるが為なり。

無門日く、只老胡の知を許して、老胡の会を許さず。

凡夫若し知らば、即ち是れ聖人、聖人若し会せば、即ち是れ凡夫。

頌に曰く

身を了ずるは、心を了じて休するに何似ぞや。

心を了得すれば、身は愁えず。

若しまた心身倶に了了ならば、

神仙何ぞ必ずしも更に封ぜん。

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大通智勝はお釈迦さんの師匠ということらしいです。

十億万年前からいて十億万年前から悟りの修行に励んでいました。

われわれ凡人から見ると、十億万歳になっても悟れなかった非常に頭のにぶいかたです。どのような経緯で励みだしたのか知りません。悟りというおいしい黄金の人参を鼻先にぶら下げられたのでしょうか。常にあるぞ、来るぞと言われ続けて信じ込んでいたのでしょうか。

幸い十億万年もいられたので思う存分に研究は出来たでしょうがとうとう悟れなかったようで、その周辺知識を釈迦に教えたようです。

悟りの人参は現代では努力すれば億万長者になれるぞ働け考えろ続けろとか、知識は勉強すればするほど物になるぞ働け考え続けろとかいうようなものです。

お経では有り難い、有効な有用な意義のある為になる方向から見ていきますので、こういった凡夫の普通に白状するようなことは無視されます。

修行僧も自分の行の向こうの未来にものが有ると思い込み、未来の目標を掴もうとしていきます。ここに努力目標という未来の人参讃歌が始まります。

それでも今の状態と比べますと、希望や完成した姿に比べて現在は貧弱と映りますから不安が付きまといます。希望を持つこと努力目標を持つこと自体に不安がつのり、大通智勝を借りて、どうしてなのかという疑問がでてきました。

そこで、答えをもらいます。

悟りを価値あるものとして見るのが凡夫。

悟ったものは自分が凡夫と知る。

凡夫のわれわれには凡人と悟りまでに時間差があり、目標は実現までには時間がいると信じていますから、悟ったかたからそんなことを言われても、その人参を食べれば不死のごとくなる、眉間が輝き黄金の吐息を吐くという感じから抜けることはできません。

大通智勝が十億万年前から生きていて悟りの勉強をしていたということを自分に当てはめますと、嘘の作り話であることは簡単に分かるのですが、お経として宗教として聞かされると人は馬鹿になります。

要するに馬鹿になって信じ込む人間の性質能力があるということになります。それを利用するしないはまた別のことで、黄金の人参を注視してみましょう。

そうすると俺は信じない嘘つき馬鹿野郎というものでさえ話を聞いて判断しているその内容があることに気付きます。肯定的か否定的かなんでも構いません。十億万年生きていたと言われて馬鹿話めと感じていても、どうしても受けいれているものがあります。

その受けいれているものをみますと、やはり十億万年まえからあり、これからも十億万年以上もありつづけるのです。

それは、命の今此処、というありかたです。

無門日く、 凡夫若し知らば、即ち是れ聖人、聖人若し会せば、即ち是れ凡夫。

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無門関 第十則 清税孤貧清税孤貧

曹山和尚に清税が問うた、「私は貧乏で和尚さん助けて下さい」。「悟った者、清税よ」、

「はい」、

「旨い銘酒を大きな杯で三回も飲み終わっているのに、まだ唇も濡れておらぬ」と。

無門は言った、「清税は悟りの機会を尚更企むのは何のためか、だが、曹山和尚には相手の心中を見抜ける眼はあるぞ、清税が酒を喫した処は何処に行ったのか言ってもらいたいものだ」。

充分悟っているのに、それを見抜いていないとして、説法を問うてきた、「助けてやろう」、なんて答えたものなら、笑われてしまっただろう。

悟った僧二人が冗談にしてしかも真剣に「一杯やろうか」と酒を酌み交わすことではなくて、言葉のやりとりで、空即是色、色即是空をお前は知っているな、ということを共に悟る、その機を与えた。

頌に曰く

貧は范丹に似、氣は項羽の如し

活計無しと雖も、敢て與に富を鬪わしむ。

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二人は共にすでに悟った僧であることがみそです。

(曹山和尚いわく、ところで闍梨(ジャリ)の清税様よ。

清税、應諾ス。)

日常生活では知らぬ振りをして相手をひっかけるようなことをすれば嫌われます。禅の世界ではこうしたいやらしい世界がまかり通ります。真剣な命を張った智恵の世界だというのが理由です。

知っていながら嘘をつき利益を上げ巻き上げるのが日常生活ですが、禅での世界は智恵の研磨が利益です。公案の登場人物は片一方は必ず悟った和尚ですがこちらが引っ掛ける役です。

今回は二人とも悟っています。両者の出会いはどうなるのでしょうか。列車、航空機なら正面衝突で粉々になります。

智恵の場合に関しては、どうするのかと無門はいいます。

これは禅佛教の限界、宗教の限界です。何もできず一緒に祈りましょうというだけです。あるいは合体して共に進もう、それぞれが糧と成り合おうとなりますが、どこへ行くかは知らないのです。

頌に曰くのとおり、関心を高め豊かにしようと気勢をあげることになります。

現実のウ次元欲望、オ次元知識の世界では、相手を陥れ成功して気勢をあげることになっていけば悪の勢力の拡大みたいなものです。そしてこれが凡人の主な関心事でもあります。

坊主になって物乞いを選択したのですから胃袋の満足、知識理性の満足などに勝たねばなりません。それらの満足褒賞などものともしないだけの人生の宝を得なくてはなりません。

少なくとも項羽の氣はあっても、内容を得られる保証などないのですが。

こういった態度もある種の人達の尊敬を得ることはできます。わたしなども感嘆します。

その一方吐き気を催されることもあるのです。

さて、2012年に気勢をあげて、その後どうなるのでしょうか。

意地悪な言い方をしました。

「有朋自遠方来 不亦楽 」こういうのもあります。「論語」

しかしこれは単なる知識の喜びを分かち合うだけのことです。

たまたま気性が良かっただけのことです。

ノーベル賞を狙い合う敵同志、論壇の第一人者が権威者になる、特許を取れば金儲けができる、アイデア、意匠は誰にも使わせない、盗み産業スパイの世界等々が実体です。

幼稚園時代から生存競争の為に知識を詰め込まれ、色分けされた集団に入る為に努力する。他人を蹴落とせば進歩が得られる。確かにこれも時代の要請でした。

また意地悪くなった。知識、理性とはそういったものだから致し方ない。幸い悟りはそれらを越えようとするものだけど、社会性もなく共同性もなくしてしまう。

どっちもどっち、なんていわないでください。まだその上があります。

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無門関 第十一則 州勘庵主

州、庵主を勘す

趙州和尚がある一庵主の処に到って問うた、「居るかい?」。一庵主は拳を堅起した、だが、ここは水が浅いので船は泊めれない処なので去った。又た一庵主の処に到って問うた、「居るかい?」。主も又拳を堅起した。趙州は言った、「生かすも殺すも自由自在」。

無門は言った、「双庵主に同じことをして、片方はダメとして、片方は良しとした。まやかしは何処にあるのか、どう違うのかを考えるな、もし、水浅く舟が泊められないとする、悟りの言葉を言ったならば、趙州の弁舌さわやかに大自在になることを得る。その原因を探ったところで趙州の心は推し量れない。考える方が間違っている。この公案を詮索したところで分かるはずがない。それを迷っても仕方がないことだ。まやかしは何処にあるのか。

観る目は流れ星のようにサッと過ぎてしまう、だが、サッと流れたところに実相がある、それの観る目は柱丈の判断力、殺す刀も人を活かすこともできる。

二庵主の行為に惑わされても仕方がない、何をしているわけではない、問題は趙州がそうしたかったからだけのことだ。

よくあることでしょ、ごちゃごちゃと考え込んで返って問題を分からなくしてしまう。ただ成り行きでそうしたことなのに、人はそう考えないで、二庵主に原因があると考えてしまう。

こうやってその場では分かったつもりでも、暫く経つと忘れてしまう、その時の瞬間の判断をしなさいということです。

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趙州一庵主の処に到って問ふ、有りや有りや。主拳頭を竪起す。州云く、水浅くして是れ船を泊する処にあらず。便ち行く。又た一庵主の処に到って云く、有りや有りや。主も亦た拳頭を竪起す。州云く、能縦能奪、能殺能活。便ち作礼す。

無門日く、一般に拳頭を竪起するに、なんとしてか一箇を肯ひ一箇を肯はざる。且らく道へ、ごう(言に肴)訛いずれの処にか在る。若し者裏に向かって一転語を下し得ば、便ち趙州の舌頭に骨無きを見て、扶起放倒大自在なることを得ん。是くの如くなりと雖もいかんせん、趙州却って二庵主に勘破せらるることを。若し二庵主に優劣ありと道はば、未だ参学の眼を具せず。若し優劣無しと道ふとも、また未だ参学の眼を具せず。

じゅに日く、

眼は流星、機はせい(制に手)電。

殺人刀、活人剣。

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何の連絡もない乞食坊主が二人いました。と言っても悟って隠遁している一庵主の身分です。

趙州が道場破りの積りで尋ねて「おいでかな」と尋ねると、閉じた拳固を見せられました。こりゃたいしたことない、自分の様な大きい船が停泊するまでもない、と立ち去りました。

ついで別の坊主のところへ寄って「おいでかな」と尋ねると、また握った手を見せられた。こりゃ、しまったことをした、活かすも殺すも自在な技だった、と丁寧にお辞儀をして立ち去りました。

と趙州が教えられた立場とするのと、その反対の、趙州が教えたとする両方から見ることができます。

何の連絡もない乞食坊主が二人いました。と言っても悟って隠遁している一庵主の身分です。

趙州が道場破りの積りで尋ねて「おいでかな」と尋ねると、閉じた拳固を見せられました。そこで返事をして、船が停泊するには浅瀬だと言って、立ち去りました。

ついで別の坊主のところへ寄って「おいでかな」と尋ねると、また握った手を見せられた。そこで返事をして、活かすも殺すも自在な技だった、と丁寧にお辞儀をして立ち去りました。

二人の庵主は互いに知らず趙州が他方にしたことを知りません。公案では文章を繋げてわれわれに比較するような仕立てになっているのがみそで、趙州もそれぞれの庵主にそれぞれの挨拶をしただけです。立ち寄った時間が違うのですから。

同じ行為をしたのに反応結果が違うではないかどうするどういうことだという公案です。この記憶による連結を破る様に促すものです。記憶の中にある知識を持ちだすところから来るトリックに落ち込むわけです。

眼は流星とはその場限りその時の趙州が判断ということで、比較する二人の庵主などいないのです。

このひっかける仕掛けは無門の方から仕掛けてあります。趙州が二人から見抜かれていて教えを受けているというのです。二人の優劣をつけるのも、つけないのも駄目だぞ、どうするね諸君というわけです。

つまり比較する相手として二人という意識を持たなければいいので、実際に庵主Aに挨拶し、庵主Bに挨拶しただけです。

そして元に戻れば、

おーい居るかい、拳固、浅いね、船を寄せられん。そして庵主Aに講釈する。

おーい居るかい、拳固、活かすも殺すもうってつけだね。そして庵主Bに講釈。

となります。

この講釈はその場限りの出まかせですが、ぴったりで便ち趙州の舌頭に骨無き口先三寸を見て、行き倒れの人を助け起こし大自在なることを得ん、というものです。

では趙州自身はどうなるのでしょう。

公案に記された流れの通りで、その時その時の流星のような観察判断、落雷のような機知に富んだ返答対応をなしただけです。

同じように手を上げたというのは記憶による連結でその場のできごとではありません。同様に居るかいと声をかけてたのも同じ声ではありません。誰もがその場その時の対応をしているのでどちらがという比較するものはありません。

骨なしの舌先だけの対応としてもいいのですが、われわれ凡人が真似をするといい加減でちゃらんぽらんのその場凌ぎの対応となります。こういったところから、人を見てその人に合った持てなしをしようということになりそうですが、それらは過去の記憶に比較して見劣りがないものにするだけのことです。

趙州がここで行うことは、そういったもてなしではなく今を実現していくもてなしです。

朝起きて歯を磨き朝食をとる。こう書けば毎日同じ行為をしている感じを受けます。同じ朝食を食べているのじゃない。視覚では同じ拳固、言葉では同じ朝食、全てこんな調子です。

おーい、居るかい。

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無門関 第十二則 巖喚主人

瑞巖彦和尚、毎日自らを「主人公」と呼び、又自ら返答した。すなわち、「しっかりしなさい。はい。どんなときも他人に騙されることのないように。はい・はい」。

無門は言った、「瑞巖老子、自ら売買して、神の頭であったり、鬼の面をして一人芝居をしているようだが、何が故か、よく考えよ。一箇は質問する心の奥、一箇は返答する心の奥、一箇ははっきり目覚めている心の奥、一箇は他人に騙されたりはせぬ心の奥、意識を集中して心の奥を何だとすれば、瑞巖彦和尚の真似をして一人二役を演じたら野狐禅もいいところだ」。

禅の修行者が真実を知らないのは経験知識をまだ認めているからだ。その自分が本当の自分ではない。

瑞巖彦和尚のやったことは自問自答したわけではない、自分の真の判断力に問うて答えた。夕べのおかずは何食べたか、なら、今日はどれにしようか、というようなことではない、その質問の元はどこからきている判断力かを見極めなさい。要するに「目を覚ましおれ」ということです。

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ネットで十二則をちらちらと見ると、自分自身を客観的に見ている自分というのは自分自身とか、自分という我を認めないとか、「主人公」とは、趙州禅師の言う「無」のことでありとか、絶対主体のこととか、いろいろで、無門もムッときそうになるのじゃないでしょうか。それにまたわたしのが加わるわけです。

みんな真面目で真剣で、大げさでいい加減で、個人的で喝ッで、なんにも分かっていないものばかりのようです。分かっていないわたしがこんなことをいうのは、分かっていないからみんなのいうことが分からないのが分かっているということを言っているだけです。

今風に言えばマゾの王子様を公案にしたようなものです。しっかりしなさい、騙されるのじゃありません、もっと叩かれたいのですか、ご主人様は絶対主体ですか、客観的に見ていますか、はいはいハイ。

無門曰ク、瑞巖老子、自ラ買自ラ賣ッテ、許多(ソコバク)ノ神頭鬼面ヲ弄出ス。何ガ故ゾ。〔漸](ニイ)。一箇ハ喚ブ底、一箇ハ應ズル底。一箇ハ惺惺底、一箇 ハ人ノ瞞ヲ受ケザル底。認著スレバ、依前トシテ還ッテ不是。若シ也タ他ニ效(ナラ)エバ、、惣ニ是レ野狐ノ見解ナラン。

自分一人しかいないのにいろいろと役目を造ってあります。

質問する心。答える心。目覚めている心。騙されない心。

心の要素はこれだけではありませんから、他の要素を足したり引いたりして真似する人もあるでしょう。

そこで組み合わされ出てくるのがいろいろな解説です。

頌にいわく

學道の人眞を識らざるは、只だ從前より識神を認むるが爲めなり。

無量劫來生死の本、癡人喚んで本來人と作す。

解説によって指摘するもの、されるものが自分であり無でありとなっていきます。

それじゃ本物は何だ、というのが答えですがはたして何でしょう。

通常は自分の考えたこと感じたこと思うことを書いています。それらはそれぞれの心の要素の組み合わせにその人なりの色がついたものです。どんなブログ主も自分の心を示したものと思っています。

惣ニ是レ野狐ノ見解ナラン。

此処から先を書くと怖いことになりそうですね。

おーい、居るかい、と自分に問うのです。返答するしないに係わらず、おーい、居るかいの心の流れの段階が全て違います。

まず自分を主人とする心構えがあって、自分をそちらにおいて、自分に向かう自分がいて、どういう言葉を言うか考えて、問いかけて、聞いている主人役の自分がいて、聞いたことを納得して、返答するか検討して、適当な言葉を見つけて、返答して、、、、、というように一つの流れも区切れば無数の過程の集合です。

意識はそれらの関心のあることだけをまとめて一つと考えるだけで、自分でも、他人でもお気に入りによって一つのまとまりの中身は違ってきます。

「他人に騙されることのないように。はい・はい」というのはことさら取り上げられていると思われます。自問自答ですから他人というのも自分のことで、自分に騙されるなよということです。通常自分が喋ったことは自分の言葉で自分で反芻して話しますから、自分を騙すことはありません。

公案ではここにも、自分で反芻する自分に言い聞かす言葉にも、落とし穴があるぞ騙されるなよというわけです。

これを自分に当てはめると、こうしてくだくだ長い文章を書くというのは、何も分かっていないから説明が説明を読んで、説明していくつもりになって騙しを重ねているのです。

勉強中ということで許してもらっていますが、勉強を続ければいいというものではないし、勉強すること自体が騙しであるのです。

とまぁ、多少は分かったような公案風なことを書いておきます。

はいはいなどという返事は無いのです。返事をすれば×ですが、返事はしなければなりません。

「 無門関や経文の細かい仏教語を学んでも仕方がない、それは言霊オの次元、アの境地にいたるには無字のことが全て分かるようでなければ。要するに理屈で物を考える他のところに真理はあるということ。理不尽、不合理は説明できません。」

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無門関 第十三則 徳山托鉢

徳山の托鉢

徳山が一日托鉢して堂に帰ってきた、雪峰に「徳山は鐘もまだ鳴らず、太鼓も未だ響かないのに、食器を持って何処に行かれるつもりか」と問われ、徳山は何も言わず方丈に引き返した。そのことを巖頭に言いつけた。

巖頭は言った、「さすがの徳山和尚も悟った時の末期の句を会得していないな」。徳山はそれを聞いて侍者を使わして巖頭を呼びつけ、問うた、「お前は、老僧を馬鹿にしているのか」。巖頭は徳山に近寄ると耳打ちして経緯を言った、これを聞いた徳山は安心して、翌日の徳山老師は皆の前で説教する顔つきが違った。

巖頭は説法が済んで僧堂の前に帰ってくると呵々大笑いをして、「なんと嬉しいことか、これで世の中は徳山和尚に何も言うことがなくなったぞ」。

無門は言った、「もしこれが末期の句ならば、徳山、巖頭共に未だ夢を見ているに過ぎない。その正体は二人とも棚の上の人形が動いているようなものだ」。

最初の句がしっかり分かれば末期の句もはっきり認識することができる。だが、最初の句と末期の句は一所ではない。

末期の句とか悟りとか何の関係のない徳山の行為だった、単純な所作を勘ぐっていろいろ批判する、そのことを言っている。そんなことで禅の善し悪しを論うなよ、禅を会得した人でも思い違いはある、言いつけられたから説法を変えてまで末期の句を得たと言っているのは愚かなことだ。

悟ったからといって間違いをすることもある。だからといって悟っていないとは言えない。

http://imakoko.seesaa.net/article/106042157.html

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始めはこういった場面のことを思いました。

出かけて帰って来た処を隣の人にあった時、「これからどこへ行くのですか」と聞かれた場面を思った。

ついで、この公案には登場人物が多く場面の入れ代わりが多いことに気付いた。

ということはどこかの特に注視しなくてはならない場面がないことになる。

徳山は何も言わず方丈に引き返した。ここがみそでしょう。何の特徴もないというところです。

ところが、巖頭は、「さすがの徳山和尚も悟った時の末期の句を会得していないな」という方向に解して、給食係に言った。

よくあることですが、相手の本人の意識を越えて物事を突いたつもりの言葉を吐く事があります。

深入り、解釈し過ぎ、取り越し苦労となるものです。

ところが相手本人は何のことはないほんのちょっとしたことを何気なく言っただけ。

もしこのような流れを取れば、始めは何という事は無いものを、末期の句と取る者がいるかと思えば、相手の首を取ったと感じたものもいるし、日常の跡形もなくなる意味のない挨拶みたいなものと取る者もいる。

徳山はこの僧堂ではナンバーワンという事ですから、いわば相手全員が刺客です。

そこで給食係の言葉には何もなかったからそのまま自分は引っ込みました。ついで末期の句を言うものがいたのでそれも確かめました。

給食係から巖頭までが始めから末期で、徳山はさらにその外にいたので、厳頭はこれで世の中は徳山和尚に何も言う事がなくなったと反省しました。

これは徳山が給食係と単に出くわしただけの事を、無理やり意味づけを試みた結果のありかたを示したものです。始めを取ったものと終りを取ったものが登場していますがその中間ももちろんありです。

それらは全部残念賞だというのが、無門の評です。「棚の上の人形が動いているようなものだ」

ここから落語が出てくるでしょう。

しかし、僧堂というところは詰まらない汚らしい処なのか、揚げ足取りの絶えない馬鹿らしい道場なのか、真剣勝負の土俵なのか、いろいろあるのですね。

日常生活、国際政治、どんな偉い人にも降りかかる場面です。しかし動物なら、相手を倒す為に挑戦するか最初から避けるかどらからです。人間社会にもそういったことはあります。

威厳、威光が喋ります。欲望、感覚、肉体次元なら凄味が利いてるとか、強そうとかになるでしょう。知識、記憶次元なら凄い歯が立たないとかになるでしょう。悟り、宗教、芸術の次元では、彼らの得た心の内容と人格、道徳感覚とは関係のないことです。

芸術家では人格的道徳的にはてなをもたれる人はいくらでもいます。

悟った坊主でも同様です。人を教え導くことをしているので、人格的な道徳的なことを喋りますが、喋らなくても威厳で導ける坊さんはどれだけいるでしょうか。よほど雷親父の睨みの方が効きます。

徳山はそこまでいっていないようです。「棚の上の人形」です。給食係におちょくられ告げ口され、その先でまた誤解されたのです。黙って座ればピタリと何とかとかいう威光はなかったのです。

この威厳、凄味による対話は悟る悟らないに双方ともに関係なく、悟りのその上の次元でのことです。悟りを目指す仏教においては未だに手の出ない世界です。

その世界において、形だけ数千年間伝統を守らされている家族がいます。そこにあるのは始めも終りも全部ひっくるめた「みいず」と呼ばれるもので、今や形を残すことだけしかありませんが、どうしてもそれを無視できません。

また一方、やはり形だけしか残っていませんが、日々絶対逃れられない強制となっていて全員を縛るものがあります。

大和の日本語を喋ることです。

雪峰も巖頭もあることを無い様に、無いことを有るように言い合って最初の句と末期の句、赤子の言葉と悟りの言葉、猿の描いた抽象画と画家の抽象画、を好き好きに作っていきましたが、徳山が言葉を知らない、喋れない、悟っていない、心を撃たないとは言えないのです。

徳山はもともと雪峰の言葉に内容の無いことを見抜いていましたから、何も言わずに引き返していたのです。それをいいことに下っぱ連中があれこれいったわけですが、いくら悟っても人格的なみいず、威厳は得られないということでもあります。

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無門関 第十四 南泉斬猫

南泉、猫を斬る

南泉和尚が、東西両堂の門下僧が猫のことでもめていた。「お前達、猫のことで何を言っているのか、はっきり言いなさい、言えば、この猫の命を救い、なければ、猫を殺す」。

誰も答えないので、南泉は猫を斬殺してしまった。その晩に趙州和尚が帰ってきたので、泉はこの件を言いつけた。州は無言で早速靴を脱いで、それを頭に乗っけて部屋から出て行った。

泉は言った、「州がいたら猫の子は助かっただろうに」。

無門は言った、「何も言わずに趙州が草履を頭にのっけって出て行ったのはどういう意味か、この所作を一言で言い表すことができたなら、南泉が猫を斬るぞ、なんて間違っても言うことはなかったろう。もしそれが出来ないのであれば危ないことだ」。

趙州がいたら猫は助かった。草履を頭に乗っけることは逆のこと。

南泉の持っている刀を奪いとって「言え」と言えば南泉は助けてくれと言っただろう。

自分ならどうする

南泉は門下僧に問い、趙州は南泉が助けてくれという言葉を「言え、言え」と言っている。

禅は「空」を悟る修行ですから、問答は死活なんです。分からなければ飛び出ていかなければならないのです。だから考えている暇はない。一言で、一所作で返さなければならない。

和尚ですから南泉に「殺すことはなかろうに、お前はまだ修行が足らないな」、それを言わずに、草履を頭に乗っけて態度で示した。

わずかに有無にわたって、「どうしてだ」と思えば、もう分からなくなる、趙州の態度で意味が分かったならば、理屈抜きで分かる。そのように南泉が瞬時に悟れることをしなければならない。

南泉は門下僧にもう一度問うてもよかった、猫の身代わりになる者は前に出よって。前にでた者がおれば許してやって猫も殺すこともなかった。南泉も猫の命を賭けてしまったから引くに引けなくなってしまった。

人間が遭遇する窮地は瞬時のことでしょ、だから考えることが出来ない、どんな事件も自分のことのように思わなくては解答できない。「自分ならどうする」、南泉の横っ面をひっぱたいて「渇!」と言ってもいい、殺された猫のところへ行って涙流して出て行ってもいい。

禅の公案と申しますのは、今ここに自分がいたとしたら、どう見、どう答えるかなんです。自分が答えた言葉が人を悟りに導きうる言葉なのかどうか。それは起こった事態を把握することが出来たなら、次に建設的な言葉を発することが出来るかどうかです。

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道元は、猫を必ずしも殺す必要はなかった、としながらも、この南泉の接化の手法を高く評価しています。そのうえで、もし自分がその場に雲水として居合わせたなら、「和尚は一刀両断のみ知って、一刀一段を知らない」と言うだろう、とも言っています(『正法眼蔵随聞記』2-4)。

道元曰く、一刀一段とはこの猫そのもののこと。猫に仏性という実体があるのではなく、ないのでもない。この生きている姿そのものをまるごと仏性と見るべきであるという含みです。

道元のいうポイントは、南泉和尚が有無の二元論に捕われる弟子を教化するつもりで、結果として猫の体を“二つに”斬ってしまうことになるなら、それは頂けませんな、と機知を利かせた返事をして猫を救ってやろう、というわけです。この道元の理解だけをみても、この本則のテーマが仏性の有無とその超克にある、ということは歴然としていると言っていいでしょう。

ならば趙州はこれに何と答えたのか。

彼は履を脱いでこれを頭に載せたのですが、これの意味するところはもはや明白でしょう。

普段、左右に分かれて対のものである一足の履を(恐らく重ねて一つにして)、考える場所である頭の上に持ってきたのです。有無の止揚、と言うべきでしょうか。これをされたら、さすがの南泉和尚も、猫を切るという殺生を犯す必要など感じないでしょう。

猫に仏性が有るのか無いのかという事は、右だ左だと、解決のつかない二見対立。南泉老師は、有に偏せず、無に片寄らず、理論を離れ、感情を越えたとらわれのない世界を、一刀両断によって示されました。趙州和尚は、相対的二見(草履)を絶対の世界「頭」に止揚する行によって示されました。

ここではつまり、修行僧に正しき教えを伝えるという大目的の中で、南泉の「殺生罪」をどう問うていくか?という問いに転化されて議論されていることが分かる。しかも、道元禅師は罪相を犯さずに修行僧を指導する方法として、「一刀一段」を唱えている。

------以上は引用です。-------------------

南泉が「言わねば切るぞ」と言った時南泉自身は切ることが分かっていました。

南泉は神にもすがる思いで、どうか切らずに済むように、誰でもいい我が弟子たちよなんでも良いから答えてくれと願っていました。しかし残念ながら自分の思いはそのまま実現してしまいました。

普通、考えること思うことは実現する方に意識を向けていきます。殺人行為もその時々の成り行きにもにもかかわらず、意味の無いままに遂行されるように見えることがあります。

この公案では無門の評は趙州和尚に向かい、斬猫には向かっていません。

弟子たちの猫に関する討論は問題にしていません。和尚たる南泉の態度が問題でした。

趙州和尚と南泉は同じ場所で合っていて対談しているのですが、趙州和尚はその時に靴を持っていたのでしょうか、それともちょうど返って来た趙州和尚と玄関先でこと話していたのでしょうか。州乃チ履ヲ脱イデ、頭上ニ按ジテ出ズ。出ズ、というのですから部屋から出たように見られます。つまり靴を持って部屋にいたのか、靴は脱がないですむ家の構造なのかです。

きっと常に土足でいられるお寺なのでしょう。そこでは脱がないのが当たり前なのでしょう。

そうすると趙州和尚は脱がないのが当たり前の場所でことの逆をしたことになり、南泉に示したことになります。

草鞋は南泉の言葉です。脱いで土間に置くものです。

ですので、当たり前といえば、猫を切らせないために刀を取り上げることでしょう。

二番目に引用してある道元系統の解は、有無に捕らわれない対立した世界を猫を両断して示したということらしいですが、大目的の中では殺生もありとするらしい。

なんとも恐ろしいことのように思えます。そこで南泉が悟ったというなら何かあるでしょう。

南泉は趙州和尚の師ということですから、教えを示したということらしいが、教える相手の小坊主たちを見抜けてないし、趙州和尚にまで頼ったように思えます。

そこで南泉の「お前がいたら殺さずに済んだ」とはどういうことでしょうか。

坊主がそういったことを述べるとはどういうことでしょうか。

要するに南泉の虫の居所が悪かったのです。草鞋が頭の上にあったのです。あまりにも不甲斐ない弟子や、幼少の者、力量の不足した者たちを見ると、返ってこらしめてやろうと思うことがあります。幼児虐待です。南泉は自分の思いに捕らわれてしまったのです。

あまりにも弟子を可愛がりすぎたのか、もっと真剣さを加味したかったのか、南泉は地位上自分の言ってしまった言葉が自己目的となりました。

訂正することはできません。

きっかけとなる返答が必要ですが、小僧たちにはありませんでした。

趙州和尚に話したところ、かれはお門違いだ話にならん殺生を持ちだすなどならんということは分かっていましたけど、南泉の方が地位が上です。

そこで何もいわず話しにならん、南泉よお前は自らの言葉の虜となっていた、ということを草履を頭に乗せて示し、退出しました。

こういったこともよくあることです。「あー、言っちゃった」と思うが後の祭りです。その場合自分で訂正ができません。自分の言葉を自己保持して、隠れた助け船を待ちます。

道元の解説者は「 これをされたら、さすがの南泉和尚も、猫を切るという殺生を犯す必要など感じないでしょう。」と言っていますが、この解説者は解説したこと言ったことに対して、趙州和尚が履物を脱いで頭に乗せて出ていく、自分がそうされている場面を忘れています。

悟らせる為には猫を切ることぐらいできると思うのなら自分でやってみるればいい。何なら自分が猫代わりになってみればいい。

禅は道徳的な対応ができない見本です。個人行を社会化することに盲目です。山林の教団内での個人の悟りの範囲内でのことです。

「南泉が猫を斬らずにすんだ風景が見えるはずだ」

頌に曰く

趙州若し在りしなば、倒に此の令を行ぜん。刀子を奪却して、南泉も命を乞わん。

「趙州がこの場にいれば、南泉が猫を斬るというその逆をいったはず。 南泉の刀を奪い取ってみせれば、さすがの南泉もマイリマシタ! と降参することでしょう。」

なんてことを死体を前にして言うだけですか。

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無門関 第十五則 洞山三頓

洞山の三頓

雲門が、洞山が初めて参禅した時に、門、問う「どちらから来られた」、山答えて「査渡」。門、「夏は何れの処にあるか」、山、「湖南の報慈寺」。門、「何時、ここを去ったのか」、山、「8月25日」、門は言った、「おまえに六十棒食らわせてやるところだった」。

