18【言霊タ】 大事忍男の神(おおことおしをのかみ)

18【言霊タ】 大事忍男の神(おおことおしをのかみ)

昔の人は人の言葉を雷鳴(かみなり)に喩えました。頭の中でピカピカと雷光が走ると、口からゴロゴロと雷鳴である言葉が鳴りわたる。その形容はキリスト教、新約聖書、ヨハネ伝の冒頭の言葉「太初に言あり、言は神と偕にあり、言は神なりき。この言は太初に神とともに在り、万の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。(はじめにことばあり ことばはかみとともにあり ことばはかみなりき このことばははじめにかみとともにあり よろずのものこれによりてなり なりたるものにひとつとしてこれによらでなりたるはなし)……」を思い出させます。また古事記の神名、大事忍男の神とは「大いなる事を起こさせる(忍)主体(男)の実体(神)という意味で、仏教の「一大事因縁」という言葉に似ています。古事記の編者太安万侶は先天構造から一番初に出て来る言霊タの指月の指に大事忍男の神なる神名を当てました。言霊タとは宗教的に、芸術的に、全宇宙がそのまま現象となる音と説明しました。正しくその表現にふさわしい音であります。

言霊タとは宇宙の中で「タ」と名付けるべき一切のものを表現します。そのタに漢字を付すと田(た)、立(たつ)、竹(たけ)、滝(たき)、高(たか)い、平(たい)ら、種(たね)、戦(たたか)う、頼(たの)む……等々が浮かびます。

言霊タの説明によく田んぼの田を用いる事があります。それは何故か、を説明しておきましょう。詳しい事は今後の話に廻し、今は簡単にお話申上げます。言霊は何処に存在するか、と申しますと、人間本来授かった五つの次元性能の中の言霊イ(意志)の次元にあります。言霊イの次元には、人間の生命意志の担い手である五十個の言霊と、その言霊の操作・運用法である五十通りの法則計百の原理しか存在しません。言霊はイの次元にあって、現在の五十音表の如き構造で存在しますから、言霊のことを「イの音(ね)」で「イネ」と呼ばれます。これが稲を作る田の形に似ておりますので、稲の語源としても使われます。五十音表は言霊五十音の構造を表わしますので、五十音表は人間人格のすべてと考える事が出来ます。そこで宇宙全体がそのまま現象界に姿を表わしたもの、即ち人格全体を言霊タで表現するのです。

大事忍男(おおごとおしを)の神

言霊タ 神名は大いなる(大)現象(事)となって押し出て来る(忍)(おし)言霊(男)を指示する神名(神)と説明されます。先天構造から説明しますと、父韻チが母音アに働きかけて子音タが生れます。父韻チとは父韻の章で述べましたように「精神宇宙全体がそのまま後天の現象となって現われ出る力動韻」と説明されます。その父韻チが母音アに働きかけて子音タが生れます。物事(現象)は五母音の中でアの次元に視点を置いて見るのが最もその実相を明らかにします。以上の事から父韻チと母音アと結んで現われた子音タは宇宙がそのまま現象として現われたというのに最もふさわしい姿という事が出来ます。

精神宇宙は五十個の言霊で構成されており、それ以外のものはありません。「宇宙がそのまま現象となって現われた姿」である子音タとは言霊五十個(父韻・母音・子音のすべて)が人間の人格全体として整った姿でもあります。言霊五十個が整った姿と申しますと、私達が小学校の時から教えられるアイウエオ五十音図の如く縦に五母音、横に八父韻、次に縦に五半母音と続く五十音図が思い浮ぶでありましょう。それはまた形が整然と苗を植えられた田んぼに似ております。稲の植え代を田と呼ぶ語源であります。それはまた言霊学で謂う人間の人格の全体をも意味することとなります。

言霊子音タは言葉として田(た)・竹(たけ)・滝(たる)・足(たる)・貯(たくわえる)・助(たすける)・叩(おし)・佇(たたずむ)・戦(たたかう)等に使われます。

父韻と母音が結ばれて子音が生れます。ですから右に述べましたように子音の内容を説明するのに父韻と母音とからの説明は手段としては便利であります。では子音言霊の内容は父韻と母音からの説明ですべてかというと、決してそうではありません。人間の子供はその父親と母親の性質や特徴を合わせ持ってはいます。けれど子供の内容が父母の性質と内容ですべてか、というとそうではありません。子供はその父母の性質を受け継ぎながら、更にプラス・アルファーを持った、父母から独立した一個の人格です。言霊子音の内容もその先天である父韻と母音の内容を持ちながら、父韻と母音とから独立した実相内容を持っています。

右の消息を人間の実社会の現象を例に説明してみましょう。AとBの両人が或るビジネスの仕事でCという契約を結んだとしましょう。するとCという契約内容は確かに契約を結んだAとB両人のビジネス上の希望と計画の内容を含んでおります。と同時にその契約が結ばれた時以後は、Cという契約書はAとBの思惑から離れ、独立した社会的存在として歩き出し、時にはAとB両人の事業に一つの制約を与える存在ともなり得ることとなります。AとBから生れたCなる子がただAとB双方の内容だけからでは説明することが出来ぬものをも内容として持っている事を示すよい例ではないでしょうか。同様に言霊子音の内容の説明に当り先天構造の中の父韻と母音の言霊の内容からの説明が完璧なものではない事を頭に入れて置いて頂きたいと思います。

【註】後天現象の要素である三十二個の言霊子音についての記述とその内容の説明は、人類文明史上、ここ三千年程の間、唯の一つもなかった、と言っても過言ではない。人間精神内の現象の最小要素である言霊子音は正しく宗教、芸術、哲学等の奥義中の奥義であり、世界人類の精神的秘宝であり、そしてまた日本の伝統である言霊布斗麻邇の学問の独擅場(どくせんじょう)に属すものである。それ故、言霊子音の一つ一つの内容を自覚する為には、今お話する父韻と母音の結合よりする理論的想像を基礎として、子音言霊を指示する神名と、その子音が属す島の名並びに子音創生に於ける言霊の宇宙循環等よりする精神の内観に頼る方法を挙げる事が出来る。そして自らの心の内に焼き付く如くに子音内容を自覚し得る決定的な機会は、言霊学の結論というべき禊祓の行法の途上に見える上筒の男、中筒の男、下筒の男の三神によって示される人類文明創造行為の実践の中に訪れる事となる。その瞬間、言霊子音の一つ一つが禊祓実行者の心中に明らかに内観される。