古事記の鏡 11 鏡=音図の作成



音図を通して見た古事記の言霊百神。


私達は日常何を頼りにして話し聞きまた書いたりしているのでしょうか。日本語の言霊学の教科書でもある古事記を紐解いてみましょう。

古事記自体が特殊な成り立ちで、漢字をルビのように使用しながらも、漢文ではありません。日本語を、その音と同じ漢字を当て、またはその意味・内容が同じ漢字を当て て謎謎解きのように自由に駆使しています。何故そうなったかは歴史が解明してくれるでしょう。ここでは音図、五十(百)音図、とのかかわりをみていきます。


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古事記の構成

無自覚先天から自覚、命名、反省、創造へ

・ 先天宇宙

  天地(あめつち・吾の眼を付けて智となす) ~ 高天原(たかあまはら・タとカの吾の間の音図)

・ 母音宇宙

   天の御中主(みなかぬし)の神(ウ)。高御産巣日(たかみむすび)の神(ア) 。天の常立(とこたち)の神(オ)。国の常立(とこたち)の神(エ)。

・ 半母音宇宙

   天の御中主(みなかぬし)の神(ウ)。神産巣日(かみむすび)の神(ワ)。宇摩志阿斯訶備比古遅(うましあしかびひこぢ)の神(ヲ)。豊雲野(とよくも)の神(ヱ)。

 父韻宇宙   (チ)(イ)(キ)(ミ)(シ)(リ)(ヒ)(二)

・ 親韻宇宙   (イ)。(㐄)。

・ 主体主観世界

・ 客体客観世界

・ 意識の領域

・ 子音実体   ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()  

・ 子音機能

・ 子音表現


       

音図ゼロの時。

高天原という音図から始まる。

私達は勝手に考え勝手に喋っていて、その話した内容については安心して自分のものだと思っています。しかし、そんなことは一体誰が保障してくれているのでしょうか。


天地(あめつち)の初発(はじめ)の時、高天(たかあま。天はアマと読む、原注)の原(はら)に成りませる神の名(みな)は、

天の御中主(みなかぬし)の神。次に

高御産巣日(たかみむすび)の神。次に

神産巣日(かみむすび)の神。

この三柱の神は、みな独神(ひとりがみ)に成りまして、身(み)を隠したまひき。

音図ゼロの時と題して書き始めましたが、ゼロの時には何もありませんので書くこともありません。でもゼロは将来の百千万億となるものです。あるいは過去に幾百万であったかもしれません。音図も同様に活動し始めるや変化します。

では上記の原文のどこに音図が示されているのでしょうか。高天(たかあま)の原(はら)にあります。古事記では原は様々に展開していきます。というより古事記の神代の巻は音図の発生成長史と理解した方が良いかもわかりません。枠で囲まれたり、田といわれたり身体に割り当てられたり鏡になったりします。高天原は史実の場所ではなく、また空想上の天上界でもありません。実は頭脳中枢でありその働きであり活動機能であります。そしてそれによって創造されたもの書き表したものです。

五十音図をとってみましょう。表から五十の言葉を全部取り去りその仕切りの枠も消してみましょう。どうですそこにあるのはまっさらな白紙の原っぱではありませんか。私達の赤ちゃんの時のようです。この赤ちゃんの頭脳が進歩していくのです。古事記の百神で現される頭脳も同様です。今度は頭脳上の原っぱをとってみましょう。それを枠で囲い縦横の仕切りを入れて枡目を創り後は言葉を導入すれば音図になります。その後はまっさらな原っぱ、高天原、から言葉(は)の羅(ら)列を規則に変えて、英知に満ちたお顔を模した音図、三貴子、に到るまでを繰り広げています。そして最後には鏡となって斎くようにいわれます。

小学校で習う音図はアイウエオ音図ひとつだけですが、人の意識の進歩に応じてそれぞれの音図があります。ということは学校で習う音図の他に、その都度成長に応じて種類の違った音図があることになります。始めにあるのが高天原という何も無い赤ちゃんの音図であり、これは同時にまた未来に百億の可能性を持ったこれまた赤ちゃんの音図です。その間に様々な音図が介在してきますが、良いも悪いも正しいも間違っているも全て当人の音図です。将来の高天原の音図(太祝詞音図)のみが正しい考え想いに導くものといえましょう。というのも正しいとされる科学的な思考も古事記によれば淘汰止揚されるといわれているようですから。