夜が明けて洞山は雲門に尋ねた、「昨日は六十棒を食らわしてやりたいとおっしゃったのはどのような理由からでしょうか」と尋ねた。すると「この無駄飯食いが!湖西だの湖南だのとお前は一体何処をうろついていたんだ」と雲門は答えた。洞山はそれで大悟した。

無門は言った、「雲門は人間にとっての馬草である貴重な教えを三回も与えて、洞山の宗派を救ってやったものだ。一晩中、善いか、悪いかの迷いの海の中にあった洞山を、夜が明けてから尋ねてきた洞山のために悟りの言葉を与えてやった。それでは聞くが、洞山は三頓の棒を食らった方が良かったのか、もし食らった方が良かったのであれば、世の中の全ての修行者が食らうであろうし、食らうべきでないとしたら、雲門和尚はとんでもないことを言ったことになる。ここの処をはっきりさせれば、洞山のためにも渇!の一言でも吐こうではないか」。

獅子が子供を谷底に突き落として、這い上がってきた子供だけを育てたように、進もうと見せて翻り、雲門は洞山を一言で救ってやった。前箭は軽くかするように、後箭は深く心に突き刺さったようだ。

お前が修行している身であれば、何処から来たのかとか、何時そこを発ったのかとかを聞かれて、逐一そのまま答えることは無駄飯食いだ、何処から来たのかと聞かれれば「この宇宙」とでも言えば、精進しているなということになる。

禅の公案は言霊の学問を勉強しておれば、どうということのない問答なんですけど、こんな難しい表現をしなくとも、こんなこと毎日やってるよって。ところがア次元の限界がここにある。アは通過点に過ぎないのですから。

http://imakoko.seesaa.net/article/106480142.html

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今を瞬間瞬時と取るなら意味のないことです。単なる時の流れの一秒間以下のことです。

「どこからここにやって来ましたか? 」 「こころから来ました 」

「この夏はどこに居ましたか? 」 「こころにいました 」

「いつごろそこを出発しましたか? 」「いまです」

持続の中にいれば過去も今です。この三日間飯を食っていないというのは、この三日続いている今です。地位が欲しい金が欲しいというのはこれからも続く今です。生きるとは何か人生とは神とはなにかは一生続く今です。

神を見た幸せを得た光を見た悟りを得たというのは現在にしか存在しない今です。得たものを消さないように保持しないと再現しません。

翌日に洞山が悟ったというのは結構なことですが、ここで同じ質問責めに合います。

「どこから悟りはやって来ましたか? 」 「? 」

「この夏はどこに悟りは居ましたか? 」 「? 」

「いつごろ悟りはそこを出発しましたか? 」「?」

悟った洞山に与えられた質問です。

悟る以前なら悟りは未来にあると思われていますから精進もできます。

ところが悟ってしまうと悟りには未来はありません。基本欲求目標となって過去に引っ込んでしまいます。

洞山は過去の場所時間などを答えてぶたれるところでした。今、悟りも過去となりました。答えられなければぶたれます。

今というのも持続の中にありますから、その中でいろいろな目にあいます。

「最近お前はどこに居たのか、」「査渡(さど)におりました」と洞山は答えた。

「夏(げ)はどこで修行していたのか、」「湖南の報慈寺です」

「いつそこを発ってきたのか、」「8月25日です」

この修行僧は常日頃から悟りを考えていて、危険な何年にも渡る旅をしてきました。この日々の数年の毎日が悟りを求める今でした。返答はその日々の今のある場面を区切ったもので、第一の質問の答えからは直ちに今を得ていないとは言い切れないものです。査渡(さど)の今を言ったか、今の査渡(さど)を言ったかもしれないからです。

そこで二発目がきます。ここでもその答えだけでは心の寺か、寺の心か分かりません。僧は心の寺を言ったもしれません。

そこで時を問われます。これでノックアウトパンチです。僧の心に今の時が無いのがばれてしまったのです。

記念日として日時を記憶することは普通です。ところが、「いつそこ(心)を発ってきたのか、」「8月25日です」ではまずいでしょう。

即出ていかせず一日置いたのは、質問した雲門が第一問目で見抜けず、三問までしたお礼でしょうか。

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無門関 第十六 鐘声七条

鐘声七条

雲門は言った、「世界はどうしてこんなに広いのか、なのに何故朝になると鐘が鳴ると袈裟を着て本堂に行くのか」。

無門は言った、「凡そ、禅に参ずる者は、聞いたことや見たことをただただ真似してはならない。物事の色を見て物事の真理を悟ったとしても、これは当たり前のことだ。その次のことが大切である、聞いたことや見たことに乗じて、理屈を言うことが得意であっても、しばらくこういうことを考えてみよ、声が聞こえたとしても、声で聞いた響なのか、声を聞きに行った著(じゃく)なのか、どっちなのか、話の上で明瞭に答えることができるようになるのか。聞いた声ならば未だ悟りにはならない、眼でもって聞いたということであれば、正に初めて物事を理解したことになる」。

分かったのは、聞いたことと見たことが一所になる。分からないのは、物事が千差万別に見えたり、聞こえたりする。では、迷っている時の出来事は、同じように考えられる。宇宙の眼で見るのと、経験知で物事を見ることの違いがそこにある。

観世音菩薩っていいますでしょ、観世音ですから、観は見る、音は聞く、でしょ。声に惑わされず、どんなことが起こったかの事のほうにも惑わされず、本当に分かるということは、声を聞いて相手の言っている事を聞いて「あぁ、そうか」と分かるのではなく、相手の表情や顔色を見ることによって、本当に相手が何を言いたいのかを分かることだよ。

この公案は、サラリーマンは朝、顔を洗い、ネクタイを締め、背広を着、靴を履き、会社に出掛けて、仕事をして、夜になると帰ってくる、それはどうしてだって、ただ、そのことを言っているのですが。

今日と言う日は二度と来ない

もし、それを習慣や仕事のための身支度と考えているのなら、それは間違いだ。人間というものは天の御柱で物事を見、判断しながら真実を知った上で、自らが決断して行なっていることなのだ。

音を聞くだけではだめなんだよ、音を見なくては。又は姿を聞かなくてはならないよ、って。何のために自分は働いているんだろうって、物事がうまく運んでいる内は別にそんなことを考えない、うまく行かなくなったときにそういうことを思う。その繰り返しで定年退職を迎える。

今日と言う日は一回しか来ないのだから、今日を生きるために自分は全力を尽くす、自分自身と、世間で起こっている中の自分というものが、完全に一つに成り得る。その時と場所を「今ここ」と言うんだよ。

その消息は言霊の学問を知っていたら「うん」と頷けますけど、学問ではから言うと、やはりオの次元、でも、言霊の学問を知っていても、知らなくても、このことに「うん」と頷くことが出来たなら、それが本物ですね。

アの宗教ですから、頭打ちなんです、表現するにね、難しい漢文で説法したら、あのお坊さんは偉いんだなって思ってしまう。表現はどうであれ、真理が途中なのか、それで完了なのか、こんなことしてどう何になるんだって。

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無門曰く、

「大凡(おおよ)そ参禅学道、切に忌(い)む、声に随い色を逐うことを。

・そもそも参禅に志すものは現象を見てそれを判断することを避ける。

縦使(たと)い聞声悟道(もんしょうごどう)、見色明心なるも也(ま)た是れ尋常なり。

・五感での認識はそのまま普通に得られる。

殊に知らず、納僧家(のうそうけ)、

・ところが坊主も知らないことがある。

声に騎(の)り色を蓋い、頭頭上(ずずじょう)に明らかに、著著上(じゃくじゃくじょう)に妙(みょう)なることを。

・見聞きしたことがはっきり喋れて、

是くの如く然雖(いえど)も、

・現象からする判断はこう言うものだと主張しても、

且く道え、声、耳畔(にはん)に来たるか、耳、声辺に往くか。

・こういうことも思ってみなさい。その五感で確認できていることは、例えば声という響きは音の振動が耳に到達したものか、耳がその振動を聞き分けたものか。

直饒(たと)い響と寂と双(なら)び忘ずるも、

・たとい、響きと静寂を共に得たり、失ったりしたとしたら、

此に到って如何んが話会せん。

・この違いをどうはっきり話して見せることができるか。

若し耳を将(も)って聴かば応(まさ)に会し難かるべし。

・もし聞こえるものを聞いただけなら了解悟りにはまだ遠い。

眼処(げんしょ)に声を聞いて、方に始めて親し」

・眼で声を聞いて、まさに始めて理解する。

頌に曰く

会するときんば、事、同一家(どういっけ)。

・了解したことは、鐘の音を聞くことと袈裟を着ることが同じことになる。

会せざるときは、事、万別千差(ばんべつせんしゃ)。

・了解できない時は、鐘の音をあれこれ聞いておもい考え、袈裟を見てあれこれおもい考える。

会せざるときも、事、同一家。

・了解できないでいる時も、あれかこれかあれもこれも何を取り上げても同じように思える。

会するときんば、事、万別千差

・了解できたと思う時は、自分のものはあれとはこれとは彼とは皆とは違うと思い込む。

経験知概念で自分が一番ということと、まず一番に智恵の了解でわかることとの違い。

もちろん坊主は自分が一番だとは言いませんが、喝ッ、の次あたりにはじぶんの解説があるだろうと思っています。

そうでないものもかなりあり、原文だけとか訳文だけとか続きを書かなくて続くとだけ書いてあるのとか、ギブアップをしているのとか、上記の頌に曰くの二三四番目だらけです。

とここまで何とか書いてきましたが、ここから先へ行くとボロがでるというやつです。

でも行きましょう。

「鐘が鳴ったら袈裟をまとうのだ」が条件反射となって、「我々は、「内外打成一片」の限りなく広い禅的な境涯の中に生きている。そのような中にありながら、何故、客観世界の条件反射のような事象に束縛されているのか。」というのがありました。

眼処(げんしょ)に声を聞いて、方に始めて親し」

・眼で声を聞いて、まさに始めて理解する。頌の始めを除いた二三四の意見です。

他人の意見を「眼処(げんしょ)に声を聞いて、方に始めて親し・眼で声を聞いて、まさに始めて理解する。」で了解することが必要です。そうでないとあれは駄目これはいいと言うだけのことになってしまいます。

条件反射と思っているのは因果を見ているからですが、それでも聞く鐘は音、着る袈裟は見ているものという、バラバラの次元にすればそれなりの禅の世界となるでしょう。

ところが、同様にここでは「どうして鐘が鳴ると本堂へ出ていくのか」というバラバラにしちゃいけない一つの世界があるのです。というとはその次の言葉を繋げて、本堂へ行って本尊を拝むのか、とか何々とかと一塊の問いができるのです。

ですから最初に鐘と袈裟を別々にしますともう最初っから駄目なのです。

鐘と袈裟を因果で仏教らしく結べば解説は楽でしょうが、その後も次々と引っ掛けられることが続いてきます。ですので、まるで関係のない鐘と袈裟は、そしてその後に続く何々も、「同一家」としてしまう方がことは楽です。

そうでないと、鐘と草履だとか、鐘と数珠だとか教本を持ってだとかを言われるようになります。

この公案は比較的短い時間内の接近したできごとをイメージし易いように作られていて、因果で説明しやすくなっていますが、そんなものは尋常なことだ言われ、また、因果の間隙は幾らでもあるのでそこを突つかれます。

さらに始めに世界は広いのに何で狭い因果を持ちだすのかとということも言われています。

こうして、鐘を聞くことと袈裟を着ることが同じであることを説明しなくてはなりません。

問題は鐘と袈裟が同じであることではなく、音を聞くことと袈裟を着ることという人の行為を考えることに関することです。

音が耳に聞こえたのか、耳が音を聞いたのか、袈裟が身体に着られたのか、身体が袈裟を着たのか、足が草履を履いたのか、草履が足に履かれたのか、鐘の音が身体に袈裟を着させたのか、身体が鐘の音で袈裟を着たのか、とうとうとなります。外見現象は同じでも「事、万別千差」になります。

つまり、わたしが何かをしたのか、何かがわたしにしたのか、になります。

これは悟りとか宗教の解釈次元では、自分と世界宇宙の同一を感じ体得することですが、それ以上の説明をする術を持っていません。

悟りとか宗教次元では、自分への現象となるものが宇宙全体感となって現れてきて、自分の中心テーマと結合して保持されていきます。そこでテーマが心に拡大していき、何かの表現と結ばれ、その表現の維持が心の行動の目的となります。そこで客体と自分は合一して客体が主体を受けいれてくれる体験ができますが、表現において客体を掴んだだけなので、行為として自分のものとすることは、自己目的となるだけで、その実現は未来に置かれます。

以上が悟りの内容で、鐘の音を聞いて袈裟を着るという宇宙一体感はその時に得られるものの、持続保持させることは、修行の努力の中にあるということになります。

自分のテーマの保持拡大を問題にして、当初に得られた宇宙との一体感を問題にしない為、自己追求の世界となってしまいます。

衆生からは糞坊主と言われる所以です。

●●●ここから●●●

無門関 十七 国師、三たび喚ぶ

国師が侍者に教えを説こうとして三度呼んだ、三度とも「はい、はい」と答えて何も悟ろうとしない。おまえが私に期待して分からないでいるのは私のせいだと思っていたが、私の期待にお前が答えなかっただけのことだった。

無門は言った、「国師は一度呼べば済むものを三回も呼んで、舌頭が地に堕ちてしまった。国師は年老いてきて心が孤独になってきたので、牛の頭を掴んで草を食べさせようとしたのに、どんなに旨いものの飽食の人にとっては旨いと思わない。国が貧しければ民は志が高く清い、子供も親が金持ちだと働かないではないか」。

親切はいけない。親切すぎてその恩を分からなくする。家をしっかりと建てようとするなら、自分の危険を省みず自分の生命の尊さを知ることだ。枷は穴がなければ嵌めることはできない、それを人にはめようとした。

意味は分かりましたけど、さっぱり意図するところがよく分からない公案。注釈を読むとその解釈に頼る。だから注釈は読まない方がいい。ようするに遊び、一生かかってアに到達すればいいのですから、アが最高の精神である坐禅には限界があるのですね。

以上は http://imakoko.seesaa.net/article/108052568.html

からの引用。

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国師、三たび侍者(じしゃ)を喚ぶ。侍者三たび応ず。国師曰く、「将に謂(おも)えり、吾れ汝に辜負(こぶ)すと。元来却って是れ、汝吾れに辜負す」。

無門曰く、「国師三喚、舌頭(ぜっとう)地に堕つ。侍者三応(さんのう)、光に和して吐出す。国師年老い心孤にして、牛頭(ごず)を按(あん)じて草を喫せしむ。侍者、未だ肯(あえ)て承当(じょうとう)せず。美食も飽人(ほうじん)の餐に中(あた)らず。且らく道え、那裏(なり)か是れ他(かれ)が辜負の処ぞ。国浄うして才子貴く、家富んで小兒嬌(おご)る。

頌に曰く

鉄枷(てっか)無孔(むく)、人の担わんことを要す。累(わざわい)、児孫(じそん)に及んで等閑(とうかん)ならず。門をささえ、并(なら)びに戸をさえんと欲得(ほっ)せば、更に須(すべか)らく赤脚にして刀山に上(のぼ)るべし。

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自分のことに没頭しているものは、ダイヤをあげると言われ、悟りへの境地を教えるといわれても関心を示さない。テレビを見ている子供はご飯を食べようともしない。日常よくあること。

つまり国師は最上の悟りの教えを与えようとしたが、生返事を受けてしまった。確かに相手が関心を示してくれないのだから、わたしのせいじゃないと思える。

ところが、国師自身についてみると、悟りだ悟りだとそれに没頭している自分がいることに気がついた。悟り以上のことを示されても悟りが最高次元とだとして取り合わない、小僧であることに気がついた。

幸いに悟りを得ることが人の最高の次元であると思っていたからか、無の境地以上のことをないがしろにしていた。

不幸にも悟り無の世界空の境地しか知らない為、それらに気付いても社会、共同体、国、への実践行為とすることを知らない。

一生かけて悟りへの個人行をしていればいいと思っている。悟った国師を呼ぶ声は至る処から聞こえてくる。しかし国師は悟りが最高、無が最高、空が最高に憑かれそれしか喰わない。

宗教者たちは悟りが最高としか思えていませんから、自分たちがより上位の期待に応えていないと言わないで、相手であるわれわれのことを言ってしまうしか知らない。

自分の悟り以上の上位と鍵で結ばれる穴が無いのに、相手にだけは親切心まで起こして穴を開けようとします。歩ける足があると思っているのなら、裸足で刃の上を歩いてみるがいい。

三度呼び三度答えることを詮索していくと、堕していくのがばれてしまいますがやってみましょうか。

三つになれば何でもいいので、

一つ目は衣食住五感感覚次元での欲望充足

無門曰く、「国師三喚、舌頭(ぜっとう)地に堕つ。侍者三応(さんのう)、光に和して吐出す。国師年老い心孤にして、牛頭(ごず)を按(あん)じて草を喫せしむ。侍者、未だ肯(あえ)て承当(じょうとう)せず。美食も飽人(ほうじん)の餐に中(あた)らず。且らく道え、那裏(なり)か是れ他(かれ)が辜負の処ぞ。国浄うして才子貴く、家富んで小兒嬌(おご)る。

最初に呼んだときの小僧の「ハアイ」という返事は、自分がここに客観的な存在として居りますという意味を持っています。つまり「ここに居ますよ」という返事です。

次に呼んだ時の「ハアイ」という返事は、主観的な存在として、呼びに呼応して何か行動に移る姿勢にあるという意味を持っています、つまり「何をしましょうか」という返事のはずです。

次の三回目の呼びかけに対する返事は、もう意味がないのです。自分の中には主観的な自分と、客観的な自分の合計二人しかいないからです。

●●●ここから●●●

無門関 十八、洞山の三斤

洞山和尚に僧が問うた、「仏とはどういうものか」、山曰く、「麻三斤」。

無門は言った、「洞山は蛤禅をしてしまった、洞山が悟ったことの全てを答えてしまったが、その全てとは何か、麻三斤でなくてはならなかった」。

成仏した仏さまは何処へ到達したのか、生命の法則を知った人とも言える。生命の法則も仏である。山が仏とは「麻三斤」と答えたのは、人間である生命の法則である、法則がなければ「麻三斤」と言えないだろう。

絶対の法則、それが仏である。その答えで僧は分かったのか、「麻三斤」でなく「おまえだよ」と言えば、その人の力量によっては悟るかもしれない。「麻三斤」でなく他の答えでもいいとするなら、理屈に頼って悟りは遠のく。

この公案は「世尊拈花」と同意ですね、これが仏だ、これが仏法だと言っていい、どうしてこれが真理なのか、これは否定しようがないもの、どう考えても赤い花なんだ、それを赤い花と赤い花でないかを認めるか、認めないか。

誰もが頷く仏の姿、これ以上の真実は有り得ない訳です。考えようが考えまいが、それが真実のもの、それが仏だよ、ということも出来る。だから釈尊の弟子の迦葉が一人破顔微笑した。

真実を真実だとする、判断して分かる人がいる、真実にして動かざるもの、絶対にそうではないと言えるもの、それを真実と言える人は、その人は真実そのものである。これを実相といいます、実相を実相とするのは仏そのもの。

それを悟った人を阿羅漢とか、初地の仏と謂ったりします。何故赤い花でなければならないのかとか、麻三斤でなければならないのか、とかの絶対だの、相対だのとグダグダ説明してしまいますと、赤い花がいつのまにか違う色になったり、麻が違うものになってしまう。

そうして坊さんが説法するから、その教えそのままに思い込んでしまう。思い込んだ人に「そうじゃないよ」となかなか言えないものです。頭が混乱して論争が始まるかもしれない。聞くだけ聞いて「あぁ、そうかい」って応えておればいい。

十八 洞山(とうざん)の三斤(さんぎん)

洞山和尚、因みに僧問う、「如何なるか是れ仏」。山曰く、「麻三斤(まさんぎん)」。

無門曰く、「洞山老人、些(さ)の蚌蛤(ぼうごう)の禅に参得して、纔(わず)かに両片を開いて肝腸を露出す。是の如くなりと然雖(いえど)も、且く道え、甚 れの処に向かって洞山を見ん」。

頌に曰く

突出す麻三斤、言(げん)親しくして意更に親し。

来たって是非を説く者は、便ち是れ是非の人。

---以上引用------------

知的理性的理解が気に入っている人には、どんな解答をしてもそれが回答とできます。

「如何なるか是れ仏」。山曰く、「糞です、公案です、ニュースです、」。

どんな答えでも解答です。

では、「如何なるか是れ仏」。山曰く、「麻三斤(まさんぎん)」。

これだけが正解です。

仏は麻だというからにはその共通性をどこかに見いださねばなりません。

人間の五感感覚からは可能ですか。そこでは五感に対応する感覚によります。仏を生身の人間ととる人は、物質なり生物なりが共通となり、そこからいくらでも回答がでてきます。

麻の生産過程を世界全体としてそこに仏を見れば一致を確認できます。

また、これを真理とか悟りの仏にすると、それに対応した麻を探さなくてはなりません。麻に込められてる禅的境地だとか、分別心を超えた世界を表象した麻だとかを示すことになります。

これは仏も空だ麻も空だ無の方向から回答してきたものですが、無といえば何でも答えになりますから面白みがありません。商売的というか経験的というか年期を入れれば意味が掴めなくとも答えられでてくるものです。

そこで、「 突出す麻三斤、言(げん)親しくして意更に親し。」という仏を探すことになります。

五感感覚次元肉体次元、経験知識記憶概念次元もそれぞれに回答がでてきました。

しかしここは悟り、宗教、訳のわからない次元での回答を見つけなければなりません。

人の事を納得する性能には五感と知識だけでなく、はっきりと納得了解できる領域がまだあります。何ということもない日常生活で普通の感情を起こしている世界です。

この感情によって分かる分かったという世界です。形は無いけれど非常に力強い世界です。

悟りというのはここの世界とよく似ています。

背中を叩かれ痛かろうと、知識を溜め込みはち切れんばかりであろうと、そんなことには関係なくあっと分かる感情を元とした世界があります。

さらに人の心にはその上の世界があります。仏は麻三斤と了解しても宗教の様に頭の体操の世界ならそれだけのことです。仏は三斤の世界をどうしようかという時、一人暗い部屋で座禅を組むだけです。

ひとの世界はそれだけではないし、その上の世界があるのはもちろんです。この世の社会政治道徳まつりごとを動かさなくては生活とはいえません。悟りにはそれらが一切なく、せいぜい教団を形成するだたけになっています。

悟り得る為には難しい言葉の世界を通過しなくてはならないようにしたのは、教団内での優劣をつける為の方便だったでしょうが、現代はそのまま受け継がれ、そこに内容があるようにすり替えられています。

もともと感情次元のことですから、事の起こりは単純なものです。言葉による感情表現の難しさを、難しい言葉に横滑りさせただけのもののようです。

さて、仏と三斤の感情領域での了解を示さなければなりません。

解脱したといったところで、個人の感情領域でのことです。他の人にその内容を示すことはできません。確実な実体内容はあるけれど、伝えられずあなた方には未来の獲得目標ですと投げ出します。政治家はそんな無責任なことはできませんが、宗教家は全てそういったことが簡単にできてしまいます。座って次を待つわけです。

洞山和尚、因みに僧問う、「如何なるか是れ仏」。

山曰く、「麻三斤(まさんぎん)」。

ここでは洞山が悟った時を示したのでもなく、修行僧が悟ったのでもありません。洞山が小僧に悟りへの方向を示したのですが、失敗したのです。

洞山は仏は麻三斤だというのは分かりますが、その分かったことをどうする化については、相手に期待を投げただけです。相手が説明を求めればひっぱたいて出ていけと言ったでしょう。禅世界内でのことなら構いませんが、社会的政治的共同体的には駄目な態度です。

悟りの心には社会性の次元がないことは忘れることができません。人は行動して社会性を現し、選択して社会性を分類していきます。悟る心は個人の山頂でのことで、そのまま居座り下山することをしません。下山している場合には大抵、仏とは何か、金三トンなり、です。

悟りは感情領域と同じ構造です。感情は自然の流れの中で突如として沸き起こり出てきます。悟った時の様子がいろいろ描かれていますが、感情を得るのと同じです。芸術的な印象を得ることも似ています。

起こった感情の表現が一般的で虚しいことどうしても気持ちを伝えられないことや、感情を伝えようと呼び覚まし喚起しようとしますが、新たな創造を目指すことではありません。悟りも新たな悟りを創造することに関心があるのではなく、保持確保しておくことに関心があります。

俳優、芸術家たちは感情を呼び覚まし喚起することに心がけますが、宗教家も同様です。指示し喚起するものは明確に体験し自分のものとしてありますが、その表現を知りません。禅などは不立文字をいいことに最初から諦めさせている代りに、難しいことをあてがいすり替えています。

しかし芸術家は一生一度の経験を表現する為、多くの言葉を発明し、多くの色を塗りたくります。宗教家もあの時の神秘体験を忘れまいと何年も何年も神よと祈り続けます。

この感情的な経験の対象の違いでしかありませんが、禅の場合は直接に思惟作用の感情的了解を問題にしています。思惟には正反合渡河演繹帰納とかあっても全ては過去概念記憶知識をいじることです。

禅は思惟作用において過去概念に使用されずに直接に了解することのできる領域があることを示しています。

思惟が人間にとって重要な働きであり、その思惟の領域で新たな了解の方法を発見したとする釈迦の教えに従って、それを得ようとするのが仏教です。思惟の感情領域での了解ごとです。

それはもともと概念領域での了解を越えているものですから、知識理性で幾ら言おうとそれらは全て認められ同時に全て駄目なもので、了解の仕方という次元が違うものなのです。それを仏教では理性知識の次元で説明しますから、幾らやってもきりがないので、その伝統を公案にも持ち込んで思惟による解決をちらつかしているのです。

一応教育教えによればそれ以上のことはできない為致し方ないことですが、個人行でしかその未来を示せないからでもあります。

それであっても、思惟を操るのは関心深いし、人間の意識領域の内で禅は直接に思惟作用を扱いますから、禅をやる人にはここが面白いのでしょう。画家なら何でもない視覚現象に本当の視覚を求めるのが面白いようなものでしょう。

●●●ここから●●●

無門関 十九、平常是れ道

南泉に趙州が問うた、「道とは如何なることか」、

泉が言った、「道とは平常な心だ」。

州は言った、「平常心になろうと精進すべきことなのか」、

泉は言った、「究めようとすると道から逆に逸れてしまう」、

州は言った、「求めずしてそれが道だと分かるのか」、

泉は言った、「道というものは、どんなことであるかにも属さない、それでは知らなくても良いのかにも属していない、真に疑わずに知ろうとすれば、誰として疑うことはない、疑うことがないものをどうのこうのと言うことはなかろう」。

この言葉が終わらぬ内に直ぐ趙州は悟った。

無門は言った、「南泉の答えで趙州は直ぐに悟ることが出来た。瓦がはがれるように、言い訳もせず、趙州がここで悟ったとしても、後三十年の月日が参禅に必要だろう」。

平常心というのは当たり前の心、誰もが、物事の是非を問うことなしに知っていること。朝は「おはようございます」、食事は「いただきます」、そのようなことですね。「お茶をどうぞ」って言われて、「云」というだけでは平常心ではない。

このお茶はどこそこの産で、お湯の適温はとか、銘柄はどうのこうのとか、を言い出したら妄覚。この公案によく似たのが「喫茶去・キッサコ」というのがある、趙州の所に来た人が「私はこれからどうしたらよろしいでしょうか」と問うた。

そうしたら趙州が、「お茶は飲んだか?」、「はい」、「そうしたら去りなさい」、「どうしてですか?」と問えば、これも妄覚。

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南泉、因ミニ趙州問フ、如何ナルカ是れ道。泉云ク、平常心是レ道。

州云ク、還ッテ趣向スベキヤ否ヤ。

泉云ク、向ハント擬スレバ即チ乖ク。

州云ク、擬セズンバ、爭カ是レ道ナルコトヲ知ラン。

泉云ク、道ハ知ニモ屬セズ、不知ニモ屬セズ。知ハ是レ妄覺、不知ハ是無記。若シ真ニ不擬ノ道ニ達セバ、猶ホモ太虚ノ廓然トシテ洞豁ナルガ如シ。豈強ヒテ是非スベケンヤ。 州、言下ニ於テ頓悟ス。

無門曰ク、南泉、趙州ニ發問セラレテ、直ニ得タリ瓦解冰消、分疎不下ナルコトヲ。趙州、縱饒(たとい)悟リ去ルモ、更ニ三十年ヲ參ジテ始メテ得ン。

頌ニ曰ク

春ニ百花アリ秋ニ月アリ、

夏ニ涼風アリ冬ニ雪アリ。

若し閑事ノ心頭ニ挂ル無クンバ、

便チ是レ人間ノ好時節

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道とは何かで、道を問わないのが道であると答えました。

悟りにしても何かを了解することですから、問うな、などと言われれば、そんな馬鹿なと言い返したくなります。知でなく不知でもなく、では何があるかと言えば、知を除いた全てですから無数無限のものがあります。

知以下のものと以上に分けていけば、喰いたい、金が欲しい、社長になりたい大臣になりたい等は平常な心そのものです。そこから起きる弱肉強食、殺戮、嫉妬、陰謀等極めて平常と言ってよいでしょう。それらに反対するのは知ですから。

要するに日常生活次元では、こんにちは、さようなら、から始まって道とは何かと問わなくとも道は開けているのです。正負のどちらかに向かうだけです。正負を意識するのも知です。

知以上のもとしては感情とか一休さんの頓智智恵で了解する世界とか芸術宗教界があります。ここも、知であれこれ判断する前に分かってしまう世界ですから、知があれこれ言う世界ではありません。悟りもここの世界のものです。

さらに知を超えた世界に実践実行、つまり生きて動いていく為の選択する世界があります。ここでは知は大いに選択を援助できますが、知は動きそのもの歩きそのものとは別のことです。

最後に意志、創造世界の根源の衝動動因を構成する世界があります。この世界がある御蔭で知の活動が可能となります。知が何をどう言おうと意思が発動することも停止することもできません。同様に、悟りも意思の世界をどうにもできず、逆に情熱を与えられて活動している始末です。

知以外の世界では知ることなく事が進行します。これが道です。問うものではありません。

しかし、現にある知を除いてしまっては片手落ちです。公案は知が知を知ることなく知であることを求めています。

平常心を絶対主体的なものとか真の実践的な禅心と何もしない心とか、それぞれ大げさな解説がありますが、中国禅式の法螺吹き心を真似て自分の持てるものを隠すこともないでしょう。

頌ニ曰ク

春ニ百花アリ秋ニ月アリ、春には咲き乱れ秋には月が照る

夏ニ涼風アリ冬ニ雪アリ。夏の風は涼風、冬は雪

若し閑事ノ心頭ニ挂ル無クンバ、是非好悪を問わないままに

便チ是レ人間ノ好時節。自然に乗せられている。

いつも違って非常に法螺が抑制されています。

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無門関 二十、大力量の人

松源和尚は言った、「優れた力ある人がどうして脚をもたげ社会で活躍しないのか」、又言った、「口先でないのはどうしてか」。

無門は言った、「松源和尚は自分の言いたいことをさらけ出してしまった、しかし、他の人がそれを聞いたところで悟ることはないだろう、今起こっている現象の裏を見よ、脚をもたげた裏を見よ、真の考えを見よ」。

脚をもたげて渡る香水海、頭をもたげて見る四禅天、本当の人間であるならば、脚をもたげるのは一体何処なのか。七字の文章を続けよ。

大力量の人は日常の生活をしていても、イザというときにはそういう心がけでいろ、ということでしょうか。禅の骨頂はこの世を宇宙と捉えて、その宇宙を闊歩してその才能を生かせ。

今のお坊さんは悟っておりませんから叩かれますと痛いそうですよ。ただ生きているのではない、宇宙を生きているのだ、アの境地で坐禅を組みば、何を言われようと動くことはない。日常というものは悲観しようが楽観しようが変らない。感情で揺り動かされることがなくなれば、晴れ晴れとした心で一日一日を送りなさいということです。

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禅なんてもんは分かろうとしている間は分からないものです、煩悩を無くそうとしたって出来っこない。何か煩悩が起こった時に「有り難い」と思うこと、不安があれば「不安って有り難いな」と思う。

どんなことでも「有り難い」と思えば、煩悩は煩悩でなくなり、不安は不安でなくなり、煩悩が人間の人生に教えてくれる大きなお恵みだと気付く。そこからエの次元への道と続く。

あぁ、また不安にかられる癖が出てきたなと覚えたら、その不安を無くそうとすると父韻が分からない。でも「有り難い」と思ったら不安の要因の父韻はこれだということがすぐ分かる。

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松源和尚云く、「大力量の人、甚(なん)に因りてか脚を擡(もた)げて起きざる。」と。 又、云ふ、「口を開くこと、舌頭上に在らざる。」

無門曰く、「松源、謂(い)ひつべし、腸を傾け、腹を倒す、と。只だ是れ、人の承當(じようたう)するを欠くのみ。縱-饒(たと)ひ直下(ぢきげ)に承當すとも、正に好し、無門が處に來りて痛棒を喫せんに。何が故ぞ。眞金を識らんと要(ほつ)せば、火裏にして、看よ。」

頌して曰く、脚を擡(もた)げて踏翻す 香水海(かうずいかい)

頭を低(た)れて俯視す 四禪天。一箇の渾身 著くるに處無し。 請ふ、一句を續(つ)げ。

----以上引用-------------------

誰かが誰かを大力量の人だと見ています。

どの世界でもそういった期待を無責任に拡大している人はいます。

何かやってもらえれば後は用無しとなるひとたちのことです。賢者でも政治家でも聖人でも同じようなものです。

和尚は「俺もそうなのかい、やれやれ」と思っています。

立ち上がれ、は打倒、傀儡政権でも、おべっか使いでも、似非坊主でもいいのですが、この社会性を開示しますとたちまちに相対化され、誤解され、乖離した理解に至ります。

この公案とは何かをブログに書いたり他を読んだりすれば一目瞭然です。そこで本物かどうか火に投げ込んだり、痛棒を与えたりしても同じことです。

この公案を行為することに関連付ければ禅のまるで駄目なところが明かされてしまったということになりそうです。そこでどうしてもまた個人の次元に戻るしかない。

立ち上がる前に一応こういうことを言っておいたけど、誰もどうせ分かりゃしない、足を挙げて動き廻っている者たちは事の動きの中で攪拌され忙殺され物事を見ることができない。

禅坊主よ事を治め事を導く力量があるのに何故動かないのか、いつもの法話の威力を見せてほしいといわれても、事の中で騒いでいる連中は何が分かるというのだ。自分たちの分け前を嗅ぎ廻り探し回っているだけじゃないか。痛棒食らって火中の金の延べ棒を拾おうともしないじゃないか。

政治家なんかはわざわざ期待させることを言い、自分を大力量の人と見せようとする商売としている様なものですが、政治家にそういったことをさせるのが大衆というわけです。ここでは同じ日常行為を折半しています。

もしそういった社会に足を突っ込むと、一方では坊主が行動しない自己弁護にもなりそうです。

ここでは坊主が行動しない理由の一半をわれわれがもってあげました。ではもう一半はどこにあるのかといえば、俺は痛棒を持つ方だからなと山頂の陰気なお堂の中で真金ヲ識ラント要セバ、火裏ニ看ヨです。

請ふ、一句を續(つ)げ、後は頼むよとしか言えません。宗教人たちの限界です。

もともとそういった世界での人たちです。期待する方が間違っているのです。それでも一言何か指示する言葉を吐けないのでしょうか。いつまでも禅だとか仏、神だとかの世界に留まっている時代ではないのです。

不幸と悲嘆、不安と暗黒の日々が続く世の中です。心の持ちよう取り方を教えて数千年が経ちました。

すこしは反省してかと思えば、いつまでたっても座っているだけ、アーメンだけです。使用する言葉が難しければ難しいほど考えの内容が濃いと宣伝しています。

今日は興奮しているようだ。ドウドウ。

宗教人悟った者たちが動かない理由。

自分の本性と世界宇宙が同じであるとの自覚が前提となっている。

・宗教感情の世界がそのまま現象していくことが大事なことと思っている。

・得られたのは全体的な感情なので、自分の関心のある事柄探すことに精一杯。

・自分のテーマが見つかり取り敢えずそれを自分のものとするのに心が占められている。そこに集中したいと思っている。

・自分が悟りに導かれた事柄の表現化に苦労している。

・まずは自分の体験だけは固定し納めておきたい。

・その為他の材料事柄には手が出ず、自分を煮詰めるだけ。

・体得経験と自分を煮詰めることとその表現を追求する以外に自分を保証できない。

・悟り経験が一部であることを知ったが、全体性は未来への基本要求としている。

ということで忙しいらしいのです。

●●●ここから●●●

無門関 二十一、雲門の尿(し)けつ

雲門に僧が問うた、「仏とは何ぞや」、門は即座に言った、「乾いた尿糞をかき回す棒のようなものだ」。

無門は言った、「家が貧しいと、毎日の生活が忙しく、記憶に残すことができない、何でもない糞掻き棒をして理屈を捏ね一派の主張をする。宗門の一派はどういえば興り、どういえば滅びるかは、そこを見れば分かるだろう」。

その一つ一つの行いの中にパッと走る光、火打ちで放った火花、これがどういうことかを知れば良いが、瞬きをしてそれを射ることを逃してしまったならば、気が付かないうちに終わってしまう。

所謂、仏とは何ぞや、と問われて、理屈を捏ねて即答できなければ、後から言い足したところでそれは無駄なことだ。

常に真理を究明しながら、心の覚悟を決めていない限り、物事は気がつくところを気がつかないで過ぎ去ってしまう、ということです。

雲門、因ミニ僧問フ、如何ナルカ是レ仏。門云ク、乾屎蕨(棒、くさび)。

無門云ク、雲門謂ツベシ、家貧ニシテ素食ヲ弁じ難シ、事忙ウシテ草書スルニ及バズ、動(ヤヤ)モスレバ便チ屎[蕨]ヲ将チ来ッテ、門ヲササエ戸ヲ柱フ。仏法ノ興衰見ツ可シ。

頌ニ云ク、 閃電光、 撃石火。 眼(マナコ)ヲ貶得スレバ、 已ニ蹉過ス。

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無門関 十八、洞山の三斤

洞山和尚に僧が問うた、「如何なるか是れ仏」「仏とはどういうものか」、山曰く、「麻三斤」。

無門は言った、「洞山は蛤禅をしてしまった、洞山が悟ったことの全てを答えてしまったが、その全てとは何か、麻三斤でなくてはならなかった」。

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「大事なことは言葉ではなく、心で判るかどうかが問題なのでしょう。」という意見があります。

ここではその反対から解きましょう。

「大事なことは心ではなく、言葉で判るかどうかが問題なのでしょう。」とします。

質問には答えるわけですが、その対応は二つの方面からできます。

質問の出てきた先天性から、と、

質問の出てきた後天性からです。

通常は質問を後天現象として受け取ってしまいますから、仏といわれればそれに関する過去からの全ての知っている知りうる概念記憶判断がくっついてきます。答えも同様です。

答えは糞ベラでへらに関する全知識が沸き起こります。そして両者の対応関係を勘案してこうだと答え、本に書くことになり、それを読みます。そうしてなったのが仏は糞べらです。

解説は現象と現象をくっつき合わせその整合性を得る為に解釈を持ち込みます。そうするとそこから出てくるのは俺は知っているお前は知らない俺は一番の知識王だ賞金王だとなっていきます。坊主も他を区別する為無理難字を探し抽象用語で判った振りを繕います。

昔の事ですから一門の興亡にまでなるというものです。まあ、一族郎党がかかっているのですからはったりでも知ったか振りでも勝てばいいわけです。こういった伝統はいまでも続いていて素直に知らないと口が裂けても言いたくないわけです。その内年期がカバーするだろうです。

わたしなどは最初から知らない悟っていないと言ってありますから気楽なもんです。

さて後天現象として言葉を受け取ることは示しました。

そこからは賞金王が出てくるのですが、言葉ではなく心で、以心伝心で判ることが問題だなどともらえる賞金を無視するようなことをいいます。もちろんその解説が素敵ならいいのですが、言葉は大事でないと言ってあるので、言葉は心ではないからそれで許してもらおうという魂胆です。

修行僧が仏とは何ぞやと問いますが、問いに使用した仏という言葉は何でしょう。答えを聞く以前に知っている仏という言葉は何でしょう。内容を知らないのにどうして仏だとか何々だとか言えるのでしょうか。

仏とか何々とかの内容は知らないが、そういった言葉は知っていてその内容を知りたいというわけの判らない関係です。内容は知らないが言葉は知っている、だから言葉は心じゃないよ、心で判るとは別のことだ、大事なことは言葉ではないというのが、始めに引用してある人の意見です。、

呑気というか根っから以心伝心を信じていて、テレビもラジオも必要無いような言い方です。

僧が質問した時の仏という言葉と、答え聞いた時の糞べらという言葉を、僧の頭に置き直すとこうなります。仏の内容を知らないで仏という言葉を使用しているので、糞べらを具体的に知ってはいても、内容を知らないで糞べらという言葉を使用した僧の頭を想定します。こうしないと僧の言う仏と門の言う糞べらが対応しません。

ところが僧は、あるいはわれわれ読者は、具体的な糞べらを言葉だけの仏に対応させます。そうするともちろんここに混乱がおきます。

時代の古い話しですから糞べらもわれわれはもう知りません。そこで糞とへらを掛け合わしたイメージをつくります。具体的な内容から頭脳内に引っ込むわけです。そうするとここに内容のないイメージだけの仏もいることが判ります。イメージだけで話しているたわけ者がいるとわかります。

更にこのイメージの奥に引っ込むと、仏という言葉、糞という言葉、へらという言葉が用意されていてそこを出入りしていた、自分と相手、主と客、僧と和尚がいたことに気付きます。ここでは二人は、われわれは共通の言語規範の上に立っていることを確認します。

その言語規範は両者に共通ということを確認、話して聞いて分析総合して了解納得している両者がいることも知ります。

更に奥へ行けば、言語規範の一つ一つが同じことを知り、仏、糞へらで二人が結ばれていることも知ります。そしてわたしは仏でありわたしは糞べらであるとなっていきますが、後はご自由に。

この辺まで来れば綺麗とか汚いとかの分別を捨てよとか、人の役にたち邪魔にもならない仏のようなものだとか、自分もウンチだから仏と同じだ頑張れとかも、全部正解となるでしょう。現象次元で考えてはどうしても匂いが残っていますので、正解は遠慮したいところです。

頌ニ云ク、 閃電光、 撃石火。 現象以前の答えですから、匂いもなく当然全部正解でしょう。

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無門関 二十二、迦葉のせっ竿

ある時阿難が迦葉に尋ねた、「釈迦如来は、あなたに金襴の袈裟の他に何かを伝えましたか?」葉は答えて「阿難」、難は「ハイ」と答えた、葉は言った、「仏の説法所があると書いてある旗を立てている竿を倒しなさい」。

無門は言った、「霊山において迦葉に金襴の袈裟を授けると言って渡した、その本意は未だに廃れていないということをこの問答は示しているだろう、迦葉という一個人の愛弟子にだけでなく、人が人に語りかけることが仏の道がある。或いは仏の前の仏である毘婆子仏が説いた教えもこれ以外にない」。

仏が阿難と呼びかけて「ハイ」と答えるのは、無限の教えを説いている。ただ名を呼んだだけだが、一人一人への呼びかけは宇宙に呼びかけているに等しい、人はそれを自覚していないだけのことだ。

「ハイ」と答えられるのは仏の本性だ、言霊の学問で説明したら直ぐ分かる。アとワ、主体と客体ですから。

迦葉、因みに阿難(あなん)問うて云く、「世尊、金襴(きんらん)の袈裟を伝うるの外、別に何物をか伝う」。

葉、喚んで云く、「阿難」。

難、応諾す。

葉云く、「門前の刹竿(せつかん)を倒却著(とうきゃくじゃく)せよ」。

無門曰く、「若し者裏(しゃり)に向かって一転語を下し得て親切ならば、便ち 霊山(りょうぜん)の一会、儼然(げんぜん)として未だ散ぜざることを見ん。其れ或いは未だ然らずんば、毘婆尸仏(びばしぶつ)、早くより心を留むるも、直に而今(いま)に至るまで妙を得ず」。

頌に曰く

問処は答処(たっしょ)の親しきに何如(いかん)、幾人か此に於いて眼(まなこ)に筋を生ず。兄呼べば弟応じて家醜(かしゅう)を揚ぐ、陰陽に属せず別に是れ春。

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何億万年前から同じことが伝えられてきたという。

途中でワンクッション入るので立場が変わったのかと思った。年配の方の「それはなー何々さんよ」という感じで受けていた。ではこのワンクッションも電光石火ツーカーの連続とするとどうなるのか。

毘婆尸仏というやたらと古い仏がでてきますが、インド式のはったりを中国は真似たのでしょうか。みんなが幸せ豊かになれるのなら物質的にも精神的にもさっさとあげ与えてしまえばいいものをと思うけれどそうはいかない。何億年もお預けを喰らう。そんなに長い年月が経つと今ここに真実がでてきても無感覚になってしまう。それにもかかわらずツーカーを要求するなんていい気なもんだ。

問いは袈裟の他に伝授されたものはあるか、で、その先にある答えは竿を倒せです。閉店店仕舞いの事ですが、阿難の問いから閉店までには全世界、全衆生が含まれ、これを代表して中途に立っている阿難に、ナアー阿難さんよ、といっています。

その途中に阿難もいるのですから、袈裟以外の伝授されたものも阿難にもあるよということになります。

つまり、迦葉は答えを呼びかけで答えて、阿難の返事を引き出しています。伝えるものは伝え、伝えられたものは答えとして返ってきました。

それに気が付けばいつまでも竿を立てて置く事もなかろうというものです。

というように中間物にかこつけて、中間も終りも同じ事だと示しました。

いわば不立文字、以心伝心は直接ではない事を示したものです。六則の世尊拈花もわざわざ花をひねっています。その中間の行為、中間を介在媒介する言葉が無ければ伝わらないのです。それなのに不立文字以心伝心というわけですが、これは中間を説明する言葉を持っていないからです。

誰でも少し考えれば不立文字は必ず何かの物象的なものの介在がある事に気付きます。その物象に係わる事によって心が伝心していきます。そこでまた再度また言葉に現さないというだけで、頭に伝えられたものは物凄い超スピードで一塊の言葉が駆けめぐる形で了解しています。

え、うぬ、なに、分かった、と手を打つ時、うぬ、の中にはその後言葉になる全体が一塊の形で瞬時に形成されてるのです。ですのでそれを忘れない様に追っていくので、後から言葉を作っているのではありません。

これは音楽でのモーツァルトの例でも同じで、彼の場合は瞬時に全曲を聴いてしまうので、後は訂正のない譜面がそのまま出来上がってしまうのです。

つまり禅をやっている人にはまだモーツァルトに匹敵する様な言葉の塊をまず喋り聴き納得了解するという一瞬の経験をしていても、それを書き示す者がまだいないということです。

実際はいるかもしれずわたしの知らないだけのことかもしれません。しかし、もしいるとすれば大和言葉、日本語を喋る人にしかそれは可能ではありません。

精神と言葉は一致しなければならず、中国語やインド語にはそれだけの精神と言語規範の一致した体系がないからです。日本でも大和日本語を扱う禅者が言葉は重要でない以心伝心だなどといっている状態です。

インド中国語では現せない言語体系でしかないものをそのまま信じて大和に当てはめているのです。have,haven,avoir、ある、 英独仏日等「ある」という感じを受けることを現すのに「ア」が使用されています。「あ」は国際語です。

これは人の意識において共通なことです。「ある」という感じが偉大なものに達する時には、アーメン、阿弥陀、アッラー、等やはり「ア」が用いられています。大和言葉はこの意識と表現が全言語体系において徹底して作られた人造語なのです。その原理が言霊フトマニでその原理の創造継承者が今で言う天皇というだけのことです。

この公案は珍しく問いと答えの間に中間を設定しています。「阿難よ。」「はい」

大和日本語の宣伝は置いといて、禅、公案にはこの中間にある事に対する考察はなく、以心伝心で連結されていて、それ以上の説明はなくそれが禅だという形になっています。

問題は体得することですから、言霊では説明できるといおうと以心伝心だといおうと、いいあうことではないので、関心のある方は言霊学の父韻の項目を見てください。

中間に「、阿難よ、はい」、が入ることは、そこに何でも入ること、世界がはいることになりますが、例外はあります。出来上がった物とその知識概念です。呼びかける行為をしている、返事をしてる聞いている確かめている納得している生きている働きがないものは、意味がありません。釈迦は花を示したのではなく、ひねってひねる行為を示したのです。

ここに問いの応答、返事の応答が持続していればそこにはまた世界も持続しています。庭先に旗が立っているだけというならば意味がないのです。

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無門関 二十三、不思善悪・善悪を問わず

六祖が逃げている時に兄弟子の明に追いつかれる。六祖は師匠の衣を投げ捨てて、「この衣は信仰の正しさを表わす。これをどうしても欲しいとおっしゃるなら、争うことは出来ません。あなたが欲しいのならどうぞ持って行ってください」。

明が持ち去ろうとすると、問答で負けた事実があるから、衣を持ち去ったところで事実はいがめないので山の如くに重く持てない。そこで明は躊躇してしまった。明は祖に「私は寺に仏法を求めに来た、衣欲しさに来た訳ではない」。「願はくは、その消息を説いてみよ」。

六祖は言った、「善悪で判断しようとするなら、あなたの本来の面目とは何なのでしょうか?」その途端に明は大悟して、汗をタラタラ流し、ひれ伏して涙し、「今の教えの裏に深い意味はあるのでしょうか?」と問い返した。祖は答えて、「私が貴方に説いたことは真理ではない、よくよく自分の面目を反省するならば、けっして表には出ない真理は、貴方の心の中にちゃんと表れているのではないでしょうか」。

明は言った、「私は黄梅和尚の所に来て、大勢の皆さんと共にお寺の風習に従い、勉強をしておりましたが、自分の面目を観れずにおりました。今、あなたに指差すように教えていただいたお陰で、水は冷たく、火は暖かい、そのごく当たり前の真理を知ることが出来ました。師は六祖、あなたです」。

祖は言った、「もし、そのように思われるのでしたら、貴方と私は黄梅和尚の弟子として修行していこうではありませんか、和尚をよくよく敬いましょう」。

無門は言った、「この話は旧家より出で、分かりきったことをこと細かく説明したようなものだ。喩えばレイシの核を取り去って、わざわざ口に放り込んでやって、後は飲み下すことだけのこと、これでは問答をなさないではないか」。

頌曰く、「分かろうとすることを止めよ、捜したってない、その一瞬一瞬に顕れていることなのだから、世界が壊死ても宇宙は死なず」。

この話は前があって、黄梅の寺を誰が継ぐか、明上座は上位、六祖は下位の僧だった。黄梅は六祖に継がせようとして、身の危険があるから逃げろと言った、そういう話がある、私の記憶違いかもしれませんけど。

ただ空なるもの、真理を色んな言葉で説明する、逃げた経緯を知らない人にとって何の話か分かりませんよ、この公案は。お坊さんにとっては常識なんですけど。

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無門日く、六祖謂つべし、是の事は急家より出でて老婆心切なりと、譬えば新れいしの、殻を剥ぎ了り、核を去り了って汝が口裏に送在して、只だ汝が嚥一嚥せんことを要するが如し。

じゅに日く、描けども成らず描けども就らず、賛するも及ばず生受することを休めよ。本来の面目蔵するに処没し、世界壊する時もかれは朽ちず。

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最初の印象はなんてケチな連中を集めて禅集団を構えていることか、ということでした。

袈裟の取り合いです。

命まで狙われるというのですから。

袈裟が重いとかもっと教えろとか仏教修行のイメージからすれば漫画映画です。

そんな集団からもらった衣鉢から本来の面目の話しに持っていくのもどうかと思ってしまう。

事実あった話なのだろう。集団、共同体、社会にはよくある事だが、宗教社会では個人の面目で終わってしまう。現実の動きではあくまで衣鉢を得て維持しなくてはならない。

数千年間三種の神器を守り通している方もいるのに、さっさと持って行ってもいいよでは、個人の面目もその程度のものだろう。また失われた三種の神宝を探し続けている民族もある。

不立文字も以心伝心も必ず何らかの物象、物質的媒介を伴うのを隠して個人次元から出ようとしないのが悟り、宗教ですが教団を構えてまでもなお隠そうとしています。

何故かといえばことは簡単で、知識概念記憶による精神機能を超えたと思っているからです。確かにその通りでそれを目指しているのですが、人間性能を理性知識が最高とする間違いにしがみついていたいがためです。

知性理性を超えて得たものですからそれはそう簡単ではなく、滅多なことでは得られない貴重な経験ですが、お釈迦さんが悟りの境地以上を話さないことをいいことに、悟りを人間最高の境地にしてしまったことから起きたことです。悟ってもいない者に悟り以上の境地を話す話し相手となるわけがない、教団の連中は自分のことを棚に上げて当然のことを無視したからです。

衣鉢など最初から持って出なければいいのですが、教団としての象徴となっていますから社会的な確執が起きます。二十三則はそれを個人の次元で解決していますが、やはり教団の象徴として引きずっていきます。

袈裟は私有物にもなりそうもないボロ雑巾を縫いつくろったものからきているといいますが、その象徴には内容が無いので金ぴかぴかの袈裟もあるようです。

ところが数千年間護り、あるいは探し続けられている象徴は意識の原理を現したものですから変化、改造改作のしようがありません。

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無門関 二十四、離却語言

風穴和尚に僧が問うた、「語と黙とは気の出入りである。語(出)は微妙繊細にるべく、入(黙)は離脱懸脱したものでなければならない。出ずる霊気に穢れなく、入る霊気に犯されず、出入の主観、客観に矛盾齟齬なからんがために如何にしたらよいか」。

語黙は禅定と説法、どこかの詩を引用しているので、普通の人にはさっぱり分かりません。離と微の意味不明です。禅坊主なら知っている前提の公案、分かっても意味がない。禅が途中の修行だからこういうことになる。

眼を閉じた心象世界と眼を開けた現象世界とがぴったりと矛盾なく一致して、表裏一体不二となるのかを公案とした。仏教に限らず宗教では、仏や神の教えを説いているのであって、真理を説いているのではない、これは永久の公案であって、宗教観では容易に釈(と)けない。

----次も引用です。----------

風穴和尚、因ミニ僧問フ、

語黙ハ離微ニ渉ル、如何ガ不犯ヲ通ゼン。穴云ク、長(トコシナ)ヘニ憶フ江南三月ノ裏、鷓鴣啼ク処百花香シ。

風穴延沼(ふううけつえんしょう)和尚が、ある時、機縁の中で、ある衒学的な僧に、

「僧肇(そうじょう)はその著『宝蔵論』の離微体浄品第二で『其れ入れるときは離、其れ出づるときは微』『謂ひつべし、本浄の体(てい)、離微なりと。入るに拠るが故に離と名づけ、用(ゆう)に約するが故に微と名づく。混じて一と為す』とありますが、これは、全一なる絶対的実存の本質であるところのものが『離』であり、その『離』が無限に働くところの多様な現象の様態なるものが『微』である、ということを述べております。さて、本来の清浄な真実(まこと)というものの存在は、この『離』と『微』とが渾然と一体になったものであるわけですが、しかし乍ら、ここに於いて、本来の清浄な真実について、『語ること』を以ってすれば、それは『微』に陥ることとなり、また、逆に、それを避けるために『沈黙すること』を以ってすれば、今度は『離』に陥ってしまうこととなります。では一体、どのようにしたら、そのような過ちを犯すことなくいられるのでしょうか?」

と問われた。

風穴和尚に、ある時一人の僧が問いました、

「語も黙も離・微(り・び)の相対、実在の半面しか示すことができません。

語っても黙しても、実在そのものに通じるにはどうすればよいのでしょうか」

離・微とは仏教的世界観を説く言葉で、

「離」は、一切の言葉による区分を離れて平等の一なる地平に帰すること。

「微」は、その一なる地平から無限にはたらく現象の多様性を言います。

この僧は、

言葉を使っても沈黙するがごとく、沈黙しても言葉を使うがごとく、

平等の一なる地平にありながら、区別の言葉を生かすところの境地を質問したわけです。

私たちは、うかうかすると言葉を使っているつもりで言葉に使われてしまいます。

言葉で名辞された世界を実在のリアルな生と取り違えてとらわれ、

あれこれの思いに思いをかさねて迷うのです。

文明人とは、言葉により構築された幻想の価値体系の世界にとりこまれて迷っている

「さまよえる子羊」かもしれません。

「迷う」というのは「思いの世界で迷う」のであって、前後際断して思いを断ち切れば

迷いは吹っ切れ大地に帰し、自然児の原初の生命力がよみがえります。

このように、言葉による思いの迷いの世界に取りこまれず、原初の一なる地平から離れないで、

しかも自由に言葉を使うところの境地をこの僧は問うたわけです。

ところで、禅で「いまここが人生の本番」といっても、

時間・空間に限定された「いまここ」の一点だけに生きよというのではありません。

「いまここ」の生に成りきり徹底することで、「いまここ」の底を破り、時空を越えた

永遠の生に踊りでよというのです。

ですから、過去を憶い未来を想い、また想像の世界に飛翔することは、

「いまここ」を基点としながら時空を越えた命の広がりを感得することです。

風穴和尚が吟じた

「長えに憶う」の「憶う」には、原初の一なる世界の騰々たるエネルギーが感じられます。

原初の一なる世界から言葉が出され、その言葉がまた一なる世界に溶けこんでゆく、

素晴らしい境地です。

風穴和尚は、あるとき僧に、「ことばも沈黙も、所詮は実在の反面しか示すことが できないのですが、語っても黙しても実在そのものに通じるにはどうすればよいので しょうか」と尋ねられ、「いつも懐しく憶い出すのだが、江南は春三月ともなると、 鷓鴣が鳴き、百花が咲き乱れるのだ」 という杜甫の詩をもって答えられた。)

< 語れば“語るに落ち”、黙すれば“思いに沈む”>

さてどうすれば、語黙に通じつつ (つまりこれらを否定しないで)、

不犯なる処 (偏見に陥らない処・実在に抵触しない処)、

に通じることが出来るだろうか。

無門云ク、風穴、機、掣電ノ如ク、路ヲ得テ便チ行ク。争奈(イカン)セン前人ノ舌頭ニ坐シテ断ゼザルコトヲ。若シ這裏ニ向ッテ見得シテ親切ナラバ、自ラ出身ノ路アラン。且ク語言三味ヲ離却シテ、一句ヲ道ヒ将チ来レ。

頌に云く、

風骨ノ句ヲ露ハサズ、

未ダ語ラザルニ先ズ分付ス。

歩ヲ進メテ口喃喃、

知ンヌ君ガ大イニ措クコト罔キヲ。

----以上引用-----------

こんなに難しく、殆ど省略した形でしか示せないのは、何か寂しい気がします。それでもガツンと分かる時には分かるのが禅だと言うらしいですが、坊さんたちの解を見ていると照れているのか恥ずかしがっているのか教育上の配慮か尻切れとんぼです。もちろん人のせいにしないで黙れという声も聞こえています。

今回感じることは、言葉に対する不信感です。不立文字をそのまま神さんのように崇めていることです。

悟っても言葉による表現ができないじれったさでなく、言葉にしないで隠しおおせる安心感を持っている感じです。

悟っていない理解していない者はこんなことまで言ってしまいます。すみませんね。

さて、いつも通り今回も分かりません。

坊さんは語っても黙っても通じる都合のよい方法を求めているようです。

そこで、歌うのはどうか、こころ浮き浮きじゃないかね、というようなことらしいです。ハミングでは駄目ですよ、必ず言葉で歌わなくては。

それにしても言葉にして説明すると本質を失うと心底信じているように思える解説には寒けを感じます。

不立文字という言い伝えが絶対神になっています。不立文字は単に知識理性の次元では文字で現せないというだけです。自分を現し人に伝えるには文字の世界だけではありませんが、不立文字を絶対者にするまでもないことです。

今回の公案は頓智の一休さんによる解としておきます。

このハシ渡るな。ラーララーラーラ。

無門関 二十五、三座の説法

仰山が夢で弥勒の所へ行って、第三座に就かされた。「尊者があって槌を打って云った。本日は第三座の説法に当たる」。そこで仰山は白槌を打って云った。「大乗の法は、一、異(多)、有、無の四句を離れ、またその変化展開である九十六(百)の非を絶やしたものである、心して聞け、聞け」。

無門は云った、「説法したとか、説法しなかったとか言えば、道理は消えてしまう、かといって、黙っておれば、道から反れる。口を開いても閉じても、百非どころではない。自覚の上で観れば白日青天、夢物語として飛んでもないことを語った、聴衆をごまかしてズルイぞ、ズルイぞ」。

訳が分からないことを論って、弄んでいる、兜卒天というのはお釈迦様の甥に当たる、ある時、釈迦を斬り、寄せ付けないようにしていたが、釈迦の予言で、五十六億七千万年後に生まれ変わって、この世に下生して衆生を済度すると云われた。

弥勒菩薩は物質科学文明の神様の名前、須佐の男命の仏教名。567を足すと18、369を足すと18、それは666、言霊の原理からすると数霊で6の二乗となった6の時にこの世の中が変る。

6を数として捉えたら、何のことか分かりないでしょうけど、百音図の中の6に当てはまる、6の二乗+8の二乗は10の二乗で100となって、新しい世の中に変る。三貴子が力を発揮する。

言霊の原理で現象を数で表わす時、それが数霊、キリスト教では神の数と云われている。考えるという概念的数字、言霊と数霊の関係が分かってきますと式が成り立つ。論争すると6×6にならない。

外の考え方が6×6、この思考は今ここでないと発想出来ない、考え込んでしまうと出来ない。自分の今ここは6か8か10で判断しているのかが分かる、自分が分かることは相手のことも分かる、どちらかが独立していて働いているわけではない。

各次元で動くことは父韻ですが、動き方、時処位を決める、それを選べる人になれば自由自在に次元を行き来できる。音図は鑑ですから、あくまでも。音図だけを見たところで何も出てこない。