天地

(あめつち。吾(あ)の眼(め)を付(つ)けて智(ち)と成す)


さてまず、天地・あめつち・とはなんでしょう。テンチではなく日本の大和言葉に読み替えたものです。謎解きで読めば以下のようです。


あ・吾・あたし、私。実在実体主。

め・眼・意識、想い、芽。実在実体の主体側。

つ・付く・向かい目指す所、津(海の集荷所)。働き機能。

ち・智・地に成り智と成る。実在実体の客体側。現象。


天地(あめつち)とは、私・吾(あ)の意識・眼(め)を着(つ)けて智(ち)と成る。

古事記の神話とは最初から意識界の話です。

こうして付いて成ったものが私の天地世界宇宙です。この四文字は次ぎに出てくる十七神の要約でもあり、赤ちゃんの音図の始まりでもあり、最高度な太祝詞音図のはじめでもあります。私達の意識の向かって付いた先が私の天地宇宙です。ですから天地世界はいわゆる客観世界物質世界と主観世界意識世界に分かれます。ところで古事記は実は後者の意識を扱ったもので、現代風に言えば精神現象学となります。

天地(あめつち)の初発(はじめ)の時、高天(たかあま。天はアマと読む、原注)の原(はら)に成りませる神の名(みな)は、で始まる冒頭の高天原に白紙の音図を見つけましたが天地、あめつち、吾の眼を付けて智と成す、ではどうでしょう。高天原は天地に含まれますから更に大きな大宇宙という白紙の音図ということができます。わざわざ話を大げさにすることはありませんが、日常生活で個人の意識を高天原にとれば、地球上の全てのことが天地として始まるといえるでしょう。

高天原の白紙の音図を保障するものは何でしょうか。それは天地です。天地が無ければ高天原もありません。ところが高天原の音図は白紙です。それを天地が保障するとはどういうことになるでしょうか。天地はとてつもなく大きくなければなりません。無窮の大きさを持てばどの点をとってもどの点にいてもその点の持ち主は宇宙の中心に居られます。

しかしただ居て居続けるだけでは、宇宙に、赤ちゃんに取り残されます。そこでどうしても動かなくてはならなくなります。そこで人間の意識は宇宙と共に動くようにできています。

高天原の音図はその初めは赤ちゃんのまっさらな音図ですが、実は赤ちゃんはアとかウとかいうだけで全て正解です。赤ちゃんはアアアというだけで誰からも理解してもらえます。そして大人も自覚して音図が使えるようになると、太祝詞音図と呼ばれ、その世界への運用、社会への適用者がスメラミコトとなるわけです。始めはまっさらな赤ちゃんの音図です。成長していくにつれて豊に複雑になり、その当人の音図を持つようになります。そしてついには天地世界の指導者となるでしょう。


●●●ここから●●●●●●


(零)~~~~~~~~~~

天地(あめつち)の初発(はじめ)の時、高天(たかあま。天はアマと読む、原注)の原(はら)に成りませる神の名(みな)は、

(一)~~~~~~~~~~

天の御中主(みなかぬし)の神。次に

(二)高御産巣日(たかみむすび)の神。次に

神産巣日(かみむすび)の神。

この三柱の神は、みな独神(ひとりがみ)に成りまして、身(み)を隠したまひき。

(三)~~~~~~~~~~

次に国稚(わか)く、浮かべる脂(あぶら)の如くして水母(くらげ)なす漂(ただよ)へる時に、葦牙(あしかび)のごと萌(も)え騰(あが)る物に因りて成りませる神の名は、