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ここに云う摩訶衍の法とは、どうやら中国禅宗布教の僧大乗和尚に由来する法のようであるが、注釈に拠ると「一異有無の四句にそれぞれ四句を含んで十六句、これが過去現在未来の三時に亘るので四十八句、更に未起と已起に分けて九十六句、元の四句を加えて百句。百非はその否定」とある。更に注釈では「一切の思考表現の否定」と付け加えているが、実には斯かる百句に相応する種種の思考活動を更に上方に出過した観察眼にも相応する仏眼から認識された知が百非と云われるものの正体である。従って「百非を絶す」を知る者は、所謂「摩訶止観」の根本智を開いたことになるのである。

----以上引用---------

分けの分からない公案です。分けの分からないままにしておきましょう。

分けの分からないというのは修行者側にいるからですが、分けの分かってしまった例をあげておきます。日常の普通のことです。

始めての訪問地へは到達までに非常に長い時間を感じます。しかし、二回目三回目には途中でお土産を買ったり気に入った店を覗いたり時間調整ができます。

子供と一緒にゲームなどをやると先がすでに読めて子供の負けがはっきり分かり、子供を勝たす為に分からない様にインチキができます。

この例はなれ、習慣、繰り返しからくるものですが、悟りも似た様なところがあり、知性知識次元の慣れを変換するところにあります。

その教えは到達までのことですから、どうしてあげるというようなことがなく次元の低いもので、日常生活では人との繋がりの中で必ずどうしてあげられるかが考慮されますが、個人行の禅の世界にはそういった社会性、道徳性、政治性はありません。

そこで猫を切ったり指を落としたりひっぱたいたりすることが平気でできるわけです。

そういった意識構造に文句を言っても始まらないので、禅そのものを越え、宗教そのものを越えて行けばいいのです。

禅の悟りが日常いくらでも転がっているということは、それを越えることも幾らでもころがっていることで、上に少し例を示したものです。

禅はいい大人が理性知性を相手にその意識習慣を修行によって越えようとするものですが、日常知らず知らずのうちにやっていることでも、いざ、始めてみると一生の仕事となります。気付かなければなりませんが気付いて始めると一生悟れないこともありますが、気が付かないでいるとすべてが悟りのなかにあるという分けの分からない関係の中にあります。

宗教、禅はこの一生かかる方面を大げさに取り上げているだけで、日常茶飯時の悟りは隠されています。

繰り返しや慣れを悟りにしてしまうのはおかしいという方もいるでしょう。しかし箸の持ち方茶碗の取り上げ方も訓練されるという宗派もあるそうですよ。慣れにしても理性知識の枠を越えて修得されるものですから悟りを得ることと同じ構造にあります。

公案は一つ一つの事例を扱うようになっていて、同じ質問でもことが別々のように感じ迷うところですが、わざとそういう造りにしてあるのです。

そこで全体から見ると、頓智の一休さんのように解けることがあり、また、禅の次元には無い、それでは質問者にどうしてあげるのかと社会的連帯性を築く様にすると解けることもあり、道徳心から行為するようにすれば解けることもあります。一番難しい知的にしか考えられない様に仕向けられているものは知性的な解を放棄してポカンとすれば解けることもあります。

ポカンとするのが格好悪いのなら自分のする行為を勝手にこうだと決めてしまえばそれが解になります。

知的な葛藤選択に困っているなら、次元を落として肉体欲望単なるしたい欲しい次元に行ってしまえば解答になることもあります。

和尚の同意を得られないだろう法螺吹き話しにしても解となり、実際に体験したことから得られた感情をかたってもいいでしょう。

無門らはプロとして手持ちの駒が少々多いというだけで同じである必要はありません。

中国インド式でわざわざ難しいことを言っていますが、自業自得で知識の後継者が無くなってしまいそうです。もちろん知識など役立たずと千年以上も言ってきたのですからそうなるでしょう。

三座の説法でした。

●●●ここから●●●

無門関 二十六、二僧、簾を巻く

清涼の大法眼の所に二僧が来た、簾を指すと二僧が簾を巻いた、「一人は禅を心得ている、一人はしからず」。

簾を象徴しているもの、巻き上げれば空相、幕下ろせば実相、ということも出来ますが、何が言いたいのかを考えれば一生かかってしまう。

「くだらない」ということですな、和尚がそう云ったのならそうなんだろうって。みんなひっかかる、大法眼が何をして言ったのだから、何かが違うのだろう、というだけの話。

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清涼ノ大法眼、因ミニ僧、齋前ニ上參ス。眼手ヲ以テ簾ヲ指ス。時ニ二僧有リ、同ジク去ッテ簾ヲ巻ク。眼曰ク、「一得一失」。

無門曰く、且く道え、是れ誰か得、誰か失。若し者裏に向かって一隻眼(いっせきげん)を著(つ)け得ば、便ち清涼国師敗闕(はいけつ)の処を知らん。かくの如くなりと雖然も、切に忌む得失裏に向かって商量することを」。

無門いわく 「いますぐなにか言ってみなさい、これは誰が得て誰が失ったのか。もしこのことに対して仏の一隻眼を使ってその真意を見ることができれば、清涼國師のどこが至らなかったのかもすぐにわかることでしょう (敗闕の處を知らん)。こんなことではあるけれど、目の前の出来事に得失があるかと計算するのは切に忌ましめるべきことなのです (得失裏に向って商量する)。」

頌に曰く

巻起(けんき)すれば明明として太空(たいくう)に徹す、太空すら猶お末だ吾宗に合(かな)わず。争(いか)でか似(し)かん空(くう)より都(すべ)て放下して、綿綿密密、風を通ぜざらんには。

-----ここまで引用--------------

清涼和尚は、自分の心を推し量って、指示に至った心に同調して簾を巻き上げた弟子に同意し、単に指し示されたことをやっただけの弟子にはまだ心構えが出来ていないと言った。

そこで無門は言った、おい清涼さん、二人の弟子に違った心持ちを与えたのはあなた自身ではないのかね、それを棚に上げて褒めたりけなしたりはないだろう。明るい空に何の文句があるのかね。

実は清涼和尚の本当の意図は屁をたれたので簾をあげてもらうことだったのですが、一人は光を得る為とし、一人は指先にあった簾に眼が行っただけでした。

和尚は自分の意図したことと指示と簾の関係を弟子がいた手前捏造したのです。一方をよし、他方は駄目としました。

または簾の向こうは庭で空がありますから、和尚は庭に来た鳥を指したのかもしれず、簾を上げれば空となる空相を示したのかもしれません。一人は空を見上げながら、他方は巻かれていく簾の大きくなっていく姿を見て実相を感じていたかもしれません。

要するに「 何が言いたいのかを考えれば一生かかってしまう。」ものです。

言い替えれば、「 くだらないということですな、」

誰でもが知っている限りの解説を加え、知力を尽くして分かろうとします。

そういった馬鹿らしさを言ったものでしょうか。

和尚の指示から始まった因縁因果縁起に得失を思うことの非をついたものですか。

こうしてわたしも無い知識から概念を並べていくことになります。

指示した指先に延びた爪を見たり、暖簾を見たり、空を見たりします。脇下がかゆくて腕を上げただけのことを下っぱ僧侶、官僚が勝手な解釈をするということでもあります。

無門関には多くの登場人物がいて、それぞれ悟りの内容を語りますが、それぞれの和尚の教えを聞くもので真理を聞いているわけではありません。釈迦も出てきて語りますが釈迦の教えであって真理を語ったものではありません。仏教としてまとめられてはいても仏教の教えで真理を語ったものではなく、これは他の宗教でも同様です。

無門関は教えの集成ではあっても真理の集成ではなく、ねこを切り指を落とすというのは滑稽です。

教えた和尚たちは自分の教えを真理とは言ったことはなく、教えを真理と思い込むのは下っ端の勝手です。

教えが真理と思い込み思い込ませるにはそれなりの理由と過程があるでしょう。

別に仏教だ宗教だと言わなくとも、自分の思い考えが真理だとしてしまうのは普通のことです。言葉の使用や表現することはそのまま自分の真実性を語ることでもあり、何だかんだこね回して作っているブログも本人にすれば真理の砂の一粒を手にしたつもりでいます。

自分の思うことを正しいとする過程を作ってみましょう。これは嘘をつくことも嘘には小さな真実を核にしているということと同時に、嘘をつくことが正しいことだと思いつている心の構造があるからで、それを取り上げてみます。清涼、無門、釈迦もそれなりの教えを語っていて、それが真理であるかどうかに関係なく、自分には納得されているつまり自分には正しいと思えている心の構造です。

それは他人から客観性から誰でもが間違いと思えることであるのに、当の本人には極真面目に通用していて、他からの批判判断には耳も貸さない、構造でもあります。

自分で思うことを語り書くなどということは普通のことですが、これがひと度社会に出ると、喧嘩の種、国際間の戦争の種にまでなるのです。社会の中で自分のものを自分のものとするのはまことにやっかいなものです。禅などにはそういった次元は無いのでいつまでも座っていられますが、その替わり手も足も引っ込んでしまいます。

自分の思うことが自分のものとなる当たり前のことですが、ここでは社会性を見ないで、単体の要素としてだけ見ていきます。そうしないと論議の中にはまってしまうからです。

禅では社会の中、社会の意見の中に入ることはなく、唯我独尊を固執していく教えですから、社会にとってのわれわれ人間集団にとっての真理なんて関心のないことなのです。

一対一で教えが伝わればいいことで、教えを社会的な真理として政治化道徳化することはできないのです。

意識の成長を得るとは。

この意識には人間の性能全部をひっくるめちゃいますからよろしく。

まず人間には意識の働きがありその性能を発揮できるという前提がいります。この前提がないと動きがとれません。

さてと、というところですが、実はこれでお終いです。

前提があるとした段階でもう全てが決まってしまいました。

詐欺みたいな話ですが、清涼和尚の前提、二弟子の前提、無門の前提、釈迦の前提、それぞれがありますから、別にもう言うことは無いのです。

手ヲ以テ簾ヲ指ス時の和尚の心の前提を和尚自身が語れないのですから、何をいっても無駄です。こういうことだろうという個人の見解に堕ちていくだけです。

それでもまだ無門関の最後まで行くにはおおくが残されていますから、ここの処の解説にうまくいきそうな例が出てきたら敷衍してみましょう。

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無門関 二十七、不是心仏

南泉和尚に僧が問うた、「あえて人のために説かない法はあるか」、泉が云った、「有る」。「人の為に説かない法とは如何なるものか」。泉は言った、「心でも、仏でもない、物でもない」。

無門は言った、「南泉は財産を使い果たしてしまった、本当のことを言ってしまうと、親切はいけない。言ったところで分かろうとするのはいいけれど、悟らしたらいけない」。

だから、人の為に説かない法はあるか?と聞かれたら、「無い」と答えれば、いくら説いたところで、何が心で、何が仏で、何が物で、なんて答えられない。当たり前だけど真実を言ってしまった。

これ以上は聞けなくなる、聞けば「馬鹿」と言われてしまう。丁寧に教えると徳になるが、無言であれば修行になる。

空なんてものはいくら話しても、説けば説くほど分からなくなる。でも、本当のこと。これを言霊で謂えば、一番やさしいこと。中途半端な初めもなく終わりもない宗教ですから、気の毒なんです。結論がない学問をどうやって教えるのか。

二十七 心仏にあらず

南泉和尚、因みに僧問うて云く、「還って人の与(た)めに説かざる底(てい)の法ありや」。

泉云く、「有」。

僧云く、「如何なるか是れ人の与めに説かざる底の法」。

泉云く、「不是心(ふぜしん)、不是仏(ふぜぶつ)、不是物(ふぜもつ)」。

無門曰く、「南泉、者(こ)の一問を被(こうむ)って、直に得たり家私を揣尽(しじん)、郎当少なからざることを」。

頌に曰く

叮嚀(ていねい)は君徳を損す、無言真(まこと)に功有り。

任從(たと)い滄海は変ずるも、終(つい)に君が為に通ぜじ。

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こういうことです。

世界には日本一といわれるラーメン以上にもっとおいしいラーメンがあるか?。

無いといえばそんなものを探すことは止める。

有るといわれれば、麺か汁か具かそれとも何か、と果てしが無い。

言葉で示されないもの、心、仏、物でないもの、場、時間空間とか、いろいろ。

悟らす様に考えさせるのは、考えても悟れないことを知らせる為。知次元を出ろ、と。

まだあるよ、と本当のことをいってしまうのは手の内を見せてしまって終わらせること、これじゃ教育にならない。無いよといって分けの分からないこと付け加えておけば考えるだろうって。

黙って座れば競馬で儲けられる、これをすれば美人になれる、この薬を飲んでこれをすれば頭が良くなる、こういった類の欲望希望があったから歴史は進歩した。

座禅をすれば悟りが得られると乗せられた人も後を絶たずそれで講習会は儲かったわけです。これは欲望五感次元でのこと。

釈尊は自分の教えを教えていたのに、弟子たちは勝手に真理を教えられていると思い込んだ。教えが真理になって、真理が釈迦になって、釈迦は真理だからといまでも言い張る伝統が続いている。真理とされた教えを説明するため聖人と書き物が動員されていく。宇宙を全体を説明できる教えもあったのじゃないか、あるはずだろうとせっせと勉強しだす。これは知識記憶概念次元でのこと。

聖人の教えは役立つ有り難い心が救われる。こういうことがありますこうしなさい、こうすればこういういいこと、悟りの世界があります、わたしもありましたと聞かされる。そうあったものなら各時代のそれぞれの人にも現代の我々にもあるはず。悟りといいことはここにある。それを探し見つけ獲得保持し続けようとなる。これは感情で納得している次元でのこと。

修行者相手に各次元で有るといい無いということもできます。こうして歴史は動いていきます。

しかし宗教の真理が動かしたものではありません。

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無門関 二十八 久しく滝たんをしたう( 悟りとは ) ➀

徳山和尚が夜になって簾を巻いて出ようとしたら、外が真っ暗なので引き返って滝たんに言った、そうしましたら、滝たんが蝋を浸した紙燭に火を灯したのを持ってきて、これを「お持ちなさい」と渡した。

徳山が近寄ってきて、その紙燭をとろうとしたら、滝たんがその火に息を吹きかけて消してしまった。ここに来て悟るところがあったので深々と頭を下げた。滝たんは徳山に「何を悟ったのかね」と問うた。

徳山和尚曰く、「今日から貴方の言う言葉を決して疑いません」。翌日、滝たんは壇上で弟子達に、「人の心を牙で刺すような影響力を持ち、口は盆に血が滴り落ちようとも、逃げなく堂々としておれば、何時の日か徳山はその道の頂上にいて説法の道を究めるだろう」。

れい州の路上で点心を売っている婆さんに「貴方の車の中に入っている本は何が書かれているのかい?」と聞かれ、「金剛教の本だよ」と答えると、その婆さんが「このお経の本の中に、未来心不可得、見在心不可得、過去心不可得とあるが、どの境地で点心を買おうとしているのかい?」と聞かれた。

聞かれた徳山は口をへの字にして返答に困ってしまった。それでも負けてはいなかった。その質問は婆さんの考えではなかろうと、近所にどんな和尚がいるのかを問うた。

婆さんが言うには近くに滝たん和尚なる僧がいるらしい。そこで尋ねて行き、持論を得々と述べる徳山を哀れんで、「こいつは意気がって威張っている可哀想なやつだ」。

火を智恵に喩え、その炎が消えても授かった清々とした智恵ならば道に暗くとも迷うことはない。徳山はもともと理屈ぽかった。その理論は禅の真理ではないことに気がついた。理論の経本は必要ないと法堂の前で火を放ち焼いてしまった。

今までの理論は大きな宇宙摂理の中にあっては芥子粒にも当らないことを知って、自分が自慢していた全ての理論的概念の書かれている積んだ本を焼いた。

その前の徳山は心が沸きかえっているように盛んで言葉に力があった。仏教は教えの他に真理があると聞くと猛烈な決意と熱心さで以って、自分が説得して喋っている理論が正しいということを説いて歩いていた。

徳山が悟る火種を持っていると見抜いた滝たんはわざと紙燭の火を消してしまった、そうすると徳山のカッカッとした頭が鎮まった。その後、徳山は禅宗の一派を興した。

後の説明は分からなくて当たり前で、禅の文化の中に入らなければ分からないことだらけです。

名ヲ聞カンヨリハ面(オモテ)ヲ見ンニハ如ジ、

--名のついたものを聞いて認識するより、そのものを見て知るがましだ。

面ヲ見ンヨリハ名ヲ聞カンニ如カジ。

--そのものを見て知るより、名のついたものを聞いて(しっかり)認識する方がましだ。

鼻孔ヲ救イ得タリト雖モ、

--鼻だけが感覚として残ったとしても、

争奈(イカン)セン、眼晴ヲ瞎却スルコトヲ。

--目がよく見えなくなったら、どういう風な世の中ということになるのだろう。

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提灯の灯を消されて悟ったのではなく反省し気が付いた程度のことかもしれない。

わざわざ難しい文字の表現を好む仏教や禅の世界にいるのに本を焼くこともないだろう。

教本を焼いて文字を消し去っても、言葉による表現から逃れることなどできはしないのに。

よほど金剛経の言葉の解釈の世界とは違ったものを得たのでしょう。

お経には言葉を超えた教えや無、空の教えがあったでしょうに。理性とか知性とかがよほど気に入っていたようです。

文字表現が百害合って一利無しといっても、言葉を発しなくても、脳内の頭の中はことばの組み合わせでことが進行していくのです。体験体得禅の実践経験とかも、肉体感覚のようだとか、言葉を離れた了解というのは形だけのことで、その内実は一塊の一言では表現できない全体的な言葉を含んだ言葉なのです。

徳山は熱血漢なので、行き過ぎた行動をしてしまうのです。金剛経の知識をもって、そのために道場破りの旅に出たのでした。そこで、前夜にカッカとする自分の性格を指摘され灯を消されたのに、今日はすぐさままた燃え上がって本を焼いてしまうのです。無門は茶番だといっています。反省する癖を得たのはいいですが、短絡行為に突っ走ることを平気でするようになってしまいました。

知識を一本の髪の毛にし、一滴の滴にしていますが、確かにアッパーカットを喰らった衝撃の表現に止めておけばいいものをお経を燃やしてしまいます。子供が次々と新しいおもちゃに飛びつき、前のおもちゃで身についたものを無視していくようです。徳山はその後、ひっぱたきの徳山になったようで、言葉による表現を放棄したようです。

そういった態度は『 言葉にできない』を信仰している様な態度に映ります。そのくせ表現しなくてはならないし、とうとうその道を見いだせなかったのでしょう。

どのような芸術家も自分の表現を求めます。禅の世界は分かる分からないという世界を表現するすべを知らないのか、あまりにも単純な日常茶飯事なので、秘密にしておくために難しい表現を選んで自己撞着になっていったのでしょうか。

悟ったといわれるもの、気付かされたものの落とし所を自分では見いだせないようです。

結局、いつまでも棒をもって禅集団の中でしか生きられなかったのでしょう。

これも徳山の教えとなるものですが、真理とは言えません。

ところで、悟ったものを公案として、芸術感情を作品として、神との対話を祈りとして、等々として現しているともみられます。では得られたものは明白に自覚されているのに何故言葉による表現にならないのでしょうか。悟りにしろ宗教感情にしろ自覚的な目覚めは宇宙と自己を結びつけています。

ここを説明できれば悟りなどの山堂に閉じこもることもなくなるでしょう。

さあ誰かやってください。

悟りの解説よりも更に上の次元に立たなくては何も見えませんよ。ということでわたしが立候補すればいいのですが、そうもいきません。知ったかぶりしていい加減な処を提供してみましょう。

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無門関 二十八 久しく滝たんをしたう( 悟りとは ) ➁

提灯の灯を消されてそれを何故言葉にできないか。

潭便チ吹滅ス。山、此ニ於テ忽然トシテ省アリ。便チ作礼ス。

潭云く、子(ナンジ)箇ノ甚麼(ナニ)の道理ヲカ見ル。

山云ク、某甲(ソレガシ)今日ヨリ去ッテ天下ノ老和尚ノ舌頭ヲ疑ワズ。

日常生活では感情として分かり普通に了解する何でもないことですが、理性知識に凝り固まった徳山と知的に解そうとする頭には別次元のことと感じられています。

沈み込む夕陽を見てアーといっている分にはいいですが、その後一言口にすると状況はすっ飛んでいきます。

「今日ヨリ去ッテ」は金剛経の知解を放棄してでしょうが、その時に得られた自覚的な了解を説明する言葉を持てませんでした。

この場面は知識な理解という了解が、全体的に一気に与えられた感情的な了解になったところです。公案はこの二つのことを修行僧と和尚の関係、概念記憶知識と感情了解の関係として一つの話の中で語るもので、元々別のものをすり替えるというものです。

修行僧の観念知識次元を感情了解の次元に引き上げようとするものですが、次元を引き下げても同じ構造が成り立ちます。

算数の割り算の勉強の時間です。ここにどら焼が一個あります。二人で食べるにはという問題がでました。そこで生徒の一人が答えました。僕大好きなので全部食べますのでもう一つもってきてください。他の生徒は大きい方は僕が食べます。

これは公案と同じ構造で、逆の下の次元で、五感の欲望と概念知識を結んだものです。

欲望次元からの解には割り算の概念知識は下から見る限り不要になり、また欲を満たすことは抽象的な数字を理解できません。しかし割り算の概念知識から見れば生徒は正解を与えていません。

同様に、勉強した理性知性概念からでは、悟りの感情了解はできず、知識での了解は感情での了解に届きません。感情了解の次元からはどのような知的な解答説明も正解とはなりません。

これは徳山のように、あるいは他の例のように自覚的な感情了解の次元を獲得している時のことで、修行僧が悟りとは何かと考える次元のことではありません。その場合には幾らたっても理性的な理解を求めるというだけです。

さて徳山には悟りへのか理性的理解へのか徳山が動かされている仏教修行の意思があります。

ここでは全ての話が自分の関心事の方向に寄せ集められていきます。

瀧たんによる新しい話も自分の関心事の中にはいるようになりました。

関心事の方向が自分の中で煮詰まり選択する方向もでてきました。

徳山の精神内容が解脱に向かいそのようなものに自分を結びつけようとします。

毎日話を聴き自分の精神内容が動く方向があるようになりました。

ここで聞く話、得ることが自分の精神内容の向こうにある感じを得ています。

何も無いところに何かある感じを得てはいますが、未だ不明で得られるかどうかなど何も分かっていません。そんなことは意識もされていません。ただ自分の行為の持続感だけはあるでしょう。

これがあるとき本人が受けいれる受動的な持続感に変わります。悟りとか解脱とか神を見るとか光を見るとかいうものです。

ここでの受動的な持続感が、あるとき自覚されます。他所からやってきたものが自分を通過していくるです。この受動的な持続感が受けいれた全体が仏教では悟りといわれるものです。あるいは日常生活では単に感情を得ると言うだけのものから、感激感謝まであるでしょう。

こうして修行の意思の次元が目覚めます。意志は自分のものですが、他所からやってきて目覚めさせられたにもかかわらず、自分の意志となりましたから、他所からやってきたものも自分のものとなります。

そこで他所からやってきたものは自分であり、他所というのは自分以外の宇宙で、自分を取り巻く世界でということになり、自分は宇宙世界を自覚しているとなります。

ここでは目覚めされたにもかかわらず自覚的な自分のものとなる構造です。悟り、感情、宗教心はここから出発します。

自分に意思があって自分のものとなっても向こうから来たものですから、当初は分けの分からぬままそのままの形で受けいれていきます。

この時点では神の思し召しとなります。禅では空だ無だということから始まっていますから、空無の思し召しでしょう。

このまま先へ進めなければ空だ無だと繰り返すだけのさとりです。

しかし人それぞれ関心事興味環境がちがい各自のテーマが違いますから、それぞれ自分にぴったりと合うようなものに沿うことを始めます。

この時点では過去の知識と結ばれますから、教典を焼いちゃだめですよ。

このまま先へ進めなければよくあるワンテーマの繰り返しになります。

それは当然自分の生命をかけていけるように保持保存拡大発展させられます。

この時点では自分で自分を守る人格的なものが出てきて好きな方向へいくでしょう。

このまま先へ進めなければ、人格とか道徳的なものでカバーしていく人もいます。

自分の方向が拡大発展していけばそれに沿った表現が探されます。

この時点では言葉になるかパントマイムになるか、相手側に転化してしまうか、ひっぱたくか自己表現の選択が行われます。

このまま先へ進めなければ自己表現を諦めて、禅文化の様式に従うことになるでしょう。

(かっこ内で。禅の悟りはここ止まりです。その後は禅文化の様式、作法もありますからそれに従うでしょう。)

幸いに悟りの内容に表現が見つかれば、その表現を示していきます。

この時点ではその表現はどんな形になるかはその人によります。

このまま先へ進めなければ、悟りを得ても表現が見つからないことになります。

表現を示す禅の伝統に従うか座禅を続けるか沈思黙考にするか悟った内容をどうするかの選択領域に入ります。

この時点では多くの禅はその教えに従って不立文字や以心伝心に縛られていきます。

このまま先へ進めなければ、不立文字による禅らしい表現になるでしょう。

悟りの体験内容はあるけれどその表現が見つからず伝統に従うという表現になります。

あるいは元に戻り向こうから来たものを追い求めることもあるでしょう。

この時点では悟り内容の把握保持に全力がそそがれるでしょう。

このまま先へ進めなければ、忘却、萎え、萎縮に身を委ねることになります。

当初の体験を保持しその表現を自己内に確立できればいいのですが、とうめんは目標に留まります。

この時点では自分を鼓舞叱咤する基本要求として自分に突きつけられます。

しかしこのまま先へは進めません。

というのも感情、悟り、宗教心は他からやってきたものに自覚させられたものを、乗っ取って自分のものとしたからです。

主体的な自覚行動による見通されたものではありません。

この、悟り、宗教心の次元では努力目標を与えることはできても、結果は時の経過に委ねていくだけです。

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無門関 二十九 風に非ず、幡に非ず

六祖はある時、風が旗をたなびかせていた光景を二僧が見て、一人は「風が動いているから」と言い、一人は「旗が動いている」と言った。どちらの言い分も道理にかなわなかった。

「風が動いているのではない、旗が動いているのでもない、心が動いているのみ」と六祖は言った。動いている心から見れば何事も休んでいない、動かない境地から見れば何事も休んでいる。

お前たちが風だの旗だのと分けてしまっているから本質が見えない、動かない心、分けない心で物事を見れば、風でもない、旗でもない、同じ現象に過ぎない。動いている内は見えないぞ。

風が吹いたから旗めいた、旗が翻っているのは風が吹いているから、そのように現象を分けてしまっても何の意味もない。分けて分からないところを分けてしまった人間の心が間違っていた。

一つにすれば、何が動いているかは一目瞭然だろう。と同時に論争も起こらないだろう。

六祖、因ミニ風、刹幡ヲ揚グ。二僧有リ対論ス。一(ヒト)リハ云ク幡動くクト、一(ヒト)リハ云ク風動クト、往復シテ未ダ曾テ理ニ契ハズ、祖云ク、是レ風ノ動クニ非ズ、是レ幡ノ動クニアラズ、任者ガ心動クナリト。

二僧慄然タリ。

無門云ク、是レ風ノ動クニアラズ、是レ幡ノ動クニアラズ、是レ心ノ動クニアラズンバ、甚レノ処ニカ祖師ヲ見ン。若シ這裏ニ向ッテ見得シテ親切ナラバ、方ニ知ラン二僧ハ鉄ヲ買ッテ金ヲ得。祖師ハ忍俊不禁、一場ノ漏逗ナルコトヲ。

頌ニ曰ク 風幡心動、 一状ニ領過ス。 只口ヲ開クコトヲ知ッテ、 話墮(ワダ)スルコトヲ覺エズ。

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自然、物理現象に口出す僧達と六祖は共に間違っています。

しかし、意識の働きについてなら三人ともうんちくを傾けることができます。

自然現象に口出すのは五感感覚です。皮膚の圧感、温度差の差異感、視覚などが持ちだされて僧たちは議論したことでしょう。それは現に風を感じ旗を見ることが根拠となってるでしょう。

それに概念知識が加わり風とは旗とは動きとはが自説に都合よく整理分析されます。過去概念を現在に滑り込ませるのが知識による整理です。

そこへ六祖がきて、心が動くといって、その後無門の評が加わって五感知識の評と知識概念に終りを告げ、感情悟りの心の話になります。

旗と風に心が加わると違った次元層のことが混ぜ合わされることになってきます。話し合いの中では次元層のすり替えは自由です。

たなびく旗の向こうの山も動いているといったり、流れる河は止まっていると言ったりできます。心が動いたからといったり心が動いたのでもないといったりという具合になってしまいました。

心が動かしている、というのは、観念が物質世界を作ったという手前まで行きますが、動いている心から見れば、動かない境地から見ればということなら、観念論にはなりません。

いじょうの無門の評まではいずれも二僧の言い合いを知識として引き上げる方向での評ですが、実相を二僧が勝手に分割理解していることを旗を見る様に示すこともできます。糸くずを口で吹いてその動く様子を見せればいいのです。

強中弱の扇風機替わりのことをして糸の動きを見れば切っても切れない関係がわかるでしょう。

風の向き強さに心が捕らわれていれば旗の動きが気になり、晴れ上がった空に感心しているのなら風は気になりません。

風幡心動、一状に領過す。只だ口を開くことを知って、話墮することを覺えず。

と話し合いの輪に入ると話が堕すると相変わらず閉鎖社会の維持がうちだされています。

風の強弱風向で利害関係のあるのが現実社会ですから、話に加わってもらいたいところですが、現実は現実で悟りなど相手にしていません。がっちりとした自然科学の法則を打ち立てていきます。自然現象の認識には禅などかなうわけがありません。

そこに心を持ち込む六祖が悪いのです。物質界次元の話はそのものとして説明して上げればいいのですが、そうもいってられないと、生徒に教え込む分けですが、現実の学校でやれば馬鹿にされるものです。幸いに禅の学校だったので口出しが出来ただけです。

では禅の学校ではどう教えるかと言えば教えません。

二僧ハ鉄ヲ買ッテ金ヲ得で、鉄を売りつけてこれが金だというだけです。

しかしわたしのブログには砂金も金めっきもなく買えるような鉄さえないぞといわれるそうですね。もう少しがんばってみましょう。

今回を始める前に、主体的自覚行為から見れば どうなるかとおもって何か書けるかとおもっていましたが駄目でした。

その替わりとんでもない考えが思いつきました。これも一応人間性能のひとつですので書いておきましょうか。

どこかで読んだことですが、絵に描いた旗が風になびいていました。

どこかの少年は念力を使ってこの絵の旗の向きを変えたそうです。

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無門関 三十、即心即仏

「如何なるか、これ仏」と大梅が問うて、馬祖は答えて「即心是仏」。

この問答で悟ったならば、法衣を身にまとい、仏飯を喫し、仏話を説き、修行することが即ち是仏となる。大梅はこのような説法で他の人の注目を引っ張って、誤って考えなくてもいいことに執着させてしまった。仏と口にするだけで、三日間も口を洗い、眼を洗い清めた話が分かるはずがない。

無門曰ク、若シ能ク直下ニ領略シ得去ラバ、佛衣ヲ著ケ、佛飯ヲ喫シ、佛話ヲ説キ、佛ヲ行ズル、即是佛ナラン。然モ是ノ如クナリト雖モ、大梅多少ノ人ヲ引イテ、錯ッテ定盤星ヲ認メシム。爭カ知ラン、箇ノ佛ノ字ヲ説クモ、三日口ヲ漱グト道フコトヲ。若シ是レ箇ノ漢ナラバ、即心是佛ト説クヲ見バ、耳ヲ掩ウテ便チ走ラン。

「即心是仏」と言って分かる人はそれ以上何もいう必要がないではないか。理に落ちて分からない人には「それ以上考えるな」、「心がどうして仏なんだ」と考えれば考えるほどに迷ってしまう。

もし、「即心是仏」が分かったのなら、雲ひとつない空に日が煌々と照っている心でいられる。「どうしてだ」の疑問の心を抱けば、盗品してきたことを「泥棒」と言えば恥をかかせるようなものだ。

頌ニ曰ク、 青天白日 切ニ忌ム尋、覓(ミヤク)スルコトヲ。

更ニ如何ント問フハ、 贓ヲ抱イテ屈ト叫ブ。

「心は仏だよ」と説く、知っていても、知らなくても。だけど本当にそう思えるのか、思える人はそのままに、何故と疑問を持ったら永遠の謎になる。

謎が謎でなくなるのは言霊で謂えばイ次元で物を見れば「即心是仏」は理解できる。それを理解できる人はまず居ない。説明したところで分からない、残念ながらアの次元では。

仏と分かったのなら、仏の心で物事を観れば、世界中必要のないものはなくなる。全てのものが必要だからあるところにある。これは割りと捻っていない公案ですね。世の中が何の不足もなく合理的に出来ていることが分かれば、自ずと分かります。

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「即心是仏とは世の常情に染まぬ即心是仏であり、諸仏とは人の煩悩に汚れぬ

諸仏である。

詮ずるところ、即心是仏とは、発心・修行・正覚・涅槃の諸仏にほかならない。

いまだ発心・修行・正覚・涅槃せざるには、即心是仏ではない。」

(正法眼蔵・即心是仏)

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如何ナルカ是レ佛。祖云ク、即心是佛。

「如何なるか、これ仏」と大梅が問うて、馬祖は答えて「即心是仏」。

心が仏であるというのを、物の存在を仏とするのがあり、ものとの一体化を仏とするのがあり、あるがままの心を言うのがあり、心の働きを言うのがあり、心を知った者のみ仏を知るというものあり、等々でわたしも分からないのでわたしの意見を述べるという悪循環があります。

仏さんに如何なるかこれ仏と問うのと、自分に如何なるかこれ自分と問うのがない。仏と口にするだけで、三日間も口を洗い、眼を洗い清めたいいますが、如何なるかこれ自分と問わないまま呑気に過ごしています。

仏さんに関しては会ったこともないし文献で教えを知っているという程度で、仏とは教えだという解答ぐらいしか出来ません。ならば自分はに関しては恥ずかしい限り答ができません。

自分に関する教えの聞きかじりぐらいならなんとか書けますが。

いずれの答も則心是仏、則心是自分ですので、心を披露すればいいことですか。

わたしの次元ではごちゃごちゃ仏に関する感想文を書くだけですから、止めときましょう。

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無門関 三十一、趙州の勘婆、五次元の性能。

趙州の門下の僧がある時、ある婆さんに五台山への道を尋ねたところ、「真っ直ぐに行け」と、その僧がそ三五歩進みだしたところで、婆さんが「お坊さん、何処へ行くのかね」と言った。

趙州は婆さんがどうしてそのようなことを言ったのか、「お前のために俺が行って、見破ってこよう」、婆さんに趙州は同じように質問し、同じことを言われた。帰ってきた趙州は「お前たちのために五台山の婆さんを見破ってきたぞ。」

婆さんが禅の問答に通じてそのようなことを言ったわけではい。また、趙州も婆さんが何のためにそのようなことを言ったのかをわざわざ出かけて確かめるなど大人気ない。趙州はどのように婆さんを見破ったのか。

学僧は婆さんの何気な言葉尻に迷い、婆さんは趙州の問いかけにいつものように答えただけのことだった。問いかけが同じなら答えも同じことで、日常交わす言葉の中に真理はある。詮索すればするほど真理から遠ざかる、常に「今ここ自分」が生命の活動そのもの。

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はじめに僧が、甚處去、と禅の一般的な言葉を使ってしまったので、お婆さんは 「それならあなたの目の前だよ 」 と、これも一般的な答えを返し、そして言われたとおりにまっすぐ道を行く僧に対して、わかってないなー、と思わず感想を言うお婆さんです。

無門いわく 「このお婆さんは、ただそのテントの中ではかりごとをしながらちょっと立ち上がっただけで、そのとき大事なものを盗賊に盗まれたことには気ずいていません。趙州老人は、うまいこと本陣に盗みに入り、要塞を脅かすほどのはたらきをしますが、またそれも大人の分別とは言えないようです。

頌にいわく

問に一般なるに、答も亦た相い似たり。

飯裏に砂有り、泥中に刺有り。

「問が禅の一般用語なら、答えもまたそのようなものが返ります

ご飯のなかに砂を隠し、泥のなかにトゲをひそませます。」

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これは婆さんの変なからかい道案内趣味にたぶらかされた僧たちの話です。

一般問いには一般解が相応しいということですが、色即是空、衆生則仏、一般語則禅語になりません。

プロの趙州が確かめに行くことになり、からかいと勘繰りすぎであったことになりました。

弟子僧達のせっかくの真面目な気分が吹き飛んだことになります。何を聞いても見ても修行に結びつけ、お婆の言葉にヒントをつかもうとしていたわけですが、金を捜し当てるのを諦めたのでしょうか。お婆ではなく和尚なら、禅語として理解されるものでしょうか。

人の顔を見て、言葉の内容を計るのか、どのような人にも真面目に禅語の意味を見いだそうとするのか、お婆の言う事を聞き返してどこが悪いのか。日常が禅といったのは誰で、日常が仏のなす事といったのは誰なのか。

同じ言葉でもそれが禅語かそうでないかというよりも、禅語として話していてもそれは人の性能のある段階での事ですから、同じ言葉という事を全面的に人の言葉として見る事の方が先でしょう。

例えばここにみかんがあります。人間性能のみかんを了解する姿。

・五感感覚に関心があれば、五感による了解を直ちに得る事に注意が注がれます。今ある欲望を今即得ようとする世界。ウの次元。

・みかんの概念に関心があれば、記憶知識科言語による整理分析によって自分の保持している過去知識に該当させようとすることに注意が注がれます。今あるものを過去のもので得ようとする世界。オの次元。

・みかんの色艶その存在感を感じ絵画的な感情に関心があれば、今保有している感情を損なうことなくそれを追い求め具体化表現して了解することに注意が注がれます。今あるものを保持現有化しようとしている世界。アの次元。

・ここにあるみかんをどのようにするかという場面に関心があれば、そのみかんを現在以降社会的道徳的にどうしたら良いのかに注意が注がれます。今あるものを現在以降未来にも得ようとしている世界。エの次元。

・比較的小さくてオレンジ色で香りが良くて甘くてといろいろ説明できても名前を忘れてしまった時それに名前を与えて了解しようと注意が注がれます。上記四つのどれかに成ろうとする原動力。イの次元。

このように五次元層があってそれぞれ独立しています。

「好箇ノ師僧、又恁麼(インモ)ニ去ル」「りっぱなお坊さんに見えたが、やっぱり同じよう(どのよう、いかよう、そのよう、こんな、そんな)に行きなさる」

この公案はお婆の言葉を高次元のものと勘繰った為に起きたのですが、お婆の次元はただ、わたしの言ったことに従いいう事を聞いて欲しい、そうすればしっかりと目的地に行けますよ、どうぞ、前にもそうしてくれた坊さんと同様真っ直ぐ行ってくだされ、有り難い事だ」、ということです。

道案内の知識は示しましたが、自分のした案内の言葉に従って欲しいとの思いを述べたものです。

そこでギンギンに研ぎ澄まされた悟りへの注意力のある僧はお婆の言葉に自分の基本要求である悟りの目標を得る言葉として聴きました。きっと普段から何事も悟りの種になると教えられていたのでしょう。この事は別におかしなことではありません。

ただ自分の問題として取り入れ解けなかっただけです。

僧は勉強した知識を総動員しても了解できないということは、お婆が言う自分ら僧が無事に旅してくれという思いも理解できず、知識が解したくても理解できずにいたということです。

そうするとそこに出てくるのは自分を超えた了解の世界、悟りの世界からの言葉の様に思えることです。悟りのことしか頭にないといえば褒めていることになるでしょうが、実は悟りという悪霊に捕らわれているだけです。悟りに価値があり自分を越え人間を超えたものがあるように思い込んでいる為、単純なお婆の「達者で行けよ」という思いも伝わらなかったのです。

自分の関心にかまけた聞き違いは世の常ですが、次元を超えた聞き違いは相手を無視することになります。歩きだす前にお礼はしたでしょうが、次の言葉をかけられた時には無視の態度をとっていたでしょう。

自利を見つめるだけの禅僧だったのでしょう。

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無門関 三十二、外道、仏に問う

世尊にある時、外道が、言葉で言わず、無言で示す道を問うた。世尊はしばらく無言で座っていた。それを見た外道は即座に悟って「世尊の大慈大悲は我が迷雲を開き、悟りを得しめて下さいました」と言って去った。

それを聞いていた阿難が世尊に「外道は何を証明して賛嘆されたのですか」と問うた。世尊は「良馬が鞭の影を見ただけで走り出すようなものだ」と答えた。では、外道と仏弟子である阿難の差はどこにあるのか。

仏の道に入ったからといって悟れるわけではない、修行を積んだから悟りに及ぶものでもない。世尊が黙って座っている姿そのものが仏なのであって、人生は生きながら仏になれると外道は悟った。

究極の道は一つで、どのような方法でもその道に通じる方法なら各々の工夫をすれば良い、どれでも自分の因縁に応じたやり方でもかまわない。だが、それを外れてはならない、貫き通すことが肝心だ。

救われない考え、救われたい考えを捨てれば、いとも簡単にその道に通じることが出来る。宗教以外の求道を外道というに当らない。しがみついているその手を離せばよい。人の意見、考えをそのまま信じ込んで、道とするのが外道で、他を外道と言う人は自分自身が外道である。

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世尊、因外道問、不問有言、不問無言。世尊據座。

「言葉が有ることを問わず、言葉が無いことも問いません」「有言であると同時に無言でもあるもの」「言葉でも沈黙でもないもの、それはいったいなんでしょうか?」「有言を問わず、無言を問わず」「言葉でもなく、沈黙でもないものは何ですか」「喋ってもよいし喋らなくともよい」

「言葉で言わず、無言で示す道を問うた。」

なんとまあいろいろあります。異教徒が言葉でもなく沈黙でもない方法で説明できるか聞きました。釈迦はわたしを見なさいと「態度」で示しました。ここまでは頓智の一休さんです。悟りは言葉を越えているなんてことはいいません。

外道というのは異教徒らしいですが、解脱がある悟りがある言葉を越える教えがある神はいる仏はいると、信じているのが外道です。釈迦は昔の自分の姿をそこに見ました。異教徒にとっては釈迦の教えは外道です。教えたところで外道ですから語るに及びません。態度で示しました。

そこで大いに迷いを晴らしたといいます。ところが釈迦を奉じるアナンには釈迦の教えはアナンの外道です。幾ら聞いたところで信心からさきへ行くことはできません。

さて釈迦の言葉に面白いのがでてきました。世ノ良馬ノ鞭影ヲ見テ行クガ如シ。鞭打たれて進むのではなく、鞭を見せられて進むのでなく、その影を見てというのです。

敷衍すれば鞭打たれて動くのがアナンで、影を感じて動くのが異教徒でした。

同様に敷衍すれば、釈迦が座禅姿を見せないと分からないのが異教徒でした。この場合鞭の影は釈迦自身でしょうか。

では、釈迦が座禅を示したことは座禅する本人自身にとって、鞭打たれた現象を示したのでしょうか、それとも鞭の影を示したのでしょうか。

無門さんお願いします。悟った人は鞭か鞭の影か、これいかに。

これは先天の鞭の影が鞭になることと、成った鞭が鞭の影を作ることとの二つの過程があるでしょう。

了解の出来上がるその時の場面に関してですから別に良馬でなくともいいので馬のことは略します。

問う。言葉でもなく沈黙でもなく道を示す法をお聞きしたい。

答え。座禅をしてみせますから、答を聞くあなたも言葉でなく沈黙でもなく了解する道を得る様にしてください。

察気というのがあります。気を察するです。殺気というと怪しくなります。

張りめぐらされた気界に何かが引っ掛かり感じることですが、無責任な推測ですが悟りの直前もこんな感じでしょうか。幾度となく繰り返された問いにあるとき同様の構造として悟りの内容がひっかかるのです。

ですので個別的な問いを個々に解くのではなく同じ構造として現れそれが分かるみたいです。公案集の問いはいろいろな場面がありますが、どこにも個別的な解答はありません。ですので無門の解説も特にその公案のための解説でなく全てに通じてしまうようなものです。

これはちょっと考えると禅には個別化する能力がないということです。日常では当たり前のことで、わぁ、綺麗、といわれてもその場にいない限り何を指したものだか分かりません。

これは言葉に表現しようとしまいと同じです。言葉にして綺麗といったから通じないのでもありません。黙っていては更に通じません。綺麗を表現する行為が介在しないと何もないことになります。そのあとにならおおいに以心伝心だとか不立文字だとかいえるでしょう。全く日常のことです。

それでもわざわざ悟りがあるということで修行したり悟りとは何かと勉強したりするわけです。

感情は恣意的で突如として出てきます。解脱の場面も同様です。

感情は自然の流れとしてあり、感情を呼び覚まし喚起創造するのは俳優芸術家たちの仕事であるように、知的対象の感情了解は宗教の仕事です。

小説家は万巻の言葉を尽くして一言を追求し、宗教家は何年も神を叫んであの一時の神秘体験を呼び戻そうとし、画家は何枚も描いてあの時のフォルム色輝きを得ようとし、禅は知性的な思惟作用を尽くして正反統一的な了解を得ようとします。

人間の意識領域の内で禅は直接に思惟作用を扱いますが、禅をやる人にはここが面白いのでしょう。画家なら何でもない視覚現象に本当の視覚を求めるのが面白いようなものでしょう。

鞭の影。後天現象と先天。

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無門関 三十三、非心非仏

馬祖和尚は、ある時、僧に問うた「仏とはどういうものですか」、「それは心でもない、所謂仏といわれている仏でもないものだよ」。

もし、この意味が分かったのなら禅は卒業だ。

この仏は経文に書かれていない仏、説かれない仏の意味。つまり生命のことを指しているけれど、じゃあ、生命って何だということになると言霊の学問でないと説明できない。

道を説くときは物事の三分の一を説け、詩人に逢うても最後の一文は言うな、分からないことは生命と言うな。

公案三十の「即心即仏」とどう違うか、生命が仏といっても、心といっても、どちらも当っている。

仏は人間の心が尽きたところにある、心とは何ぞやとなると、考えに考えたけれど分からない、その心。だから心といってもいいし、心じゃないといってもいい。

蛙にキセルの脂を飲ませた、蛙は猛烈に苦しんで胃を裏返して水で洗って呑み込む。それと同じに、仏が生命か、そうじゃないかは、心があるか、ないかではない。

だけど、心がなければ分からない、仏とはそういうものだ。

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アの卒業

今年はアを卒業するのに全力を上げること、生命と同様の力でやらないと。言霊の学問を知っていれば、ガンバレばかならず卒業できる。生命には行き着けない空虚な心がある、言わないで突き進むことが出来ない、禅宗ではね。

親鸞も道元も知らなかった、でも何かあるだろうということは知っていた、日蓮と弘法によって言葉は心を越えたもの、真実に似ている(真似)麻邇ということが分かった。

人間は言葉を駆使することによって、瞬間の最後の光、禊祓によって光の言葉で真実になる。私みたいな凡庸な者が世界中の知識を集めなければならないのですから。みんなお腹に収めて、それで分からないところを求めているわけですから。

逆に考えれば、言霊の学問があるから出来る事。どれくらい言霊の学問が真理であって他は蝋燭の光のようなものであるか。一生かけて追究して修行したら分かるか、そうじゃない、レールは引かれているのですから。

私の本を読んで、「分かる」と思う人、こういうことがどうして「分かるんだろう」と思う人は、少なからず次の文明にご縁のある人。これだけのことを書けるということはわかっているから書けるのでしょうからと感心される。しかも、今までにないことが書かれているのですから。

http://imakoko.seesaa.net/article/114437351.html

http://homepage2.nifty.com/studio-hearty/kototama_ver.1/

-------以上引用です。--------------

馬祖、因ミニ僧問フ、如何ナルカ是レ佛。祖曰ク、非心非佛。

質問は質問者の既得概念知識での仏をもって質問し、質問者のいう仏は経験知識の記憶とこれから教えられ得られるだろう新知識への希望で、質問者の心にある仏です。当面はそれだけが質問者の仏ですが、答を聞いた後には、質問者の心にある仏と新たな知識とのミックスが仏になります。それは既得知識+αというだけです。

解答はそなたの思っていた仏でも、その後に得られる知識による仏でもないものだというものです。質問者が分からないからといって質問する限り心でもなく仏といわれているものでもないということです。

言葉は仏になっていますが何でもいいのです。サッカーとはどう言うものか、猫とはどう言うものか、たまたま僧の関心が仏にあったというだけです。

そこであなたの聞いた知識見た知識読んだ知識で質問されても回答を既得のもので解釈し直すだけです。

これは知識を得る次元での話ならそれでいいので、立派な新知識が得られたことになるでしょう。そこは仏になることを目指す人ですから、知識の内容を悟らねばなりません。そして行動によってそれを示すことになります。

そうすることができるなら当然、無門曰ク、若シ者裏ニ向ッテ見得セバ、參學ノ事畢(オワ)ンヌ。

グッド。

知識で質問して知識を得てもそれだけでは駄目。仏とはどういうものかと質問した時、問いを解くだけなら駄目。

悟って了解してもそれだけでは駄目。それから解脱しても単なる個人の経験でしかない、個人で分かったというだけ。了解したことを何も活かせない、他の人の為にして上げれない。誰にも何もして上げられない、社会に生きられないから駄目。

そこで何かをして上げたいとしても、して上げることを表現できず言葉で示せないのでは駄目。不立文字だ以心伝心だと黙々と行為しても社会性を拒否しては駄目。

また始めに戻って考える。質問をする限り駄目になる。でも質問しなくては何も明かされない。

そこで質問していた自分の心を見る。

知的な関心とそこから得られる回答に頼っては駄目と言われた。分かって悟っても個人のことでしかない、表現できず社会に溶け込めないと言われた。質問内容があるものは駄目になってしまった。

如何ナルカ是レ佛。祖曰ク、非心非佛。

もう何も残っていない。質問内容があると駄目なのだから、質問した自分の心意気しか残っていない。

心に非ずだ、仏に非ずだ。でもまだ自分の問いたい知りたい悟りたい勉強したい意思が残っている。

わたしの生命からする意思があるじゃないか、知識に左右されない意思があるじゃないか、わたしを促すわたしがいるじゃないか。

如何ナルカ是レ佛。えっ、なんだって、もしかすると、ワ、タ、シ。

頌に曰く、「路に劍客に逢わば、須らく呈すべし、詩人に遇わずんば獻ずること莫れ、人に逢うては且らく三分を説け、未だ全く一片を施すべからず」と。剣客に会ったら全力で応じ、詩人を前にしない時には詩を吟じるな、人に出会ったからとて相手が見えてくるまでは三分程度の話をして、決して全部を伝えるな。

公案も和尚も無門も剣客だろう。相手にとって不足は無い、いざ尋常に勝負。

赤ちゃんは何も分からないけどお母さんは何でも話すじゃないか。三分だ六分だと何をケチなことを言っているのだろう。

如何ナルカ是レ佛。と、このようになぜ仏を出して問わなければならないのでしょうか。仏がいなければこの問いは成り立たないのです。仏は心の保証を与える為に出てきました。心の保証を説明した人は他にも多くいて、キリストの教えだったり、神の教えだったり、釈迦の教えだったりするわけです。

要するにある時点で仏なり神なりキリストその他なりに投影し反射してもらわないと自分の心を見いだせない状態がつくらさたということになります。

仏も神もキリストもいなくて心の正常だった時代があって、それが破壊された為に彼らや神と呼ばれるものたちが出て来たのです。その証拠に彼らや神の教えを全部集め統合したものが本来の心であり、心の一部にぴったりくるものとなるからです。

しかし常に不完全感、和、輪では無い思いが必ずこびりついていて信徒と呼ばれる人達にもそれらがどこにでも顔を出してきます。

この不足感の全体と彼らの教え全体とがなければ自分のこころとなりませんが、出来上がった教えが優先されていく為、その教えによって心を計るようにされています。

本来はその逆で、彼らの教えも心の一部でしかないのです。

この公案は仏教の内にいるところから出てきていますから、「如何ナルカ是レ佛。祖曰ク、非心非佛。」も心の中の一部である代りに、質問と答の範囲内に心を押し込むものです。仏教徒ならそれでもいいでしょうが、普通の人間として受けいれると欠陥を押しつけられます。

つまり仏教でいう悟りにまでしか行けません。

分からないから教えがあるのではなく、教えがあるから分からない疑問が創造されたのです。それをわざわざ疑問のない状態に戻そうとするのが宗教です。

そうするにはそれなりの理由があるはずですが、いつか考えてみましょう。

今回は、公案を考察し考えるというのではなく、公案を作らせた教え以前の健全な精神状態があるというところからきています。

如何ナルカ是レ佛と問うと仏の教えから抜け出せません。従って、祖曰ク、非心非佛も、仏の教えの範囲内で答えるのでなく、問いを構成し創造したその心から答えようとするものです。

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無門関 三十四、智は是れ道にあらず。ワ。

心は仏じゃない、智は是れ道にあらず。

簡潔に言えば、仏は大自然、智は人智、同じようであって同じじゃない。

智は自然から与えられたもの、それは道ではない。

道は人間が作ったものだ。

自然の智を捻出し練ったものが道である。

老人になって禅のことは知っていると思ったのに、南泉和尚よ、恥を知れ。

ちょっと曝け出したつもりでも家のことを全部さらした教えでも、それを有り難いとして実行する人が少ないのは残念だ。

禅の教えの真髄は導くという字のように道を一寸説けばよい。

この公案は全部を言ってしまった。もう何も言うことはなくなる。

聞いた人が修行をしようと思わないだろう。

自分の生命が助かりたい、安心が欲しい、と思っている人が仏とはこういうものだと言ったとしても分からない。

http://imakoko.seesaa.net/article/114976354.html から引用。

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南泉云く、心は是れ仏にあらず、智は是れ道にあらず。(心不是佛、智不是道)

無門日く、南泉謂るべし、老ひて羞を識らずと。わずかに臭口を開けば、家醜外に揚がる。是くの如くなりと雖も、恩を知る者は少なし。

じゅに日く、

天晴れて日頭出で、雨下って地上湿ふ。

情を尽くして都べて説き了る、只だ恐る信不及なることを。

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心は仏じゃない。

心は相手対象があればそれに結び付きます。結び着いた相手対象が何でもこころになります。面白いテレビをやっている、かっこいい人だな、ブログでも書くか、何だこれはいい加減なことを言っているな、とかが全て心で、仏を思えばそれも心です。仏を思ってる時は心は仏だけになれますが、仏という文字を打ち出している時は単なる文字です。当然心は仏ではありません。

どこかの坊さんの解で心という言葉に何か意味があると囚われて本性を示していないからというのがありました。

どんな狭量な心で捕えようとそれがその人の心であってその人の仏であることを忘れて、何か偉大な遠大な仏があるようにそそのかしています。

ですので、どんな狭量な人がしようとすることもその人の仏のここから出たことです。ここでその人との見解行為の仕方に違いがあって文句を言ったところで、その人の仏心を否定しては何もならない。

これは犯罪殺人でも同じで、それに至った時も心の仏の行為として犯してしまったということです。彼には犯罪殺人を彼に肯定的なものとする彼の仏がいたのです。どのような人も自分を肯定的に行為させていきます。ここから先はまた別の話ですのでここまで。

心の位置をどこに置くかで変わります。心がまだどこにも結ばれないこれから結ばれていくところを想定するなら心は宇宙、世界全体になり、カレーが喰いたい、悟りを知りたい、金が欲しい、日本を良くしたい、結婚したい、とうコロコロ変わるのがこころです。心が仏という人も四六時中仏といっているわけにはいかないでしょう。しかしコロコロ変わるのが心でそれを仏とするならどの場面においても心は仏です。

こんなことは書いたり聞いたりしているうちは単なる言葉のすり替えでしかありません。

その知的概念的な理性内容を感情内容として実践的に分かることが悟りでしょう。

この公案の前提として前回の非心非仏を前提としているというのもありますが、前提という言葉を持ちだすのが仏非仏の行為でしょう。似ていること正反対のことをいっているからといって参考にしても、もともと無を説いているのに参考にしたい心持ちが無になれないだけでしょう。

智は是れ道にあらず、を仏の智と衆生の智とに分けているのがありましたが、自分たちの商売だけは別だというのと替わりありません。

お釈迦さんは真理を説いたのではなく、自分の教えを説いたのです。仏教の真理、釈迦の真理は説けないけれど自分の教えは説くことができるとして生を終えました。ところが釈迦以降は空や無や教えが真理だからそれを説くという風に百八十度変化してしまいました。

こうした心の構造は人には普通のことですからその動きは説けるから聞きなさいというのが教えです。

教えを真理にしてしまい、つまり心を仏にしてしまい、仏を説けば真理を説いていることにしてしまうのです。仏とは心でもないし、いわゆる仏でもないといわれる所以です。

心の次元の自由自在な動きが人間の素晴らしいところであり、悲惨を不幸を産む原因でもあり、日常行為であるわけですが、お釈迦さんはその心を分析説明してくれましたがその奥にある真理は言葉を超えるとして悟る様に教えたのです。

言葉を超えるというのは、残念ながら当時の言葉にしろ、中国にしろ、彼らには真理を了解する言語体系がないということで、日本でもそれを不立文字などといってインド中国並みに引き下げて喜んでいるようです。そのため荒行やひっぱたくことなどが考えられていったのでしょう。

ところが大和の日本語は全世界のどこの国ともちがって完全な人造言語としてものと心を結ぶ言語として創造されたものです。つまりもともと悟りの内容を表現するために作られた言葉です。ですので悟りを表現するなど簡単なことです。

どんな公案でも構いません。悟ってください。そしてその時口に出していう言葉は、分かった、です。分かったのワは輪であり、和であり、環という当て漢字を該当させます。

分かったという時のワの心持ちには、公案の内容とその了解とその回答とその表現が全てワという言葉の中に含まれています。

公案問いの示すものを、噛み砕き自他とを結び合わせ産まれ生じてきたものに名を付けて現象にしていく、その全過程の表現が分かったのワです。

1+1は幾つですか、分かった、という時その分かったの中には問いと答え了解事項とその表現と相手への伝達言語まで全て、分かったの中に含まれているのです。

もちろん他国語でも分かったという表現はできますが、その表現は表現の内容を示しません。Je comprends. は分かったという訳にはなっても、その綴りからは、1+1は幾つですかの内容は出てきません。

他国の言語では悟りの内容を意味をとったり現象をとったり状態関係とったりで、似通ったことで表現を得ようとします。

古事記を書く時の当て漢字を使用する苦労話がありますが、あれは逆に言と意が同じになっているのが大和言葉であることを示したものです。大和日本語によってのみ表現と内容が同じとなっています。

大和日本語は五十音全部がこのようになっています。それを解説したのが古事記の神代の巻です。神話ではありません。

単音ワは神産巣日の神が配当されています。漢字を日本語にすると、カミムスビ、?み噛み砕いて結び合わせ、蒸し蒸してびがはえ生じて言の葉を産むということです。、

これは心が相手を意識し結びついてあなたですねと了解していくことです。心とあなた相手が一致してそれを現すことができた状態が仏です。日本語で分かったというワの時のことです。

禅は自らの体験を言葉にできないという理由で不立文字を発明しましたが、芸術家たちは懸命に自らの表現を求めています。

こうした禅に不足した態度はその使用されている元のサンスクリット語とか漢語とかからきているせいでしょう。原語に表現する資格がないからといって、大和日本語もそうだとすることはないでしょう。

分かれば分かったと言えばいいだけです。

相似近似の難しい概念など専門家の暇つぶしで分からないから続けられるものです。そうしないと分かったものを不立といって、分からないものを立する自分たちの立場がなくなる恐れがあります。

------以下引用。-------------------------

末法の説法

お釈迦様が説いたこととは全然違う事を説く。しかもとくとくと書いているわけですから、恐ろしいことです。真理でないものを真理として説く。しかも本人はいいことだと思っている。それを又、お坊さんが推奨している。禅坊主が空を知らず、南無阿弥陀仏の本願寺が阿弥陀様を知らず、牧師が山上の垂訓を知らない。その意味さえ分からない。

「幸いなるかな心貧しき者、天国はその人のものなり。」何十年もキリスト教の信者の人に聞いたらとんでもない答えが返ってくる。心貧しきものは心卑しき者と解釈する。卑しい人にも幸いはあるのだ、と説く。

心貧しき者というのは禅で謂う「無一物」のことです。心の中に拠り所とするのは何もない。つまりは空ですよと。その人のことを天国はその人のものだと謂っているのです。

永平寺のご本尊も知らない。そういう世の中を良くしようたって無理なんです。真理を知らないでいて、若い人は賛同していろいろ運動していますよ。でも導く人が真実を知らない。

http://imakoko.seesaa.net/article/23536471.html

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無門関 三十五、倩女離塊

五祖に僧が尋ねた。「倩女は衝陽張鑑の末っ娘、身と魂がそれぞれに結婚したが、どちらが本当の倩女か?」 魂が身体から離れまた戻ってくるということは旅に出て旅館に泊まるようなものだ。 悟らない内は、身と心の関係を云々しているうちは分からないのであって、ここでもってお前が空から抜け出て、現象となった肉体を消してしまったことをよく考えてみろ。 言ったところで蟹が煮えたぎった湯の中に投げ込まれたようにジタバタしても分からないことは解決しない。その時がくれば自然に分かることだ..