宇摩志阿斯訶備比古遅(うましあしかびひこぢ)の神。次に

天の常立(とこたち)の神。

この二柱の神もみな独神に成りまして、身を隠したまひき。

(四)~~~~~~~~~~

次に成りませる神の名は、

国の常立(とこたち)の神。次に

豊雲野(とよくも)の神。

この二柱の神も、独神に成りまして、身を隠したまひき。

(五)~~~~~~~~~~

次に成りませる神の名は、

宇比地邇(うひぢに)の神。次に

妹須比智邇(いもすひぢに)の神。次に

角杙(つのぐひ)の神。次に

妹活杙(いくぐひ)の神。次に

意富斗能地(おほとのぢ)の神。次に

妹大斗乃弁(おほとのべ)の神。次に

於母陀流(おもだる)の神。次に

妹阿夜訶志古泥(あやかしこね)の神。

●●●ここまで●●●●●●


次に

伊耶那岐(いざなぎ)の神。次に

妹伊耶那美(み)の神。

ここに天津神諸(もろもろ)の命(みこと)以ちて、伊耶那岐の命伊耶那美の命の二柱の神に詔りたまひて、

「この漂(ただよ)へる国を修理(おさ)め固め成せ」と、天の沼矛(ぬぼこ)を賜ひて、言依さしたまひき。

かれ二柱の神、天の浮橋(うきはし)に立たして、その沼矛を(ぬぼこ)指し下(おろ)して画きたまひ、塩こをろこをろに画き鳴(なら)して、引き上げたまひし時に、その矛の末(さき)より垂(したた)り落つる塩の累積(つも)りて成れる島は、これ淤能碁呂島(おのごろ)なり。

その島に天降(あも)りまして、天の御柱を見立て、八尋殿(やひろどの)を見立てたまひき。

ここにその妹(いも)伊耶那美の命に問ひたまひしく、

「汝(な)が身はいかに成れる」と問ひたまへば、答へたまはく、

「吾が身は成り成りて、成り合はぬところ一処(ひとところ)あり」とまをしたまひき。

ここに伊耶那岐の命詔りたまひしく、「我が身は成り成りて、成り余れるところ一処あり。故(かれ)この吾が身の成り余れる処を、汝(な)が身の成り合わぬ処に刺(さ)し塞(ふた)ぎて、国土(くに)生みなさむと思ふはいかに」とのりたまへば、伊耶那美の命答へたまはく、「しか善けむ」とまをしたまひき。

ここに伊耶那岐の命詔りたまひしく、「然らば吾と汝と、この天之御柱を行き廻り逢ひて、美斗(みと)の麻具波比(まぐはひ)せむ」とのりたまひき。

かく期(ちぎ)りて、すなはち詔りたまひしく、「汝は右より廻り逢へ。我は左より廻り逢はむ」とのりたまひて、約(ちぎ)り竟(を)へて廻りたまふ時に、

伊耶那美の命まづ「あなにやし、えをとこを」とのりたまひ、後に伊耶那岐の命「あなにやし、え娘子(をとめ)を」とのりたまひき。

おのもおのものりたまひ竟(を)へて後に、その妹に告りたまひしく、「女人(おみな)先だち言へるはふさはず」とのりたまひき。

然れども隠処(くみど)に興(おこ)して子水蛭子(みこひるこ)を生みたまひき。この子は葦船(あしぶね)に入れて流し去(や)りつ。

次に淡島を生みたまひき。こも子の例(かず)に入らず。

ここに二柱の神議(はか)りたまひて、

「今、吾が生める子ふさわず。なほうべ天つ神の御所(みもと)に白(まを)さな」とのりたまひて、すなはち共に参(ま)ゐ上がりて、天つ神の命を請ひたまひき。

ここに天つ神の命以ちて、太卜(ふとまに)に卜(うら)へてのりたまひしく、「女(おみな)の先立ち言ひしに因りてふさはず、また還り降りて改め言へ」とのりたまひき。

かれここに降りまして、更にその天の御柱を往き廻りたまふこと、先の如くなりき。

ここに伊耶那岐の命、まづ「あなにやし、えをとめを」とのりたまひ、後に妹伊耶那美の命、「あなにやし、えをとこを」とのりたまひき。かくのりたまひ竟へて、御合いまして、

子淡路の穂の狭別の島を生みたまひき。

次に

伊予の二名(ふたな)の島を生みたまひき。この島は身一つにして面四つあり。面ごとに名あり。かれ伊予の国を愛比売(えひめ)といひ、讃岐の国を飯依比古(いいよりひこ)といひ、粟(あわ)の国を、大宜都比売(おほげつひめ)といひ、土左(とさ)の国を建依別(たけよりわけ)といふ。次に

隠岐(おき)の三子(みつご)の島を生みたまひき。またの名は天の忍許呂別(おしころわけ)。次に

筑紫(つくし)の島を生みたまひき。この島も身一つにして面四つあり。面ごとに名あり。かれ筑紫の国を白日別(しらひわけ)といひ、豊(とよ)の国を豊日別(とよひわけ)といひ、肥(ひ)の国を建日向日豊久士比泥別(たけひわけひとわくじひわけ)といひ、熊曽(くまそ)の国を建日別といふ。次に