雲と月は同じだ

谷と山は異なる

その時折の現象によって違ってくる

だが、真実である

倩女は中国の故事なんでしょうが、何のことを言っているのか分かりません。

何かの逸話なんでしょうけど。

それは一つのことを言っているのか、分かれた二つのことを言っているのか。どうやらウからアワへの消息を謂っているようです。

http://imakoko.seesaa.net/article/115018094.html

--------以上引用-------------------------

無門曰く、「若し者裏に向かって真底を悟り得ば、便ち知らん殼を出て殼に入ること、旅舍に宿するが如くなるを」と。即ち知るべしである。衆生知は曰く、時に此れを主とし彼を旅舎とす、或いは彼を主とし此れを旅舎とす。斯くの如きを迷界と為す。故に無門は続けて曰く、「其れ或いは未だ然らずんば、切に亂走すること莫れ。驀然として地水火風一散せば、湯に落つる(旁)蟹の七手八脚なるが如くならん。那時言うこと莫れ、道わずと」と釘を刺しているのである。即ち一者は夢中に自在を覚えて妄動す。また一者は夢中に法を見て我れ斯くの如き者なりと思う。もし突如として因縁所生の法界が一散すれば汝また何処に在りとや為さん。故に汝答えを選ぶこと莫れ。ここに道を選ぶこと莫れ。

頌に曰く、「雲月は是れ同じ、溪山は各異なり。萬福萬福、是れ一か是れ二か」と。訳注者の現代語訳にも、そのまま「雲と月とは同じもの、谷と山とは別のもの」と訳されているが、意味が掴み難い。従って心象界を分別して「天に映れば同じもの、地に影差せば別のもの」と詠み代え、本と末を相互に思えば、「身と魂は同じもの、影を分かてば別のもの。それで目出度く収まった。是れ一と言い二と言わん」というような詠みが出来る。

-------以上引用------------------

すぐさま主観と客観の関係を解く問題みたいになりそうです。どの公案もそうですが登場人物は二人、あるいは二つの物事の対比です。

実はこれはそういった見せ掛けを作る仕掛けとなっているだけです。そこには本来の主人公をわざと描いていません。主人公は二つに描かれた以前の姿とか、二つを統一していくものとか、両者間を行き交う姿とか場面によります。そこには問題を解く修行僧、わたし達がいるが、二つのことに係っきりになるように仕組まれています。

この公案は両者間を行き交う話を時代話にしてその両端だけをとりあげたものです。ですので、時代の長さを短縮して今やっていることにしてしまうこともできます。あなたはいまネットの画面を見ていますが、そのネットの画面があるのか、見られてる画面があるのかというようなものです。見る行為にすれば、わたしが画面を見ているのか、画面がわたしに見せているのか、

これらはどちらかの両端に立たされるようになっていて、それに与すれば解けないようになっています。この知性の詐欺みたいな問題は行動することによっに破られます。

知性知識は名目を立てた後にそれの為に行動していきますが、悟りは行動した後に名目を立てていきます。

魂の娘をとるにせよ肉体の娘をとるにせよそのどちらかから出発したものには解に行き着けないし、科学知識、精神医学はそれに拍車をかけていきます。

客観事実は魂幽体の離脱、臨死、金縛り、というかなり広範な体験が能科学で研究追体験されている。目の前にある画面を見て画面があるというと、本当にそこに画面があるのを不思議がって強調したりしています。

そういったことに無門は分からなければ手を出すなといいます。つまり悟ってもその悟ったことが存在していることまで考えても分からないぞというわけです。わたしが悟ったのか、悟りがわたしに来たのかは勝手に「汝答えを選ぶこと莫れ。ここに道を選ぶこと莫れ。」というのです。悟りでどん詰まり来るところまできたから後はギブアップということです。そこから先は宗教の範囲を超えるからです。

一時幽体離脱とかヘミシンクとか良く耳にしたことがありました。いまでもブログなどにもよく離脱とか神体験とかがあります。

体験としてあったものですから否定したって仕方のないものですけど、その体験をみますとどうも個人の体験で個人的な感覚を得るだけのもののようです。

宗教的な我と世界の同一性、自他との間に我与汝同根亦奇特なりということもなく、動物実験の体験記みたいなものばかりです。要するに頭のどこかを突つけばそういったことが生物として体験できるというだけで、人間的な意味はないようです。

長く座禅をしてもそういった体験はできませんから手っとり早くあっち世界を経験したい場合にはいい手かもしれません。

どの宗教も霊界とか幽界とかを語りますが、一度それぞれ始祖を前にして説明して上げたらいいと思います。そうしたら始祖たちは何というでしょうか。

宗教を起こした当時にあっても状況はと同じようでいろいろ質問を受けていたことでしょう。

未だに回答が無く科学万能重視の現在でも霊の世界をどうすることもできません。結局始祖達からは排除されたもので、始祖達自身が教えを求めていたのでしょうか。始祖たちにもそれぞれ先生がいて教えられていたはずですが、自分ではそういった質問をしたことがないのでしょうか。

死んだこともない生きている自分しかいないのですから、死は語りようもないものですが、ひとそれぞれ死んだ様な状態とか霊魂だとかはいろいろコンタクトの例があるのでそれが輪廻、六道とかになって行ったのですかね。

聖書には神の元へ行ける人数制限なんてありますね。

霊界の話はインチキトンチキになりやすいのでこれでお終い。

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無門関 三十六、路に達道に逢う

五祖曰く、「路で空を知った人に逢ったなら、言葉をかけても、黙っていてもいけない。さて、こういう場合、どうしたらよいのか」。

少しでも何か言えば、達人はこちらの思いを量れる、こちらは達人の答え方で何を意味するのかが分かる。

その意味がよく分かったならば、学ぶ心でもいいし、今ここの勉強している真実を語ればいい。達人の日常の言葉、所作に目をつけてみろ。

近づいてぶん殴ってみろ、やってみなくては分からないだろう。

無門の公案は「頼もう」と門前で問答に詰まると襟をつかんで放り投げたり、ぶん殴られるくらいの真剣勝負、答えられないと寺を追い出された「喫茶法」と呼ばれる。

問答で真理をつかめたとしても、それが個人の悟りの境地で終えるならば禅の修行はここまでしか到達しえない。

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相手が悟った人だとこちら側が知っている前提がおかしいのです。

それでも、赤ん坊なら、いやな奴だと感じて泣くでしょうし、餓鬼子供たちなら遊びの邪魔をする奴だ早くどけというでしょうし、通勤時にあったならぶらぶら散歩できるいい身分と思うでしょうし、年配なら親しみを感じて挨拶をするでしょうし、無法者は俺に眼を付けるのか気に入らねぇと殴るのもいるでしょうし、朝の法話のお礼をいうこともあるでしょう。

いずれにしても悟った和尚さんということですから、その反応は下の者には理解できません。遊びに興じる餓鬼たちは直ぐ反応を理解するでしょう。

和尚は赤ん坊を泣かすような顔付きに成った因果を思うでしょう、餓鬼たちの遊びを邪魔したことを謝るでしょう、通勤時の勤め人たちの一日の無事を祈るでしょうが理解されないでしょう、年配には先に挨拶されてしまっことを反省するでしょう、無法者に殴られてお礼を言うでしょう、修行僧のお礼にはひっぱたいて示すでしょう。

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無門関 三十七、庭前の柏樹。回答の仕方。

趙州に僧が問うた、「達磨さんはどうして中国に来たのか」

「庭前の柏樹子」

もし、趙州の答えがたちまち分かったのなら、前に釈迦無く、後に弥勒は無い。

庭前にある柏樹子、私が見ても、お前が見ても、同じ柏樹子。判断の性能が生まれた時から授かっていることを知らせるために達磨は来たんだよ、とすれば、でも、それは説明しすぎ、聞いた方は「そうなんだ」で終わってしまう。

答えがそのことを詳しく述べることもなく、その言葉がその時でなくては分からないことでもない。その言葉を細かく説明して考えるものは心を無くしてしまう。和尚が言った言葉に迷ってしまう。

柏樹子に意味があるわけじゃない、柏樹子と分かる判断力をお互い持っているじゃないか。

空というものが分かったときにそういう智恵を授かっているんだなと分かる。感謝の念というものが当たり前とする、そういう問答をしなければならないのは禅宗がエとイを説かないからです。

どうして庭前でなければならないのか、何故柏樹子なんだ、となると永遠に分からなくなる。「どうして」があると真実は永遠に見えない。これだからこうだということを言わなくなってしまう。ただあるがままを言わない。

達磨が穴に篭って何年間も出なかったというのは、誰も訪ねる者が居なかったということを比喩した言い伝え。

ウオアエイの天の御柱が粛然と立っている、それによって人間は甘いも、辛いも、それによって判断している。実際にそれ以上の答えがありません。教える方もよく分かっていないから、なんか小難しいことを言って分かったようなことを言うのが禅の問答。

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無門曰く、「若し趙州の答処(たっしょ)に向かって見得して親切ならば、前に釈迦なく後(しりえ)に弥勒無し」。

もし、趙州の答えがたちまち分かったのなら、前に釈迦無く、後に弥勒は無い。

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釈迦から弥勒までは長い長い年月があります。その間に出てくる見解は無数となります。ということはどんな解でも構わないデタラメも正解こうだという言う主張も駄目ということです。

公案と解に共通点を探すわけですが、非常に抽象度が高く、どんな回答もよいどんな回答も駄目というものを探します。

ここで抽象度といっても達磨も庭の木も生物だとか分子や原始で構成されているとか生命の本質を現しているとかいうのは駄目です。なぜかというと、なんだこうだと相手対象を規定して説明しようとしているからで、相手対象の変化に囚われているからです。

ついで達磨と木の生命としての存在は言葉を用いて説明しきれないというようなものも駄目です。何故ならそういった不立文字とかいうものの自分の主張をするからです。自分の喋っている言葉をこんどは説明しなくてはなりません。

要するに答えれば全て駄目です。それなのに庭の木と答えて二重丸をもらったのは何故でしょう。

この答も柿の木だ桃の木だうまそうだ、何属の何種の何科だとか、小さい花とか黄色だとかいう庭の木として答えたのは駄目です。木の説明じゃなく達磨の旅行の目的が質問なのですから、木の説明など必要ありません。

そうすると五感感覚でする判定と、経験知識と、記憶概念での判定は全て駄目ということです。

人にはそれ以上に何があるというのが答えに繋がるものです。

アイウエオの母音は人の性能を五つに分けて象徴化したものです。人間性能をこの五段階にして創造されているのが神道で、伊勢神宮の秘儀となっている短い忌柱は五分の二が地中に埋まっていて、柱は何も支えていないけどその上に判断規範の象徴である鏡を戴いています。地上の五分の三が普通に人に使用されているものという象徴でイエとウオアに分かれています。イエの人間性能は未だ地下にあり隠されていて開花していませんが、ウの五感による判断、オの経験知識による判断、アの芸術宗教による判断だけが通常社会での判断となっているという象徴です。

悟りもこのアの次元のもので、まだ隠されたエイ次元を目指さなければならないのですが、殆どの宗教者は悟りもアの次元も知らないので、ましてや更に上の次元があるなどと夢にも思いませんし、宗教自体がそこに行けないという限界をもっています。

公案は通常社会での最高判断規範を手に入れる事ですが、エ、イの次元までは手がでません。自覚的にエ、イ次元に行くには言霊学が必須です。神道は形だけが残されているので概要を知るには便利ですが内容は開示されていません。

わたしは言霊学の勉強途中で無門関をやっているのですが、仏教も悟りもやったわけではありません。実際に悟ったわけではないのですが、悟りを超える上位規範に照らし合わせていくと宗教とか悟りとかの位置や限界がある程度見えるので、適当なことを書いています。

この公案では庭木じゃないけど庭木である事を説明しなくてはなりません。対象相手に答を出すと駄目になるのは既にみました。すると何がまだあるのでしょうか。

人間、自分の意志、質問を聞き答えようとする知りたいと思う意思があります。達磨はわたしの知りたいという意志に応じてきてくれるのです。わたしは庭前の柿の木が大好きです。達磨はわたしと一緒にその木を観賞しようとして来てくれるのです。わたしは達磨と庭木という二つの単語を知りました。こうして知った所以を達磨は説明しに来てくれるのです。また達磨がいます、木があります、それらを思うわたしがいます、達磨はこうした巡り合わせを教える為に来るでしょう。見えない達磨と目前の庭木この不思議な取り合わせを達磨は知らせるでしょう。

結局観念上のことじゃないか、意識の戯れ想像じゃないのかということも言われます。これを見抜くのが和尚の仕事です。悟った言葉なのか想像なのかそれを判別します。というのも答えるのは下の者でオ次元の知識に縛られた概念で記憶を満たしているだけの者たちの答だからです。

知識の上位次元は感情の世界に突っ込みます。宗教が生まれ芸術が生まれ、愛が生まれ感謝が生まれ、世界との一体感が生まれ宇宙との同時性が生まれ、美の感動、光の感動が生まれる次元です。

それらの中では言葉の詳細は消失して自他、わたしとあなたとの共感が基盤となって共有されています。

和尚さんも相手の顔色を見てホントかよ、おいと、二問三問と問います。知的に確信しただけのものか悟りといわれる知的理性的な対象の感情次元での了解かをみます。

しかし和尚など出てこなくとも自分でもできます。幼稚園程度の問題を用意して、例えばここにお馬さんは何匹いるでしょうか、というような問題に自分で答えてみれば、問いと同時に直覚的にお馬さんは三匹います、と答えられます。その時は自分は理知的に概念的に答えたのではなく一目見た感情直覚で答えています。

公案もそのように直接得られた感情直覚で答えればいいのです。幼稚園児の問題にしてもその後は直ちに知的概念が侵入してきます。子供に教えようとする時はもう直覚ではありません。問題に難易にかかわらず感情で得れるのはその場限りのものです。

幼稚園児の問題では喚起される感情が小さすぎて感じないかもしれません。かといっ公案では難し過ぎるので適当なものを各自試してみてください。

お分かりのように感情の喚起される場面は日常普通にどこでもがそうです。悟りだなどと難しいことを言わず物事、理知的なことの感情了解ととれば幾らでも練習できます。

実社会では了解すれば終りということはなく、その次に選択し実践することが必要です。しかし悟りにこだわっていると行動次元に参加できません。

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無門関 三十八、牛、窓檻を過ぐ

五祖曰く、「譬えば水牛が窓格子を過ぎるように、頭、角、四肢が全て過ぎ去っても何故尻尾の先は過ぎることができないのか」。

無門曰く、「この比喩を逆からみれば、上は三宝、国王、父母、衆生に報い、下は欲界、色界、無色界に貢献することが出来る。しかし未だ然らずんば更に尻尾によって思索することができよう」。

牛の尻尾が意味するのは過去、記憶、言霊ヲのこと。過ぎ去ったことに実体はないのに、いつまでも忘れないのはどうしてか、あなたならどう答えますか?自分ならどう答えるかを思案するのも修行の一つです。

生きているのは実存している今ここのみ、他に人間は生きようがない、思い出すのは、後悔の念、懐古の念等々、それらから離れることができないのは、人間の宿業、輪廻である。

牛の尻尾そのものに善悪はない、もし、その後悔、懐古がなければ、人間は獣に等しい、昨日から今日に生きているのではない、今日が昨日を引き連れている。

http://imakoko.seesaa.net/article/116194301.html から引用。

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この公案は悟るとか悟らないとかの話ではなく、人の意識構造の禅的な見方です。

牛を部分に別けてそれを自分なり何かに配当して残った何かを尻尾にしても駄目です。

頭胴手足が通過しても、尾尻が通過していないということは、頭胴手足が通過したという判断が尾尻同様残っているのです。通過するしないに係わらず牛に対する判断がいつまでも残っています。

例えば、「いかに悟ったとしても迷いというものから完全には抜けきれないということをこの公案は表しているのではないか」という判断があって、悟った頭胴手足部分と完全に抜けていない尾尻部分に分けています。

例えば、「わたしはこういう人間です。といってすらすら答えられる部分が、頭であり角であり、前脚、後脚なのです。ところがそこまで答えて、後が続かないのが「しっぽ」というもの。」というように前後にしてあります。

例えば「私は、何事も完全に分かるということはあり得ない、と解釈したいです。必ず何かが残る。また残らねばならない。」というようにおまけがつくといいます。

例えば「「<窓>ってなんや?そして、その窓で行方不明になった<牛のしっぽ>とは?」「ココロは開けても開けても部屋のない扉。痛い窓」」というように行方不明部分があるといいます。

以上は肯定部分は通過しているから安心して不問にしてしまい、否定的部分を取り上げています。実際は両者共に通過した形か通過しない形かで、肯定的か否定的かの形でそれぞれ残っているのです。

残るという点では同じことなのです。

そこで、無門いわく 「もしこのことについて考え、ひるがえってほとけの第三の目 (一隻眼) を身につけ、さらにその答えを (一転語) 示すことができれば、それをもって上は父母・国王・衆生・仏法僧の四恩に報いることができ、下は欲・色・無色のそろった三有を手に入れることができるだろう。

というように、どこにいってもどこにいても誰にでもいつでも残るものはナーニ、というわけです。

そこから、どっちかになる認識の性質を述べるのではなく、尻尾の使用法を述べたものです。もちろんここでいう尾尻は頭も尾も含めた全体のことです。頭は通過したが通過したという判断が常に残るわけですから、その両者をひっくるめた利用法ということになります。

人間性能のうち常に残るものは何かです。しかも通過したりできなかったり、分解分析したり出来なかったり、焼いて煮て喰ってそれでも全体が残り部分が残るものです。

思いだした話。キリストは腹の空いた民衆に籠から魚とパンを出して与えましたけど尽きることなく与え続けました。いくらでも出てくるトランプカードの手品みたいなものですが、人間性能に誰でも普通にそういったことがあります。

もう分かりましたね。過去の記憶のことです。その現れは概念知識です。

頭胴手足部分は先に過去記憶部分に落ち込み突っ込まれるから、その後に続く尾が通過するとかしないとかが言えるのです。尾は頭胴手足部分の記憶があるということです。通過した頭胴手足が記憶として過去概念としていつまでも残るという例えです。それをわざと尾だけが残るような言い方をしたのです。

出家して捨てきれない因縁があるといった怖い話になるのではなく、日常通常人の性のことです。

わたしは小さな窓を通過していく牛を見てみます。まず百姓が引いていく綱が見えたかしれません。牛の鼻先が現れ眼耳角顔頭が見えるとついで首に引かれた胴体そして前足が動いていき窓を隠すように腹が見えついで云々となっていきます。

ついで後ろ足がきて揺れ動くしっぽとその先にある毛がそれを追うアブと共に消えるのです。当然の映像です。尻尾が切り取られて落ちて残ったのではありません。

誰かが問います。今何かが通ったみたいだけど何だった。答は通った牛の記憶です。牛と認識されて記憶された過去経験の総体から引き出された問いにマッチしたものです。問いに尾を引かれて導き出されたもので、見ていた人が経験した名残りのうち問いに尾を引かれたものです。

この記憶の使用法いかんに依っては精神領域も物質界領域もうまい具合に回転していく。但し禅の公案領域においてはばっさり切り取らねばならない。記憶概念知識の感情的了解を経てまた立ち戻らねばならない。

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以下言霊学からの引用。

『 次に国稚く(くにわかく)、浮かべる脂(あぶら)の如くして水母なす漂へる時に、葦牙のごと萌え騰る物に因りて成りませる神の名は、宇摩志阿斯訶備比古遅(うましあしかびひこぢ)の神。次に天の常立(とこたち)の神。この二柱の神もみな独神に成りまして、身を隠したまひき。』 (古事記)

「国稚(くにわか)くして」

「心の先天構造の内部がどの様な状態になっているか、まだその内部の実状を明らかにする作業がそれ程進展していないので、」の意であります。「国」とは組(く)んで似(に)せるの意。言葉を組んで、実際の状態に似るよう整えることです。その作業が成熟していないということです。

「浮かべる脂(あぶら)の如くして」

水の上に浮かんでいる脂(あぶら)のように形も定まらない、の意。前に述べましたように先天構造の内容がまだはっきりしていないで、浮遊する脂の如く不安定で、ということです。

「水母(くらげ)なす漂(ただよ)える時に」

水母なす、とは暗気の喩えです。一面がまだ暗くて安定せず、漂っている時、の意であります。

「葦牙(あしかび)のごと萌え謄(あが)る物に因りて成りませる神の名(みな)は、宇麻志阿斯訶備比古遅(うましあしかびひこぢ)の神。」

「葦牙のごと萌え謄る物に因りて」といいますと、読者の皆様は先ず何を連想なさいますか。人の心の中で、こういう状態になることを経験した方は多いのではないでしょうか。それは間近に処理しなければならない重大な事で、どうしてよいか分からない問題を抱えた前夜のことなど、床に入っても寝付けず、頭の中は過去のいろいろな出来事が走馬灯の如く駆け廻っている時の状態こそピッタリではないでしょうか。葦の芽も茎の四方八方、上下何処からでも新しい芽が出て来て、何処が始めで何処が終わりだか分からない程入り乱れます。

その様な状態で現出して来るもの、それは宇麻志阿斯訶備比古遅の神というわけです。宇麻志は霊妙な、の意。阿斯訶備は葦の芽のこと。比古遅は男の子の美称、と辞書にあります。全部で霊妙な葦の芽の様な複雑な関連を持った原理の実態、といった意となります。これは一体何なのでしょうか。一言でいえば人間の心の中にその様に現出して来る経験知識であります。この経験知識が畜させされている心の宇宙、即ち言霊ヲであります。人間の経験知識は他の経験知識と複雑・密接に関連しながら、言霊ヲの宇宙に収納されているのです。この言霊ヲに漢字を当てはめて、その内容を説明すると、緒(を)や尾(を)などが考えられます。生命(いのち)の玉(たま)の緒(を)と言えば、それは記憶のことであり、尾では「尾を引く」の言葉もあります。また言霊ヲを端的に表現する文章が仏教禅宗無門関に見ることが出来ます。

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無門関 三十九、雲門の話堕

僧が雲門に問うた、「光明寂照河沙に遍し。」その句を言い出したところで雲門がすかさず、「これは張拙秀才の詩か?」僧は「そうです」と返事した。雲門は「つまらない話だ」と言った。

後に死心がこの話について「この僧の話のどこがつまらないのか」と言った。

禅の問答は真剣勝負、もし、この僧が張拙秀才の詩かどうか問われた時に、その詩の最後まで読んでから「自分はこう思いますが」と修行の一端としてこの詩を引用して、質問すれば雲門もそれに答えることができる。

だが、学僧が「そうです」と答えてしまったが為に、挙句を論じる話のための話、「話堕」になる。禅の問答はあくまでも自己の魂の解決の道であって、話堕は悟りとはほど遠いところにある。

自分の発言に責任を持たぬのが「話堕」、発言に責任が持てないのならば懺悔する他ない。言ってしまった事は修正がきかないのですから、謙虚に聖賢の書を独り工夫して勉強することです。ところが自己の因縁や経験知で解釈しがち。

しかしながら、禅も含めて宗教はあくまでもア止まり、それ以上は求めても何もありません。靴の上から痒いところを掻くような、道を照らす月の光でしかないですから、自覚したのか、自覚していないのかは、「問いに答えあり」です。

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雲門、因みに僧問う、「光明寂照遍河沙(こうみょうじゃくしょうへんがしゃ)」一句未だ絶せざるに、門遽かに曰く、「豈に是れ張拙(ちょうせつ)秀才の語にあらずや」。

僧云く、「是」。

門云く、「話墮せり」。

後来、死心拈じて云く、「且く道え、那裏か是れ者の僧が話堕の処」。

無門曰く、「若し者裏に向かって雲門の用処孤危(ゆうじょこき)、者の僧甚に因ってか話堕すと見得せば、人天(にんでん)の与に師と為るに堪えん。若也(もし)未だ明めずんば、自救不了(じぐふりょう)」。

頌に曰く

急流に釣を垂る、餌を貪る者は著く。

口縫(こうぼう)纔かに開けば、性命喪却(しょうみょうそうきゃく)せん。

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「是。そうです。牛の尻尾です。」「話墮せり。つまらない話だ」

元気よく一言返事するのも禅世界では大変なことです。「話堕」、ぴしゃりです。

誰もがアンチョコとして今現在ここにある心を示せばいいとは知っているけど、すぐ話にひっかかります。禅ではこの応答の社会性の外へ出ろというのですから悟ったところで社会からは隔離したがるわけです。

悟った心を持って社会に戻り実践行動を普通にしていくことを教えられません。禅の精神構造を超えてしまうからです。この実践社会行動次元での悟りがなければ何の役にも立たないもので、実際には出来ないのに、そんなことはしないと強がりを言って引っ込むだけです。

何でもそうですがそのものの上位次元に立たなければそのものは見れないのに、禅、公案では下位の知的な経験概念世界を超えたことをいいことに、ひっぱたくのです。

ひと度社会に出て選択行為をして生きていく場面に会うと、悟ったという了解だけでは何も進行していきません。禅、悟りの上位次元から行動の原理を示して悟ったものを社会みんなの中で実践していかなくてはなりません。禅はあまりにも大口を叩きすぎた為、メンツを保つには山上に居続けるしかないのです。

そこで禅より下位次元の者にはむにゃむにゃと言って教えをたれ、希望を与え未来への力を添えるのです。

概念世界に落ち込まないように解説することをしないので、下の者にはいつまで経っても大様で居られますが、ひと度そのからくりが知れ渡れば禅の技術はもっと公開されるでしょう。またそうすることが世界の発展に寄与することになるでしょうし、真剣勝負の伝統も新たに蘇るでしょう。

今回は怪しいところから始まりました。続けましょう。

「はい、そうです」と返事をしてしまいました。

「いいえ、違います」だったかもしれません。

どちらの返事をしても「つまらんことだ」といわれます。それじゃどうするのか。

学僧は詩を読み上げてから何かを問いたかったのです。どうしても聞きたい心の疑問が湧き出てきていました。その心の疑問の持続が学僧の今現在の姿でした。

そこで和尚に引っ掛けられ自分の今現在を放棄して、問いの答である過去の結果概念を探しに行ったのです。幸い作者を知っていた為にそうですと答えましたが、そこにあった自分、詩を読み上げていた自分を失いました。

いずれを答えても詩を読み上げていた現在の心境とは関係の無い記憶知識の当たり外れのクイズ問題としてしまったのです。作者は誰だ、何時の作品だとかの過去の記憶に関する問い返答に組みしてしまいました。

このトリックにひっかからないように自分の心境を持続していくには自分の心が持続していく方法を講じればいいのです。作者を問う和尚の質問には答えないで詩を読み続ければいいし、読み上げた詩を再読してもいいし、読んだ詩の言葉を取り上げてもいいし、読んだ詩の内容を聞いても、全部読み上げてから聞き返してもいい。

自分の心のある場所が詩にあることを示せばいいのです。

考えている途中で人から質問を受けたりそれに答えたり、考えていることが雑音で中断されたり、するのはどうしてでしょう。意識を逸らせるともいいます。駄々っ子にも政治にもよく利用されている手です。

もし禅の技術をもってすればこのようなことがコントロールできるでしょうか。

泣く子には乳を与え、駄々っ子には欲しがるものを他のものに誘導します。知識には他の概念をあてがって翻意させます。

そこまでは禅でできます。

禅自身をより高次の次元に導き、禅を行動へと赴かせ実践社会で行為として役立つようにさせるにはどうしたらいいのでしょうか。これは禅を超えた立場を得ないとできません。悟ってもいないわたしにはできませんが、考えることならできるでしょう。引きこもりや思い込みから来る諸問題の頑固さも禅と似たところがありそうです。

でもこれは今のところは力不足で、やったところで死心和尚か牛窓れいを過ぐ、でしかない。

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無門関 四十、転倒浄瓶

イ山は百丈和尚の典座である食事係りだった。百丈が衆僧を集めて答案を競わして、大イ山の寺の主人を選ぼうとした。自らの浄瓶(手洗いの瓶)を置いて「これを浄瓶と呼ばずに何と呼ぶ。」

首座が「木の杭とも呼べないし」と言った。そこで百丈はイ山に同じく問うた。山はいきなり瓶を蹴倒し出て行った。百丈は「首座はイ山に負けたな」と言った。開山の寺の住職はイ山が命じられた。

イ山は百丈のところを出て行ったように見えるが、百丈の徳の域からは出られなかった。

「浄瓶と言ったらいけないとしたらお前はどうするか」の問いです。言霊の学問に通じる問い、浄瓶と呼ばなければ、それは浄瓶でなくなる、名は体を表わす、だから蹴倒して出て行った。

例えば、湯のみ茶碗、土で作った器と言ってはいけないぞ、これは何だ、その名前でなければ、蹴倒してもないのと同じことです。分かってみると成る程な、ということですが、私も無門関を読み出した時にさっぱり分からなくって、なんでイ山の方が勝ったのか。

浄瓶が浄瓶と呼ばなければ、何の意味もなさないもの、ゴミを捨てたっていい、だけどそれは理屈のところまでの分かり方であって、自分の気持ちを表わすには、文字を越え、言葉の道理を越え、その道理がそのまま蹴倒す行為になった。

そういう発想が頭から出ないと和尚の足かせが外れない。蹴倒す方が勇気いりますね。何でもいい、自分の意思と言葉を行動として出せれば、諸法空相から諸法実相にならない。

アの境地に踏み込まないと機知が出てこない、アでありながらエでもある。その場に適当な言葉がフっと出てこない、でも、言葉として限定されてしまいますと、束縛から躍り出ることが出来ない。

百丈の教えから出て行くということは、良いことも含めた百丈の檻から出て行くということです。アの境地は百丈の弟子であっても同輩になる。オの立場なら和尚さんですけど。

同輩ならば、どんなに忌み嫌う相手でも「有り難い」と受け容れられる。それを自覚しているかどうかは、自分に一番辛くあたった人が一番有り難く思えた時です。

私は初めて自分の書いた本の文章を読み直しています、気力充実していないともう書けないです。神様に大祓祝詞をあげている時代ですから、たいへんな間違いをして神様を拝んでいる、訳も分からないのに国家を唄う日本民族は、もう、そろそろ分かってもいい時です。

学者は粗探しが得意ですから、「そうですね」と頷ける人にならないと。この間禅宗を教えている人が「人差し指一本立てる意味は何ですか?」、もっとも誰も教えてくれなかったからでしょうけど。説明しますと「へえー」って感心してましたけど。

----以上は http://imakoko.seesaa.net/article/116282106.html より引用。-----------

悟りの構造。

禅は個人的な感情、心の持ち方を行動に依って現すのが限界ですから、どのような問いにも心を込めて思った行為をすれば全て正解になります。理屈の悪循環を断ち切り和尚の言葉を切り、そこに物があれば蹴飛ばせばいいのです。もちろん正解を与えたからといっても山頂の住職になるだけで、相変わらず社会に出てくることを知りません。

芸術家なら懸命に自己を求めて表現を探し新たに問うことをしていきますが、直接に知識理性概念を扱う禅では口に出すことがチンプンカンプンになるのが恥ずかしくて社会に出るより、ムニャムニャを固執する方向を選びました。

禅は悟った自己を表現することを知りません。覚醒して直ちに座禅に向かう話がよくあります。悟りを座禅で表現しているわけですが、座り込んでしていることは、行動に依って未来将来に建設的に向かうものではなく今を忘れないように現在を維持確認しています。

理性認識は進歩を求め前進することが特徴ですが、過去の記憶概念が基盤です。

悟りは現在の心の持ち方が基盤ですが、今あるものを現有保有することで、世界との同一性を保持するだけで未来へ向かうことはありません。

悟りには何故行動が無く、社会性が無く、どうしていくのかを選択するものがないのでしょうか。悟って自分の本性が世界宇宙でありその自覚を得ます。しかしその自覚の出発点は老病死苦因縁有無空色の自分の持っている疑問からです。

悟りの自覚が向こうからやって来るにも係わらず、それをそのまま受動する立場ではなく、自分が悟りを覚醒を得る立場打ち立ててしまいます。ここに主体性の主張がでてきて、得られた物を主体的に得るものとして、自分の関心事に結び付けます。つまり悟りを主体的に得たという逆転現象を起こします。

自分が悟りを得たという主体側に立つ限り、得られた悟りの内容は自分のものとして自分の中にあった比較対象相手と結ばれることになります。

こうして続けられる座禅に依って自分の中の過去へいく対象相手を探してそのことに心が囚われるので、未来へは眼が向けられません。

悟りの次の次元へ。

ここから自分の心しか関心事が見つからない悟り宗教ができていきます。

同じ出発点同じ悟りを得たとして、この狭い悟り宗教を超える道を探してみましょう。

悟りの自覚を得ました。忘れまいと座禅を続けて主体的に努力していきます。自分への関心事を力一杯引きつけ自分の過去に該当させそれを一致させ表現しょうとします。この過去に向かうことが伝統的な悟りとその後のことでした。行動をないがしろにできると自負する悟りでした。

この変な悟りをいよいよ乗り越えるのです。

いずれにしても悟りは向こうからやってきます。全体的に一塊としてどかっとやってきます。何が何だか分かりません。そこにすぐ出てくるのが分かろうとする自分の心ですが、この心は二つの方向をとれます。

一つは自分の持っている関心事テーマと結ばれることです。

一つはそのまま受けいれてしまうことです。

前者は今まで述べてきたことです。水泳を覚えようとして水に入り、その水の温度や鉱泉度流動性、手足の動きと抵抗等々自分の関心のあることを持ちだして状態状況を了解しようとすることです。

他方は素直にそのまま入っていることで、始めは沈んでしまうかもしれませんが抗わず自分を木の葉として水と一体化してしまうことです。

前者は悟った内容を自分の過去経験へ落とすやり方ですが後者は自他、水と自分の一体性つまり新たな悟りの実質を得ることです。

いろいろと変な言い方が出てくるのはわたしが悟っていなくて精神規範のアンチョコで話しているからです。どうせ聞いている人も実質は分からないはずですが、もしかしたら言葉は通じているものがあるかもしれません。つまり以心伝心を超えてるかもしれません。これも変な言い方ですが。

水との一体性が得られますとこの両者が表現の花開く対象となります。座禅を続けて捜し物をすることがありません。水に沈んだ浮いた自分が相手対象です。それがそのまま行動となり、つまり、水と自分との一体性が結論結果として現れてきます。

浄瓶を蹴飛ばせば壊れるかもしれず水が部屋を汚します。禅世界なら個人行ですから猫を切ってもそれでおわりです。浄瓶はこっちへイ山はあっちへです。実社会ではそうはいきません。

「これを浄瓶と呼ばずに何と呼ぶ。」でイ山は蹴飛ばして出ていきましたが、イ山はイ山、浄瓶は浄瓶でバラバラにしたからです。問いの答えを悟りとして了解できても、一体化できず自分の関心事である蹴飛ばし行為で心持ちを現しました。

もしここで浄瓶と彼とが一体であるなら誰が蹴飛ばすでしょうか。元の場所に戻し、今はなにもない浄瓶の置かれていた空間を蹴ればいいのです。

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無門関 四十一、達磨の安心

達磨が坐禅している所に、雪中に立った二祖慧可が「悟れないのでどうか悟らせて安心させてくれ」と言って、自分の腕を斬ってしまった。

達磨は「安心させるから心をここに持って来なさい」と言った。

二祖曰く、「心を持って行こうとしたけれど、その心が何か不可得だ(心が見付けられませんでした)」、

それを聞いた達磨は「お前に安心させたよ」と答えた。

無門曰く、「歯の欠けた老師、印度より十万里を経て中国に来て、仏教界に風も無いのに波を起こした。本来の面目は達磨の教示なくても各人具足のもの、最期に門人を接得したが、その門人も腕を切り落とした不具者だったが、達磨は不立文字の四字を識らず。」

心を求めても分からない、心というものは分からないもの、実体がないもの、分からないことを分かろうとするから悩む、コロコロと変転止まないものに安定を求めても不可能なこと。

それを知るには修行の途中で答えを出そうとしても無駄、分かろうとして努力したけれど、どうしても分からない、迷ってもそれが当たり前だと知る、その時に初めて解脱できる。

空は求めなくては分からない、求めている内も分からない。

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赤ちゃんは乳を呑みウンチおしっこをすればすやすや、算数の宿題も漢字の読み書きも全部やったし安心して遊ぼう、これらは実現してしまえば安心できるものです。

二祖慧可も佛教の勉強の疑問は全て解いて安心していたのです。

現在所有してしまえば終わるもの、欲望や知識等は得てしまえば安心して終わる物です。知識の捜し物も繰り返してまた出てくるものですが見つかった時点で前の問題は終りです。

安心できない心も概念と照らし合わせて知性的に説明できれば終りです。

二祖になる慧可が学問的には説明できないものはないのです。心の体系も安心の構造も皆分かっていることです。その二祖慧可が分からないというものは知識でないものです。概念記憶に比類がないものです。それがたまたま公案では安心でした。好きでも愛しているでもどんな感情でも同じでしょう。

安心も不安も愛も大好きも学問的には、静的でなく固定的でないとし、架空のものとし、本当はお化けとし、等々と解説にあります。はたしてそうでしょうか。悟り、師匠の教えは、静的でなく固定的でないとし、架空なもの、お化けだよと言われて納得するならいいでしょう。教えが分かったところで心持ちが分かったわけじゃないし、理屈を納得しても心が納得したわけじゃない。

しかしそこには知的に分かる安心というものがあります。分かるとか分からないとか相変わらずいい加減なことを書いていますが、公案のように次元の違う話を混ぜるとこうなります。人の心は意識的にも無意識的にもこうした次元の混ぜ合わせや自由な上下の行き来や飛躍ができます。ウの欲望次元の話をオの知識次元の話にしたり、オの知識次元の話をアの感情宗教次元の話にしたりすることです。

公案は全部アの感情、宗教次元のことをオの知識次元で話していてオの次元にるものに解答を示せといったり、知識了解から知識の感情了解への道を問うものです。心の次元には上下の低位から高位に向かう五重の塔、五層の重層構造ですからその構造を無視して答を要求する形をとるものです。

心の構造はウ-オ-ア、となっていますが、禅の悟り、宗教等はこのアの次元にいます。こころは更に広いものでまだその上に、エ-イ、の心の世界がありますが、下から上位を窺い知れないようにアの悟りからはエ-イ、の次元は知り得ません。

しかし心は別別の次元を作っているのではなく底辺にあるイの想像意思の心によって連結しています。

この自由意志の行いがあるため次元の違うことをわざと取り違え自由に取り違え、わざと聞き違え自由に聞き違えることができます。

理知的な安心の問題を二祖慧可は既に解決していて誰にでも話解くことはできますが、その次元から上位の感情での安心を得られないというのです。それは上位のものを引き下げて理知の次元にあるとしているからから、もともと無いもので、幾ら探したところで勉強したところでこちら側にはないものです。

達磨はあっちにあるものをここに示せといったのですが、最初から次元世界の違うものをごちゃごちゃ言っているだけだといえば腕を切ることもないのです。しかも次元世界ごちゃごちゃ言うことは日常生活で普通のあたりまえのことで、取り違えや自由解釈などは誰の会話にもあることなのです。

こういった当たり前の人の普通な性質を教えて上げないで腕を切り落とさせるまで待たせるのが座禅宗教です。最初から知的な了解と感情の了解の仕方は違うことを教えて上げればこんなことにはなりません。分かる心の次元がありその部分から、別次元の心を見ていると、下から上の心は見られないけど、上から下は、知的理性的も下の次元である欲望充足を求める心とか社長、大臣になりたいたべたい金が欲しいとか言う心は見え見えで直ぐわかります。

ところが感情的な知的理性的でない心は幾ら知性を持ってしても解けずに分からないものなのです。感情が知性とは同じ次元にないからです。たったそれだけのことです。しかし、感情は好き勝手にいつでもでてきますが、出てきてくださいとお願いしても言うことを聞きません。もちろん修行を積んだところで変わりありません。

そういった感情の性質をわざわざ悟りだとか大げさに決死の覚悟がいるとかいってきました。しかもその上がまだあることを棚に上げて見ない振りをし、見ることができないから無いとし、自分の位置が最高だとして人生の目標にすり替えてきたのです。

既に悟りの構造はわたしのように悟らなくとも誰にも分かるようになりました。もう悟りという言葉にびくびくすることもありません。日常生活が毎日悟りの連続となっています。ただ自覚していないだけです。その実践悟りの自覚する方法は宗教が千年以上も蓄積してきました。人類のため日本のため早く公開してしまえばいいと思います。

感情は自由自在に勝手に振る舞うようですがそれなりの経過があります。突然に出てくるように見えますがそれ自身の持続の先に開いたものでしょう。持続した意識の先に出てくるものでそのままにしておくなら生成消滅も自然過程になります。

そこで自覚的に持続を作り出し自足した意識を保持していく方法を適応して主体的自覚的に悟り感情へ導くのが座禅ではないでしょうか。公案には言葉のやりとりの途中で悟るということがよくでてきます。これも常日頃から持続させた意識が師の教えによって触発され開いたもので外見上は突如と見えるだけです。

『 心を求めても分からない、心というものは分からないもの、実体がないもの、分からないことを分かろうとするから悩む、コロコロと変転止まないものに安定を求めても不可能なこと。

それを知るには修行の途中で答えを出そうとしても無駄、分かろうとして努力したけれど、どうしても分からない、迷ってもそれが当たり前だと知る、その時に初めて解脱できる。

空は求めなくては分からない、求めている内も分からない。』

「不安の種」をもってこい。それは不安の種を見つけてくることです。不安の元探しを始めてください。

達磨が「その"心"をここに持って来い」と言ったのに対して、二祖が「心不可得」

(心が見付けられませんでした)と言いました。

その「心不可得」の一言にこの公案の答えが秘められています。

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無門関 四十二、女子の出定

昔、ある時世尊の所に文殊菩薩がやって来て、丁度諸仏の集会が終わって、各々帰るところだった。その時一人の女人が仏座の傍で禅定三昧に入って帰ろうとしなかった。

文殊は世尊に「何故、女人は仏座に近づくことができて我々は出来ないのか」と問うた。世尊は答えて、「汝が女人を三昧から覚まして直接聞くがよかろう。」

文殊は女人の周りを三度巡り、指を鳴らすこと一下し、梵天に連れて行き神力を尽くしてみたが、出定させることは出来なかった。

世尊が言った、「たとえ百千の文殊を集めても出定させることはできない、下方十二億恒河沙の国土を過ぎた所にいる罔明菩薩が女人を定から出すだろう。」

直ちに罔明菩薩が地より湧出して世尊に礼拝し、命ぜられた通りに女人に指を鳴らして一下すると、忽ち三昧から出た。

文殊は智慧の仏として有名ですね、であるのに定から出すことができなかった、仏の位からすれば下の位の罔明菩薩が忽ち定から出すことができたのは何故か。

世尊は遊び心で文殊に言っただけで、女人を定から出そうが出まいがどうでもよいこと。ただそれだけの話ですが、何のための公案なのかよく分かりませんね。

よくよく読むとどうやら、諸法空相、諸法実相のことを謂っている、諸法空相は人間の知情意が起ころうとしている状態で、智慧の文殊が働く所は空相から現われる実相の方。

人間の業縁は知情意の働きではどうしようもないことで、女人とご縁があったのは罔明菩薩だった。実際の世の中のことは縁者しか解決することが出来ない。家族間の問題も縁のある者でなければ解決しない。

どんな叡智であっても分からないことは解決しようがない。そんなことは当たり前のことですけど、文殊が出来ず罔明が出来たのは単に因縁の違いだけであって、それが文殊の個性であり面目であるからそのまま風流だということです。

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文殊は『七仏の師』といわれる尊いホトケ。

罔明菩薩というのは菩薩修行の初心者にすぎない。

いわば上の上に問題解決ができなくて、下の下に出来てしまう物語。

女人をして妄位の禅定、寂滅禅定という疑似禅とさげすまない方がいい。自分を数量物量単位で考えるとこういうことを言い出す。

ラーメンを食べている人に、ラーメンの話を持ちかけた時と、偉い坊主が悟りの話を持ちかけた時の違い。実相での次元の違いは話にならないということ。偉い坊主も馬鹿にされる。

山に登るのもふもとから登って来たのを忘れて、自分が高みにいても下を見られない例です。せっかく修行して下位次元を脱してもなんにも役立たない。眠りの一つも目覚すこともできません。公案での話は女性の禅定ということですが何でもいいことです。

下の下と上の上がいて上の上が無知無能蒙昧をさらけ出しました。馬の耳に念仏というのがありますが、かいばや人参も上げられないのです。これが最上の知識を持った者のあり方です。

どんな例を引用しても構いませんが、もう一つ、つまり理性知識一辺倒、不立文字信仰、無門関は不滅の公案集、等々が禅定になることだってあるでしょう。下位次元から見れば煮ても焼いても喰えないものをというところです。同次元の話ならば、論争議論我が見解こそが一番、こういった主張になります。

では悟った人はどうするのか。ラーメン食べる人を横目で見ながら知者へのお説教です。

下の下の菩薩はどうやったか、指を一回鳴らしただけでした。座禅中で眼をつぶっていますから音に訴えたわけで、ラーメンの香りでも構いません。五感感覚次元と同じ次元となら簡単に折り合い接触交渉ができるからです。

下の下ができた理由と上の上ができなかった理由

罔明菩薩は最低喰って生きていくだけ、欲望の充足があればいいだけの菩薩。文殊は最高の智恵を持った菩薩。それぞれウの次元の五感感覚による欲望の取得を目指し、オ次元の知識記憶理性による概念の取得を目指す。

この二者の登場人物に対応する女人がいることになります。

五感感覚の欲望次元にいて罔明菩薩に応答する女人と知識概念次元にいる女人です。一応別別の次元にいる女人がいるとしておきます。

こうすると文殊が眼をさませなかった意味がでてきます。

違う次元でのは話し合いはできないというのは既に示しました。ここでは同一の土俵にいる時に噛み合わない場合です。

文殊、女人ヲ遶(メグ)ルコト三匝(ソウ)、指ヲ鳴ラスコト一下ス、乃チ托シテ梵天ニ至ッテ其ノ神力ヲ盡セドモ出ダスコト能ハズ。

女人を理解しようと外面内面分析し帰納演繹、総合正反合等あらゆる理知を繰り広げました。しかし眼ざませることができませんでした。何故でしょう。簡単なことです。女人の現在に到達していないからです。文殊のもってしたことは過去記憶概念による操作でした。それによって現在の女人を計ろうとしていたに過ぎないのです。

これは一般的な解ですが女人が文殊することを理解していたとすると、文殊に答えないという形になります。同じ土俵上で相手に答えない時は、文殊のそれぞれの問いに同調がとれないからです。

文殊はを見て疑問を感じても女人はその行為の中にいるのですから疑問を受け付けません。

次に文殊は自分に蓄積された知識全体に問いますが常に過去概念に問うことなので現在の女人の後を追いかけるだけです。

次に知識全体に照合して今に統合されるような理論考えをしようとしますが、女人は女人の経験にあるのでその経験までカバーできません。

次に文殊は表現できるもの相手に知らせられるものを自分に探し組み立てますが、女人は聞く耳を持ちません。香水なら気を変えるかもしれませんが。

次に文殊は表現できるものが相手に到達するものと心に決めていきます。しかし女人は禅定にいることが女人に決められたことなので文殊ことなど見向きもしません。

次ぎに文殊は決めたものを実行する名目を自分に立てます。女人には文殊の名目など彼のものというだけです。

こうして文殊は行動します。「もし、女人よ。おい、女人や。やい、女人」女人はその言葉の意味が伝わりません。

こうして文殊は次の手を考え探しますが、女人はもう殆ど眠っています。うるさい文殊にうんざりしています。あるいは同意せず反対のこと、ろんぱくはんぱくすることなど、あるいは単に自分の態度を保持することなどを思っています。

ここで文殊はいろいろなことを次々考え知性を傾けますが、女人には通じません。

あんまりいい例じゃないですね。

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無門関 四十三、首山の竹箆

首山和尚が竹箆(竹べら)を掲げて衆僧に示して言った、「これを竹箆と呼めば、名称に囚われる、竹箆と呼ばなければ名称の無視になる、さあ、お前たち何と呼んだらいいか、言ってみろ。」

無門曰く、「言うわけにいかない、言わないわけにもいかない、さあ言え、さあ言え。」

第四十則のてき倒浄瓶と同じことを言っていますが、あちらは足で蹴飛ばして答えましたけど、こっちは「言え、言え」と。どうしようもないから「渇!」とでも言ってしまうか、横っ面をぶん殴るか。

こういうのを「両刀を裁断すれば一剣天によって寒し」、言ったらどうなる、言わなかったらどうなる、それで迷ってしまう。それでどうにもなるものではなかったら、パッと切ってしまえば両方とも。そうすると真ん中に天地に通じる大刀が立っている。

竹箆(しっぺい)と言う言葉に縛り付けている、お前も縛られている、汝言え!とでも言ってもいい。そうしましたら相手もこいつは知っているな、ということが分かる。

どうしてこういう言葉が言えるか、自分が自分を縛っているものを払い落とせば、ぜんぜん面識のない人に「こんにちは」と声をかけられたら、「こんにちは」と返しても、「誰だったかな」と一瞬いぶかしく思うはず。

竹箆(しっぺい)だから、竹箆(しっぺい)と答えたと同じこと。そういう時に自分が知らない人に対して、何の疑問も感じずに答えることが出来るか、それを心の中で見つけなければならない。

それが禅なんです、「こんにちは」と戸惑いの返事は心の中に迷いがある。道すがらに突然知らない人に挨拶されたらね、誰だって頭の中を駆け巡るでしょ、それが言霊オ。知った人でも知らない人でも大きな声で「こんにちは」って答えられるのが言霊エ。

だから問答は斬ったか、斬られるかの真剣勝負です。禅は剣を交えての勝負ではなくて挨拶一つで勝負するのですから、一瞬にして悟りがどの程度進んでいるのかが分かる。

---- http://imakoko.seesaa.net/article/117436328.html からの引用でした。---------------------

禅は禅体験を最高としてしまうと自分の体験を表現することができません。悟り体験を説明しそれを名付ける命名という言葉の創造行為が上位になってしまうからです。

しかしこれも悟り体験者たちの変な地位独占というか地位保全欲から起きているもので、不立文字などという言葉を発明してまでも自分を守りたいからにほかなりません。

不立文字というのは単に悟り体験の下位次元に向かう時に不立になるだけのことです。不立に意味がもたらされてるのは上位からきています。

日常生活経験では悟り体験と同じ構造を持つ、感情の表現が普通に行われています。

朝日の昇り立つのを素晴らしく綺麗という時、自分の感情を言葉で説明できませんが、過去概念経験記憶知識で現在を説明できない悟りを得るとかいうことと同様のものです。では日常ではその後どうするかといえば、社会的な共同的な行動を呼び覚ますのです。

例えばこの呼び覚ます為に文字、言葉を使用します。その時は自分の心の説明できないものを分かりつつ直接得られたものの共有を相手に選択させるように働きます。その場にいる人には声をかけ指で指し示し、手紙でなら相手が同じ行動を選択するように自分と一体に成った行動の喚起を綴ります。

これは禅などのように単なる自分の心説明ではありません。自分の心を主眼としたものではなく、体験した一体性を主眼として相手に行動喚起を呼びかけるものです。自分の心を説明するには不立文字ですが、相手の行動を喚起するには共立文字です。

「見て見て、キャアーきゃあーワーワー」というのは自分の心の説明でなく、共感を共有しようというもので、以心伝心を誘うものではなく、その人なりの言語表現となるものです。

これを逆に見ていき、公案を分かる方向に了解しようとするのを、分からないことを分からないとして共有共感してもらうようにすることもできます。この場合も分からないということを説明するのでなく、分からないという感情そのものを共感してもらうことです。

子供はこの事を天才的に了解していますので詳細を語りません。大人はどこがどうしてどんなふうにと時間場所限定された状況を知的に欲してきます。もし子供が限定された部分を示すと大人の関心はそこだけで終りになります。うまくいかなければ次の限定部分に移ります。子供の智恵はそれを見抜いていますから甘えるには不明瞭な全体状態でいることにします。こうして子供は勝ちます。

公案は分かる方向にしか見ませんから、子供の実践の智恵がありません。これは悟り禅に限らず、宗教全般にも同じことが言えるようになります。自分の心、自分の宗派教団の教えだけしか見ず、全体の共感共有を求めて社会性を選択させることが宗教にはありません。子供の智恵はそこにいるどのような大人も引きつけます。

子供はわけの分からないことをそのまま表現して成功させるのです。自分を説明しようとする不立文字など必要としていません。

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無門関 四十四、芭蕉シュ杖

芭蕉和尚が衆僧に示して言った、「汝にシュ杖子が有るなら、我汝にチュウ杖子を与える。汝にチュウ杖子が無いなら、我汝のチュウ杖子を奪うぞ。」

無門曰く、「このシュ杖子にたすけられて橋が落ちた河を渡り、月の無い暗闇の村へ帰ることが出来る。シュ杖子に形が有ると思うなら、たちまち矢の如くに地獄に堕ちるぞ。」

マタイ伝に同じことを言っている箇所がある、「この故に汝ら聞くことを慎め、夫れ持てる者は与えられ、持たざる者は持てりと思うものを奪はる。」

たすけては、それを思っていればという意味、そのシュ杖子を以ってすれば。シュ杖子とは判断力のこと、その判断力というのは自らが身に付けたものじゃなくて、生まれた時から授かっている、それが無いと見つけられないのなら、もっと奪ってしまうぞ、有ると思っている人にはどんどん与えよう、有無を問えば、有って当り前、でも無いとすれば、どんどん奪われてしまうぞ、ということです。

シュ杖子は根源の力ですから、世の中にこれ以上頼りになるものはなく、これのみが頼みとするに足る唯一のもの。人が判断をする是非善悪、利害損失、愛憎好悪、経験知で判断せずに、それをも活用して運命を切り開いていく。

逆から説明しますと、シュ杖子は無ければならない、然し有ってはならない、無ければならないのは人間先天本具のシュ杖子、シュ杖子とは杖のことですから、有ってはならない杖に頼るのは、信念、主義、信仰、教義などの経験知。

そうした杖に頼ろうとして何も用をなさないものだと分かった時、頼るべきは自主自律した無ければならないチュウ杖子だと分かる。持っているとしても借り物であればその杖を奪われ、持たずしてひたすら求める者に与えられる。

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まるで金銭、肉体みたいだ。

利用使用するもの、所有するものはこういった運命。

だから知識も同じことで、有用性、使用価値を得るものは全部そうなります。

無地無色透明が維持できればそういうことにはなりませんが、少しでも反省の心が付加されるとそうなります。白紙に何かを書けば書いたことは増えるが余白は狭くなります。爾に杖有ラバ、我レ爾ニ杖ヲ与エン。爾ニ杖無クンバ、我レ爾ガ杖ヲ奪ワン。

これが知識になると、概念記憶がどんどん増えていきますが、その得た概念に規定されて頭の融通をさを失います。絶対これだこれしかないという塊しか出せなくなります。

赤ん坊は白紙でいられる間は無限無数に得ていきますが、ものの判別が付いてきますと、その判断に禁止が加えられます。好き勝手なことができず、その家風、社風、集団、国の習慣の中に落ちていきます。不立文字だなどといってそこから抜け出せないのも同じことです。

禅の勉強をしてそれを極めても山頂に座るしかなくたまに下界に降りてきても分からないことを言うだけです。

この理性知識は偉大なものです。今までのどのような問題も解決してしまいます。

ただこれから起こる現在ある問題に手が出せないというまるで駄目なものでもあります。今これから起こることに何もできないので木偶の坊といわれていくでしょう。

さて使用できない知識ならとっとと奪われて早く身を軽くした方がいいのです。

では金銭を得たい、肉体を鍛練したい、知識を得たい、悟りを得たい、という欲望そのものはどうでしょうか。

欲望は所有されるかされないかが問題です。利用価値だとか有効性だとかを問いません。今ある欲望が今あればいいのです。欲望がどこからきてどうなるかに何も自覚はありません。

知識は欲望の内容を知ることです。関心に応じてシュ杖子はなんであるかを知ることで、過去の概念で説明できればいいだけです。知識がどう出てきたかの自覚もなく、得たものがどうなるかの行方も知りません。

過去の全歴史を引き連れて何であるかは分かりましたが、現に保持実在しているのを示してはいません。欲望は現在だが知に関心はなく、知は現にあるものに疑問を持つが過去からしら見ることができません。

そこで現にあるものを現在のままに見ることが感情次元での了解になります。現在は過ぎ去り行くものですから、現在あるものを維持保持して現有化し続けることになります。現にあるものの保持ですから現在の自覚があります。

欲も知識も常に前へ進むことによって獲得する性質がありますが、現時点に立つ感情領域の保持は了解した途端に過去へと引きづられてきます。そこでこの次元の特徴は後ろへ、退歩して現時点を維持しようとするものです。座禅悟りもその一つになります。

ここまでで何とか現在をつなぎ留めておくことができるようになります。以上の三種はそれぞれ勝手な自己主張によって自分の存在を現します。これが生存競争の社会となって増大と不幸をもたらしてきました。

しかしここには未来がなく、これから何をどうしたらがありません。ものを落とさないように保っているだけです。それが宗教悟りの与えられた役割です。

次ぎに生きてあるものを如何にどうするかの次元がきます。宗教、悟りにはない次元です。

前三つ次元を総合し方向を指示します。前三者の勝手な個人主義性を社会共同性の中で選択方向を与えます。無自覚な現れでしかありませんが今までの政治、道徳が仮に牽引してきていました。

信念、主義、信仰、教義などの経験知などの勝手な主張の元に世界が廻っていたのです。それらの間には相剋協調疑惑葛藤が起こり、その時々の状況によって肉体武力によるか、知識陰謀欺きによるかで問題を解決してきました。

近年はそれらの解決法では何の力もないことが広範に知れ渡っています。

三千年続いた武力による歴史も既に終わったという予感が誰にもあります。

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無門関 四十五、他は是れ阿誰そ

東山演師祖曰く、「釈迦弥勒は他人に過ぎぬ、然らばこの他人とは一体誰なのか」。

無門曰く、「もしこの他人が誰なのかが分かったなら、十字路で親父に出会ったようなものだ。他人に向かって彼が親父かどうか問う必要はない」。

頌曰く、「他人の弓を引くなかれ、他人の馬を駆るなかれ、他人の非事を気にするなかれ、他人のことをしるなかれ」。

自分が釈迦弥勒なのであって、それじゃあ、他人の釈迦弥勒って何だ、それを求めるのは次元オの釈迦弥勒、勉強している釈迦であり、弥勒であり、教えられたもの、それに頭を下げて何になるんだ。

お前自身が釈迦であり弥勒であると自覚するまでは追究をゆるめるな、砕けて言えばそういうことになる。他の釈迦弥勒がハッキリ分かったならば、他人に聞いて釈迦はこう、弥勒はこうと聞く必要はない。

知ってしまえば、自分の心に問うて、弥勒だの釈迦だのと区別することはなかろうに。なかなかそのように聞かれると「釈迦は俺だ」と言えないでしょう。断言出来るまではあーでもない、こーでもないという。

知識で釈迦や弥勒はお前にとっての釈迦弥勒じゃないだろうと言う事です

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東山演師祖日ク、釈迦弥勒ハ、猶ホ是レ他ノ奴。且ク道ハ、他ハ是レ阿誰ゾ。

わたしを中心にすると、

欲望、知識、の釈迦弥勒までがわたしの家来

感情、の釈迦弥勒はわたしの友達

選択、の釈迦弥勒はわたしの分身

意思、の釈迦弥勒はわたし。

釈迦弥勒は過去現在未来のことでつまり何時でもということとすると。

欲望、知識、の釈迦弥勒・何時でも・がわたしの家来

感情、の釈迦弥勒・何時でも・がわたしの友達

選択、の釈迦弥勒・何時でも・がわたしの分身

意思、の釈迦弥勒・何時でも・がわたし。

もう一つ

釈迦弥勒の欲望、知識、までがわたしの家来

釈迦弥勒の感情、はわたしの友達

釈迦弥勒の選択、はわたしの分身

釈迦弥勒の意思、はわたし。

最後に、「他」からみると

釈迦弥勒の欲望、知識、の空相は私と同じ「他ノ奴」

釈迦弥勒の感情、の空相は私と同じ「他ノ奴」

釈迦弥勒の選択、の空相は私と同じ「他ノ奴」

釈迦弥勒の意思、の空相は私と同じ「他ノ奴」

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無門関 四十六、竿頭、歩を進む

石霜和尚曰く、「百尺の竿頭からいかに歩を進めるか」、

又、古徳曰く、「百尺の竿頭に座って悟りを開いても未だ真ではない、百尺の竿頭から歩を進めて、十方世界に全身を現せよ」。

無門曰く、「竿頭から歩を進め、身を翻し得たなら、何処であろうと嫌う処はない。尊くない所はない、だが、いかに歩を進めるか」。

頌曰く、「大自在の第三の眼を見開くと、却って百尺の竿頭が禅の定盤星如くに思えるが、身を捨て命を捨て、衆人を指導引率し誤まりなくことを期することが出来る」。

どの公案も同じことを言っております。一つの公案が分かればすべての公案が解けますから。

百尺竿頭に胡坐をかいたところで悟ったとしてもまだ本当じゃないよ、東西南北上下の十方世界、ということは全宇宙にその身を現ずるようになりなさい。それには竿頭から歩を進めなければならない。

眼をつぶって覚悟して飛んだとしましょう、即、和尚さんに「渇!」とおっぽり出される。何故なら、飛ぶ勇気があるとかないとかじゃなくて、飛ぶ時に「おっかない」と思うでしょう。

ここで言葉を足さなければならない、何にもしないことと同じですから。竿頭とは何か、「竿頭なんてないじゃないか、それは自分の観念でしかない。だから歩を進めることもない、即ち今ここが竿頭なり」と答えたら。

今ここ、常に百尺竿頭なし

偉いお坊さんに答えたらどうなんでしょう、ぐうの音も出ない、そのように答える人は誰もいないでしょうから。飛び降りる、飛び降りないということは仮定に過ぎない。

坐禅の勉強をしてきて、常に今ここの百尺竿頭に居るじゃないか、今ここから離れることは出来ないことを知ったならば、飛び降りることもない、百尺竿頭もない、常に歩を進めているだろ?ということです。

それをどう表わすか、今言ったように答えるか、「須らく竿頭なし、翻ることもなし、何をふざけた問いを出すのか」、そう答えたなら誰からも尊と呼ばれるよ、百尺竿頭に登ってしまえばこのように言われる他にない。

でも、百尺竿頭は悟ろうが悟らなかろうが「今ここ」なわけです、百尺竿頭というのは「今ここ、常に百尺竿頭なし」と答えたら、飛び降りることもなし。同じような場面でそれを言えるかどうか、明日になるとケロっと忘れる。

その竿頭どこにある?

私は小笠原先生から教わったことはないですけど、自分で「わかった!」としても、自分が理解できたのはどういうことだったのか、次の日にはまったく分からなくなる、それは今ここの心を閉ざす何か。

それは百尺竿頭って何だとする心、問いに限定されてしまう。問いに対しての答えですから、33m上の棒の先から飛び降りろと言われても答えられないのが当たり前。死ぬこと承知で飛び降りたら馬鹿ですよ。

でも、そこで足元を見て、人間というのは昨日から今日に来て明日に生きるというものじゃない、常に今ここに生きている、昨日も明日も今の思いにだけにあるもの、飛び降りる、降りないは関係ない。

竿頭なんてありゃしない、でも和尚さんに言われるとあるように思う、所謂、固定観念からあるんだろうなと思い込んでしまう。和尚さんに歩を進むべしと言われたら、カラカラと笑って「その竿頭どこにあるの?」と答えたら、そういうことかと分かる。

経本を読んでしまうと、そこに書いてある字を星と呼ぶ、その星を認めるということは書いてある内容を勉強することになる。それは理屈なんですから、そこに頼ってしまうと身を捨て、命を捨てることになってしまうよ、真実はなくなってしまう。

禅の教えから一番遠いところに行ってしまう。何か本を読んで書かれている内容に自分が感服して自分の考えとしたら、人間はその時から眼が眩んでしまうよということです。

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「百尺竿頭、というのは修行者の登りつめたところ、サトリの境地のことと考えるらしい、可能だと思うことの限界、まわりには空間しかない、竿の先にしっかりと座り、全てから自由な自分を得た、講習中の旗竿の先、講習内容の全部分かったその先のこと、、、」、

なんて言うのがありましたが、無門関は悟った人を相手にまだ先があるよなんてそんな野暮なことは言いません。というよりわれわれ相手です。

東京タワーの上から飛んでみろというと実際登れるものですからそんなことは言えません。さお竹の先っぽに設定が変更になっています。旗を立てるかパンツを乾かすぐらいのものです。嘘をホントらしく聞かせるのがコツとなっています。

真面目に本当に行為することを言っているのでしょうか。禅には行為の世界などないのに疑ってしまいます。

頌に曰く

頂門(頭の上)の眼を瞎却(かっきゃく。目が見えず、くらくなること。)して、錯(あやまって)って定盤星(じょうばんじょう)を認む。身を拌(す)て能く命を捨て、一盲衆盲を引く。

これはもう無門関という書物を指したものとしてしまうほうがいい。金科玉条はここにもあります。無門関ナンバーワン。不立文字ナンバーワン。以心伝心ナンバーワン。ナンバーワンアズナンバーワン。

無門関を玉条本にしてしまうことを戒めています。

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無門関 四十七、兜卒の三関。今ここ。

兜卒(とそつ)悦(えつ)和尚は三つの関門を設けて勉学者に問うた、

一、すべての迷いのもとである煩悩を祓う人間の悟りの根源に入るには、ただ自らの性を見ることにある。只今の君の性は何処にあるのか。

二、自分が何かを知ったならば、眼をつぶって死んだ時、如何にその生死を脱し得るか。

三、生死がどういうものか分かれば、死んだら何処へ行くのかが分かるか、地水火風(心身を構成している)の四大要素が分離して何処へ向かっているか。

無門は曰く、「もし、三つの問いに答えることが出来れば、随所で主となり、縁ある宗派に従って宗師になるだろう。答えを未だ然らずんば、粗末簡素な食事は飽きやすいが、よく噛み砕いて食べれば飢えることはないだろう」。

頌曰く、「今ここの一念の中に過去や未来の全てがこもっている。今ここに於いてそれを見破ることが出来たなら、自分が無量永劫に立ち、同じく永劫に立つ者の心が分かる」。

自分の本性が何であるかを知ることは勉学者にとっては同じことの繰り返しで飽きやすい。それでも噛み砕くように勉強していけば、修行の種は尽きずに悟りの道を行くことになるだろう。

この三つの関門は無門関の総結論、これが解けたら無字の卒業ということになります。

あえて、説明いたしません。ご自分ならどう答えるか・・・ヒントを申し上げるなら、無門関に共通しているテーマはただ一つです。

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頌に曰く、一念普く觀ず無量劫、無量劫の事即ち如今。如今箇の一念を観破すれば、如今観る底の人を観破す。

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人の精神性能が五つに分かれていることを示したのがアイウエオの五次元で、その教えを受けたのがインドの五大、中国の五行、聖書の五天使などになっていきました。それらの大本は古代大和に定着したフトマニ思想(現在は言霊学といわれている)ですが、フトマニもどこかの(チベットあたりの)高原地帯から八千から一万年前あたりに伝えられたようです。

佛教思想も五行思想も古代大和のフトマニ思想から学んだものですから、人の心を知るにはフトマニを学んだ方が早道で、わたしみたいに悟っていなくとも大体の悟りの構造と悟りから上の次元があるということは分かるということもあります。

しかしフトマニ学は現在教える先生も人も本もありません。わたしの知っている限りでは、古事記の神代の巻がフトマニ学の正式の教科書で、それを解読された方が島田正路氏で、その教えは言霊の会に継承されているそうです。

それら一切をひっくるめた大本が八千年前のスメラミコトで、神武崇神による原理の隠匿の開始より、フトマニ原理の形だけを真似た神道、天皇家による伝統の維持という形にして現在に至っています。

フトマニの原理とは現在で言えばアイウエオ五十音図のことですから、速い話天皇というのはアイウエオ五十音を理解使用できる人のことをいいます。全て神道と天皇の思想、行事、存在等はアイウエオ五十音図の理解を示唆したものです。

しかし崇神以来フトマニ原理は隠されていますから、島田正路氏お一方がそれを蘇らせ、

http://homepage2.nifty.com/studio-hearty/kototama_ver.1/

に発表されています。

つまり、現神道、天皇は形骸だけを保持維持しているので、スメラミコトの内容は無いのです。

そこで、天皇へのかえりごとが行われるというアナウンスがネットにありました。フロントページ。

http://wiki.livedoor.jp/niwaka368/

さて、三関を答えなくてはなりません。

答は、今ここです。正確には今です。より正確にはイです。

今ここというと現在では時間意識が今で、空間意識がここというように分離してしまう可能性があります。昆虫探しをしている子供が叫びました、かぶと虫がイタぞ。友達と遊んでいる内に物を壊してしまいました、お前が謝りにイケ、二人でイコウよ。刺を踏んで足がイテェ。わたしはここにイマス。これらのイを含む表現でのイは、時間的には今、空間的にはここであることをイの一言で示しています。

不立文字も以心伝心もすっ飛び越えて、はっきりした言語表現でもって、自分の全存在全時間イマココの自分を表現しています。

これは言語学の言うようにイという発声表現が何かを指し示しているのではありません。自分の精神世界そのものの表現なのです。自分の存在と自分の時空と相手の存在と相手の時空とが一致していて自他ともに一言で実在とその内容を現す最高の言葉です。あなたは今ブログを読んでいます。読んでいるあなたがイマス。このイの中に何がある試しに探してみてください。

イ。

イの表現は古事記でもやはりイで伊耶那岐、妹伊耶那美の一対で表現されています。

イのサナギ(蛹)がイザとイザナわれて出て来るということになります。

イのサナギはイの間(居間)にいて、イマ(今)まさに繭を開けるところです。

繭の奥にはサナギがイますが、サナギはサのなぎ(凪)でお声がかかるまでは凪です。とはいってもいつもいつも怪しい誘う乙女であるイ・さなみの誘う状態です。

サは一定の方向に向かって浸透していく音、実体現象、み(実)、実体内容、き(気)を示していますが、イザナわれるまでは凪(なぎ)状態です。何かが向こうからやって来て聞き取り得た分かったという時、自分の中にあるものの表面が更に先(サキ)を目指し(サス)自らの性(サガ)を咲かそう(サ)かそうと指して(サ)いく意識がサで、イのサがうごめいてはいても治まっている状態です。

ナは現象となるものの自己主張である自らに名(ナ)を持つことでそのことによって自らを現象化させます。イの内容を、今の内容を、サの一定方向へ、いざなわれる方向へ、表出現象化しょうと選択されたものに名を付けて、中身を綯い(縄をなう)、鳴き、成り、流れ、名となるのです。

禅でいう不立文字というのは本来は嘘で、過去経験概念次元での名が無いだけで、その知識知性をもっしても下位次元では説明できないことで、悟った次元においてはその体現内容をサトルという言葉で発せられます。

下位の知識経験概念次元からは説明しきれないけど、悟り、サトル、サを取るというはっきりしたサの自他との実体と内容は得ているので、(サ、精神、意識において、一定方向の実体験、理知の感情的な了解の世界) それをサを取る、と表現しています。

伊耶那岐は主体側の働きですが、自らの内に受容側の自分の実を得る実質を含んでいます。ですので伊耶那岐は自らの動く根拠を自分内に抱えているから自分を実現できます。

伊耶那岐のイは自分であり相手であることと相手の内容が自分であることを自覚できるイです。

自分がイマイルという言葉の感情感覚を得ることが答ですが、問いに応じて所作であったり言葉であったりになるでしょう。

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無門関 四十八、乾峯の一路

乾峯(けんぽう)和尚にある僧が問うた、「十方の仏(薄迦梵=バガボン)の中に涅槃に到達する道(悟り)はただ一つであると言うが、一体何処にその道はあるのか」。

乾はシュ状を拈起して空中に一字を書いて曰く、「ここにある」。

後にこの僧が雲門和尚にも問うた、門は扇子を拈起して曰く、「扇子が飛び上がり三十三天に上って、帝釈天の鼻腔に当った。また東海の鯉魚を打つこと一棒すれば、雨が盆を傾けるが如くに降るようなものだ」。

無門曰く、「乾峯は深々たる海底に行って高々たる山頂の道を示し、雲門は高々たる山頂に立って白波を天に掲げた。共に宇宙の中に大現象を起した。仏の道に入ることは、高い山頂に立ち海底の水をばら撒くことが出来るし、海底にいながらその砂を天にまで吹き揚げさせることが出来る、共に宗乗の意義を立てたが、この二大老未だ涅槃の一路を知らぬ」。

頌曰く、「未だ足を揚げないうちに到っており、未だ舌を動かさないのに既に説き終わっている。だが、たとえ着々と人に対して先手々々と制していっても、この涅槃の一路に透入するには更に向上の要関があることを知らなければならない」。

禅を含めて仏教、キリスト教、儒教は教えを説いていますが真理を説いているわけじゃない。真理を言ってはいけない時代の教義なので当たり前なのですけど、だからア止まりの修行でしかないわけです。

涅槃への一路を辿っていく過程の道でしかないので、涅槃とは何ぞやには至らない。

無門関の最終公案四十八則は悟りとは何処にあるのかと訊いたら、乾峰和尚が地面に一文字を書いてここだと示した。その時は分かったつもりだったが、雲門和尚にも同じ質問をした。

そうしたら扇子を投げたら須弥山の帝釈天の鼻の穴に突き刺さった、その扇子でバシャっと水を打ったら、東海の鯉が飛びあがって盆を逆さにしたような雨が降ったようなものだよと答えた。

お前が願えばちゃんと通じるものだよと。どんなことをしても仏様はお恵みを下さるよ、無門曰く、「両和尚が言っている事は一緒のことだ。だが、ここにあると者裏に言った事をくさした」。くさしたとは禅宗では誉め言葉にあたる。

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何でそんなややこしいことをするのかって、真理を知らないから、アより上の境地があるということを。でも偉い坊さんが知らないというわけにいかない、現代人に百尺竿頭一歩進めなんて言ったって落っこちて死んでしまうじゃないかって。

無門関の禅箴(ぜんしん)を「島田君、君が説いてみなさい」って亡くなる少し前に言われて、訳してお見せしたら「こんなもんでいいでしょ」って。何が書かれているかっていうと、禅の心得みたいなもので。

規に循い矩を守るは無縄自縛・・・規則や仕来りをただ遵守しているだけなら縄がなくとも自分を縛っている。

縦横無碍なるは外道魔車・・・かといって放縦に振舞うのは外道というものだ。

存心澄寂は黙照の邪禅・・・自分の心があると思って動かなくしようと念を入れ心を鎮めようとする、黙っているだけが禅とは言えない。

恣意忘縁は深抗に堕落す・・・思いつくまま縁を忘れてしまえば深い抗に堕ちる。

惶々不昧は帯鎖担枷・・・目を爛々として道理に暗くならないようにするは自分の首に枷をはめるようなものだ。

思善思悪は地獄天堂・・・善い、悪いを思惑すれば地獄に堕ちる。

仏見法見は二鉄圍山・・・ただ有り難がっているだけでは二つの鉄圍山を見て須弥山見るを得ず。

念起即覚は精魂を弄するの漢・・・念を起して即、自覚したと思うは自分の心を弄ぶ者。

兀然習定は鬼家の活計・・・思いついたことをやったり、習ったことを反省せずにやりつづけるのは地獄に行くやり方だ。

進む時は即ち理に迷い、退く時は即ち宗に叛く・・・進もうとすれば理に迷い、退かんとすれば宗にそむく。

進まず退かざるは、有気の死人・・・進まず退かずならば息があっても死体の人。

且く道え、如何か履践せん・・・さあ、如何に禅の道を踏み行なうことが出来るのか。

努力して今生に須べからく了却すべし・・・努力してこの一生の間に卒業せよ。

永劫に余おうを受けしむることなかれ・・・永劫に迷いを受けることなかれ。

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諦めることは明かに見ること

概念で物事を捉えようとするとこういうことになる。今の時代に適応しないのですね、もう禅てい自体が。矛盾だらけになってしまってね。禅だけでは世の中治まりませんから。

治まらないことを知っていてするのはそれだけで慢心です。ということは禅宗そのものが陥ってしまっているということです。禅をある程度マスターしたら諦めたらいい。禅なんてものはあてになんないなと知れば。

ただ今ここに自分が住んでいることを有り難いと受け取れるかどうか、それだけのことなんです。受け取れないとしたらどうして受け取れないのか、自分の暗いところに意義を認めてしまうから、その考え方はダメということを知ればいい。

そんなこんなでウロウロしていてもここまでこれたことが有り難い、それか、もう色んな思いを捨てて、今ここにいるということがどんなにありがたいことなのかを知る。禅を一応こういうことかということは必要ですけど、それに準ずることはしない。

------------- 全て引用です。 ---------

●●●ここから●●●

無門関、感想。ありがとう。

仏教の難しい言葉づかい、禅公案のチンプンカンな書き方、それらを分かったような顔して説教する坊主たちの哀れな顔付き、繰り返して喋っていれば知らなくとも年季が入った言葉を使うようになる。99%の高僧もそんな調子のようです。

だからこそ悟りは生半可じゃないとうまい具合に応援を引き入れる。

年季が入って下っ端の羨望の目つきが分かるようになると、悟りは日常に転がっていると言い出す。

ここまでくれば悟った積りで大きい顔をしていれば後は下のものが引き上げてくれる。現代の心理学で言えば、分からないものを有り難がるとか高いものを嬉しがるとかいうものでしょう。

何も分からなくとも一言言っておけば下が勝手に考え唸っている。こうして数千年間が流れました。

これがわれわれ分かっていない者から見たほんの少数の開祖達を除いた真の仏教の歴史です。

人は何故このような心の詐欺みたいなものに気が付かなかったのでしょうか。あるいはこれは歴史の必然だったのでしょうか。お釈迦様でも手が出せず、大衆を社会を世界を導くことが許されなかった歴史の必然ということでしょうか。

本当は分かっていて、教えたくとも教えてはいけない事が悟りの上にあったのでしょうか。それを分かるものが数百年に一人出て、確認だけしていればいいとういうように仕組まれたものなのでしょうか。

これは単なる思いつきの歴史観でしかないのでしょうか。そうであったとしても、ここには全人類的に明かすことの許されない心の秘密があるということのようです。

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それが分かった時ありがとうというのは、これに触れることができ明らかとなり、有り難いと成ったからでしょう。

そこで、ありがとう、ありがたしは、本来「有ること」が「難い(かたい)」、すなわち「滅多にない」や「珍しくて貴重だ」という意味であったということです。

古代大和言葉でありがとうを探してみましたが、有ることが、難いというところまでしか行けません。有ることの説明が無いのでそれ以上進めませんので、わたしの考えを加えておきます。

ありがとう。

ありがとう、有り難し、有り得難し、有り得ない、有り得ることが難し、有りというのはアのことわり(理)のことで、アのことわり(理)が得難し、あき(明)らけしアのことわりを得ることができた、ということで、五感感覚、知識理知概念をアの感情次元にて了解できることをいいます。

当然悟りもその一つです。

あきらけく吾知ることを〔出典: 万葉 3886〕 とあるごとく、明き心(あかきこころ)を得た時の感動の情緒が基盤となって、五感感覚(ウ次元)、知識理知概念(オ次元)をアの次元で得た自覚をいうものです。

アのことわりを得ることが難い、というのは最初からそうであるのではなく、まずは何が何だか分からない前段があります。有り難いというのを知ることは既に有ることが分かった時で、それが有るか無いか朦朧とした不明な状態が前提されています。この状態がなければ何も問題は起きません。ですのでここに意識の芽生えが誘われる有り、の兆しが産まれます。

感情、情緒、悟りなどが突如と出現しますが、現代的にそれらを潜在意識とか前意識、集合的無意識、等の心理学等で説明しますと肉体組織上のあるいは頭脳内経験上の性能、機能と結びつけられて、意識の活用と機能操作による思いの獲得のような、経験領域の操作のようなものになっていきます。

座禅もその一方を担いでいるので、精神統一とか肉体操作法が発達していますが、アの理を得ることとは別のことです。無門関には座禅中に悟った例がありません。

ありがとうの有り、アの理、を得るということは頭脳内肉体経験上の現象を獲得することではなく、宇宙世界実在が自他との共有情緒感情として結ばれた時に出てくるものです。これは自覚的な後天現象として操作できるものではなく、先天領域に属しています。

人の手におえない先天領域なら自然にほっておいても起きていくことかというと、それは自然過程内にいる動植物ならそういうことになりますが、この先天構造は人の意思の上に乗って揺り動かしてきます。これがアの前提となるものです。

これは人の意思の上に乗っかかるものですから、人の意思のはるか上にいます。

ここから先を話すと霊界とか幽界とか怪しいことになるのでここまでです。

ですが古事記の範囲内で話すなら、ここの領域を扱う神の名は高御産巣日の神と名付けられていて、タカミムスビ(言霊ア)をよく見ると、高みにいるものが、高みの見物によって選ばれた者、物と?み結ばれるという精神宇宙をその構造通りに現した名前になっていることが分かります。

自分の自我だ意志だなどといったところで、その本体は高みの見物をしているわけの分からないものなのです。これがアの理ですから、もともと得難いものであり、それが自分に降り降りかかってくることになれば、有り得ないことが有り得た有り難いこととなります。

これが後に、ありがとうになりました。

高みの見物をしているものが自分の先天構造内降りて来るのですから、自分に降りて来ることで、それは先天的なできごとでも、自分の中で起きた自分のできごとという形になります。それが自分なり自我なりという思いや主張、行為となって、自分がしている積りになっていきます。

こうして個人の自覚という形を借りた恰好の上に成り立つもので、自他ともに了解する共有性社会性が欠如していて、ありがとうの心を社会的に表現しようとするといつもひっかかります。

ありがとうも悟りも感情も、自分が得た、自分から作った、自分の所有している、自覚内でのできことのようにみえます。心の底からありがたい思い、悟り、感情が湧き出て来るように思われ、

古事記で言えば

『 次に国稚(わか)く、浮かべる脂(あぶら)の如くして水母(くらげ)なす漂(ただよ)へる時に、葦牙(あしかび)のごと萌(も)え騰(あが)る物に因りて成りませる神の名は、宇摩志阿斯訶備比古遅(うましあしかびひこぢ)の神。』

の状態です。

葦芽の生命力という説明ですがそうではなく、精神、心内の自我という形になるその出所を語ったものです。

高みにいるものが降りてきて自覚という形をつくるので、その結びつきを形成しなくてはなりません。それが記憶概念との結びつきになります。その時はオの知識の次元が形成され、欲しい欲しいの欲望に結ばれるとウの次元になり、感情情緒に結ばれるとアの次元になり、悟りもこの次元にあります。更に実践選択行為を導くエの次元があり、イの次元の自由な命名創造の世界となっていきます。

それが相手側と?み結び付いて来ると神産巣日の神となって、葦芽のごとく次々と湧きい出るようにという表象の、宇摩志霊妙摩訶不可思議な萌(も)え騰(あが)る物となってでてきます。

無門関には分からなければ座禅してまた出直して来いという、相手に時間を与える場面はありません。座禅し直すことなど一切要求されていません。瞬間的なその場の応答ができなければ全てバチンです。何故でしょうか。

瞬間といっても前後の無い抽象的な数学上のゼロみたいなものではなく、分かったという現象言葉で表現されるまでのことですから、意識内の時間経過も含めた瞬間です。その心は上記五つの次元段階を自由昇降していますが、底辺のイ次元で全てが結ばれているからです。

その時人の心は今有るものを有るとしたいウの欲望世界、今有るものを過去のもので説明して得ようとするオの知識世界、今有るものを今保持現有化使用とするアの世界、今有るものを今以降も有るものと選択するエの世界、そしてそれらを統括して創造表現に導くイの世界、のこの五重の層が(五大、五行、五重の塔等五の思想に結びつくものの起源がここにあります。)一斉に無自覚化、自覚的にか働いています。

そういった観念的な詰まらない詮索は置いといて、公案を出されて何だこれはと分からないのが普通ですから、この分からないという表現をしたことが悟りであるということにしてみましょう。逆立ちしてもえれば悟りとならないこともないとなればいいだけのものですので。

分からないという瞬間的な判断を下した場面をみてみます。そういった類の判断の中にもうっすらと有り難いという思いがあるのを感じてみてください。そん公案分かるか、馬鹿野郎と言う時自分にこっそりひっそりとありがとうを言っていないかみてください。

つうじょうは分からない事はあまり口にしませんが、公案が分かろうと分かるまいと、そういう態度を示す時には何も違いはなく同じ事なのです。ピカソの絵画を見て、現代音楽を聴いて、政治討論会に出席して、十代青少年の行為を目撃して、禅坊主はどうするかといえば分からないのでそこを去ります。

分かった事だけが不立文字、以心伝心ではなく、分からない事も同じでことなのです。子供などを見ていますと、分からないというや否やさっさと投げ出し他の事を始めます。この変わり身の素早さは分からないということの回答になっています。分かったという時も同じ構造です。

公案を出され、抽象画を見ているとします。何だか分かりません。

直接的にも直覚的にも分かりません。

そこで何であるのかと相似や類似や記憶や知識を探すことをしないことにします。通常はここで知識欲が起きますので理知的概念を得ようと頭が回転しますが、概念知識を得ることを拒否します。分からんものは分からん、と開き直ります。

その時の相手対象と自分の全体とが一塊の宇宙世界となって、何も解説規定されるものがないままで現れます。

現れたものは自分の対象となりますから、自分の経験に沿うような対比が行われます。言葉の端々を捕えたり色形に理解できるところを探したりします。

ここでは最初に開きなおった心持ちでいますから、与えられたものを追求規定しようとするものではなく、どんなものにでもくっつき解釈は膨らんでいき、制限されることがありません。

ああならこうで、こうならああでと自在に解釈ができ、分からないのは分からないとはっきりしてきます。

そこでとうとう心の中では分からないという確信が出来上がり落着きます。

そこで回答なり感想なりを述べることが自分に納得されてきます。

ここからは態度、行為、言葉、で自分を表出していけば、分からない、という言葉になり自分に納得された了解している回答は、分からないで有ることが示されます。

これで抽象画や公案で要求された返答を明瞭に回答することができました。

この分からないという自分の明瞭な意識が正解となり悟りとなります。

分かったという了解を得た時と同じことですが、分かったとと言おうと分からないと言おうとそれは単にわたしと公案、抽象画との関係だけのことで出題者、読む人、聞く人等他人、がそれを忖度し判断する事とは別のことです。

きっと、分からないと明瞭な言葉を発するのも命がけとなる公案がどこかにあるかもしれません。

●●●ここから●●●

十牛図 「十.入てん垂手(にゅうてんすいしゅ)」。今後の世界。

即今底の人は跡形が無いから、諸仏祖師方と雖も計り知ることが出来ない。

洒々落々自由自在だ、祖師の教えには無いが法のために敢えて凡情三昧をする。

瓢箪をぶら下げて酒を買いに市へ行き、棒切れを拾うたので杖にして還る。

一杯飲み屋で法談に花が咲き、発心させて悟らせた。

[頌]

胸をはだけて裸足のまま店に出入りする。

野良仕事で泥だらけ、汗顔に灰がべったりだがお構いなく、而も喜色満面。

この徹底した境界には仙人の神通力も秘伝も全くご無用、ご無用。

いきなり仏性であることを悟らせて大安心を得させる、これが本当の仏道である。(井上希道訳)

このように再び、本にかえり、万物が豊かな色を示す世界に、私は何事も起こらなかったかの如く帰ってゆく。脚を現し、腹をむきだし、一見愚者の如くに、町にさすらい歩き、物にあえば物に親しみ、人にあえば人と笑い、見知らぬ人の間で、慈悲を世界にふりまいて生きている。(ネットから)

(鈴木大拙の解説)

この入てん垂手ということがなかったならば、禅宗も宗教ということは言えないのである。

自利はやがては利他でなければならぬのだ。これが(大乗)仏教の眼目であって、仏教徒は人の中に入って、本当に救済の事業をしなければならぬのである。政治家でも金持ちでも、金持ちは金という力を動かし、政治家は権力を行使するのに都合のいい位置にある。この好位置にあるものが、どうしても宗教というものに対して、もっと理解がないといかぬと私は思う。学問のある人、金のある人、それはその人のみのものでない。その学問、その富の力というものは、ただ自分のために使うべきものではなくて、人のために使うべきものだろうと思う。そうなると、ここにじっとしているわけにはいかぬ、外に出て働かなければならぬことになる。

宗教だからといって、ただ個人の安心にのみ資すべきではなかろう。そんなことだけに安んじては、本当の菩薩行はできぬ。自分はこれでいいというところから、街頭に出てこなければならぬ。

それで十牛図というものは、この点について、よく人間の精神の発達ということ、人格の円満ということなどを、まことによく図解で示しているのである。

----以上は引用です。-----------------------

禅も宗教も人間精神の宇宙世界との一体感の獲得を保持し、整理整頓していくだけのものです。

十牛図の最終十番目の段階だけを取り上げます。この物語の主人公も鈴木大拙も得て保持したものはあっても、活用運用するものがありません。赤提灯へ行って話し相手が見つかれば意気投合するというだけです。たまたま見つかった大きな魚に喝を入れればいいのですが、もともと街中の飲み屋などにはそんな魚はいないし、行くだけ無駄なことなのです。それをあたかも数万人に一人の才智を探しているような恰好をしているだけです。

一.尋牛(じんぎゅう) にはこうあります。

[頌] 果てしない煩悩を払い除けては仏性を探す。

探せば探すほど遠くなり、全く方向すら分からなくなった。

疲労困憊して如何にすればよいか途方に暮れる

牛を尋ねる、捜すということが修行の第一歩にたとえらるる。ところが、この尋ねるというのが、そもそも誤りの本で、種々の面倒はこれから始まる。実はなくしていないものを、なくしたと思って捜しているのである。(鈴木大拙の解説)

引用に「実はなくしていないものを、」とありますが、禅や宗教にとっては自分が世界であるという一致経験が保持されていて、そのために自分の存在が前提されています。無い無いといっているのは無いと思っている自我意識、「なくしたと思って捜している」自我意識のことで、自我意識そのものも本来は無いと言い切るところまではいきません。

そんなことを言ったら無い自我でどうしてブログが書けるのだ悟れるのだと言いがかりを付けることができるようになってしまいます。要するに本来の自己が内にあると信じているのです。そのため十牛図を自己捜しの旅というようなよみかたもあります。

この本来の自己が自分にあるとする限り、禅の悟りは自分から出ることができないのですから、社会性はもともと無いのです。引用では、政治は宗教に理解が無いなどといっていますが、政治の下位部門としてどんな宗教もいいように利用されています。

禅も宗教も自我、本来の自己、初発心から出発していますから、行き着く先、そして戻る先は自己にならざるを得ません。政治道徳意識による選択実践行為の共同社会感覚が抜けていきます。せいぜい宗派、セクトという教義で括られた集団を形成するだけになります。

二千年間、悟りや宗教意識が人間最高の規範と思わされ、そういった状況の中にいましたから、当然のなりゆきに為す術がありませんでした。しかし言霊学が復活した後には同じことを言っていられません。日蓮でさえ、この大法が出現したら自分の教えなど陽が昇った後の蝋燭の光だと感じられていたものです。格別言霊学を持ちださなくとも、始祖達は既に宗教の真理、悟り等は日常にあると言っています。ただそれを説明できず行動に移せないけれど、くちでは大乗というだけでした。

今や勉強すれば信者に成ったり、悟ったりしなくてもそれらの構造を話せるようになりました。悟った人や宗教に覚醒した人がこの原理を手にすれば更に偉大な方向へ導かれることでしょう。

宗教は引用されているものが色々とはあっても、師祖の教えです。師祖が神と係わろうと神の言葉を語らされたものであろうと、師祖の口から出たもので、真理を語ったものではなく、師祖の受けいれた教えとなっているものです。教えを勝手に真理と言っているのは取り巻き下っ端連中のしていることです。

師祖の教えとその伝統に沿った教えももともとは悟りとか神を認識体験するとかするだけのもので、この社会、この世界を導こうというものではありませんでした。そのための世界交通、精神的物質的情報面でまだ充分な発達が見られなかったからです。

しかし、現代は全ての条件が整いつつあります。いまや地球単位の時代で、国という殻にしがみついているだけとなりました。一つの地球を指導する頭脳の出現が全人類の願いとなっています。今までにそれに成功しているのが、ウ次元の欲望世界で、端的に金を儲けることが全人の希望となっています。

ウの欲望次元は世界は一つを実現してしまいました。ウ次元から発展した世界は産業経済界となって体制などと勝手なことをいわせながらまもなく一つになります。

ついで科学知識、過去情報の言霊オの次元も国際化されました。知的理性的環境はウの欲望産業次元を引っ張るのに誠に便利にできているので、知識の世界は一つになっていきます。次にくるのはアの感情から沸き起こる宗教次元、感情主張次元の世界化です。

いまのところウ、オの次元世界に都合のよいようにならされようとしています。共産世界アラブ世界未開発国世界での自由、民主の要求などがその例です。アの次元は元々ウ、オ次元の奴隷ではありませんから、まもなくキリスト教関係での目覚めも起きてきて、宗教世界全体がアの体験という眼を持ったところから世界的な反省がはじまります。各宗教でのアの体験は共通ですから自然に世界は一つに向かいます。

このウとオの次元世界を越えるのが宗教であり、悟りであるわけですから、地球規模においてウとオの次元世界を超克しなくてはなりません。個人の世界では色々の時代でポチポチと出現してその伝統が残されています。しかし、世界地球規模でそれを指導する師匠が未だに出てきません。悟るだけでも大変なことですから、それを地球規模で考える頭脳が待たれているところといっても、今までの大宗教の師祖たちでは今の世を作ったのが精一杯のことでした。

政治世界では常に国際会議を開いていますが、世界を指導する頭脳がありません。経済と科学知識領域で一番になろうとして、その為にうまいこと宗教感情を自由とか民主主義とか平等いう形で取り込もうとしています。

世界の政治家に欠けているのは自分らは無能であると白状することです。本当は神にもすがりたい気持ちで世界会議は進められています。自らの無能を白状したところで誰も指導できる人がいませんから皆黙っています。だから白状すくこともありません。自国とか国益とか言ってれば時間がきて会議が終わります。成すすべを知りませんからそこまでするのが精一杯です。

ここで本来は霊の本、日の本、日本の出番となるのですが、霊の元にも指導する言霊学という原理は解明公開されましたが、実際の指導規範がありません。日本には一応数千年間の伝統だけは背負っている家族がいますが、未だに動こうとしません。唯一世界を指導する精神規範を隠し持っているままです。