伊岐(いき)の島を生みたまひき。またの名は天比登都柱(あめひとつはしら)といふ。次に

津(つ)島を生みたまひき。またの名は天(あめ)の狭手依比売(さでよりひめ)といふ。次に

佐渡(さど)の島を生みたまひき。次に

大倭豊秋津(おほやまととよあきつ)島を生みたまひき。またの名は天(あま)つ御虚空豊秋津根別(もそらとよあきつねわけ)といふ。

かれこの八島のまづ生まれしに因りて、大八島国(おほやしまくに)といふ。

然ありて後還ります時に、

吉備(きび)の児島(こじま)を生みたまひき。またの名は建日方別(たけひかたわけ)といふ。次に

小豆島(あづきしま)を生みたまひき。またの名は大野手比売(おほのてひめ)といふ。次に

大島(おほしま)を生みたまひき。またの名は大多麻流別(おほたまるわけ)といふ。次に

女島(ひめしま)を生みたまひき。またの名は天一根(あめひとつね)といふ。次に

知珂(ちか)の島を生みたまひき。またの名は天の忍男(おしを)。次に

両児(ふたご)の島を生みたまひき。またの名は天の両屋(ふたや)といふ。

既に国を生み竟(を)へて、更に神を生みたまひき。

かれ生みたまふ神の名は

大事忍男(おおことおしを)の神、次に

石土昆古(いはつちひこ)の神を生みたまひ、次に

石巣(いはす)比売の神を生みたまひ、次に

大戸日別(おおとひわけ)の神を生みたまひ、次に

天の吹男(あめのふきを)の神を生みたまひ、次に

大屋昆古(おおやひこ)の神を生みたまひ、次に

風木津別(かぜもつわけ)の忍男(おしを)の神を生みたまひ、次に

海(わた)の神名は大綿津見(わたつみ)の神を生みたまひ、次に

水戸(みなと)の神名に速秋津日子(はやあきつひこ)の神、次に

妹(いも)速秋津比売の神を生みたまひき。

この速秋津日子、妹速秋津比売の二神(ふたはしら)、河海によりて持ち別けて生みたまふ神の名は、

沫那芸(あわなぎ)の神。次に

沫那美の神。次に

頬那芸(つらなぎ)の神。次に

頬那美の神。次に

天の水分(みくまり)の神。次に

国の水分の神。次に

天の久比奢母智(くひざもち)の神、次に

国の久比奢母智の神。

次に

風の神名は志那都比古(しなつひこ)の神を生みたまひ、次に

木の神名は久久能智(くくのち)の神を生みたまひ、次に

山の神名は大山津見(おおやまつみ)の神を生みたまひ、次に

野の神名は鹿屋野比売(かやのひめ)の神を生みたまひき。またの名は野槌(のづち)の神といふ。

この大山津見の神、野槌(のづち)の神の二柱(ふたはしら)、山野によりて持ち別けて生みたまふ神の名は、

天の狭土(さづち)の神。次に

国の狭土の神。次に

天の狭霧(さぎり)の神。次に

国の狭霧の神。次に

天の闇戸(くらど)の神。次に

国の闇戸の神。次に

大戸惑子(おおとまどひこ)の神。次に

大戸惑女(め)の神。次に生みたまふ神の名は、

鳥の石楠船(いわくすふね)の神、またの名は天(あめ)の鳥船(とりふね)といふ。次に

大宜都比売(おほげつひめ)の神を生みたまひ、

次に

火(ほ)の夜芸速男(やぎはやお)の神を生みたまひき。またの名は火(ほ)の炫毘古(かがやびこ)の神といひ、またの名は火(ほ)の迦具土(かぐつち)の神といふ。

この子を生みたまひしによりて、御陰炙(みほどや)かえて病(や)み臥(こや)せり。

たぐりに生(な)りませる神の名は

金山毘古(かなやまびこ)の神。次に

金山毘売(びめ)の神。

次に屎(くそ)に成りませる神の名は

波邇夜須毘古(はにやすひこ)の神。次に

波邇夜須毘売(ひめ)の神。

次に尿(ゆまり)に成りませる神の名は

弥都波能売(みつはのめ)の神。次に

和久産巣日(わきむすび)の神。

この神の子は豊宇気毘売(とようけひめ)の神といふ。かれ伊耶那美の神は、火の神を生みたまひしに由りて、遂に神避(かむさ)りたまひき。

かれここに伊耶那岐の命の詔(の)りたまはく、「愛(うつく)しき我が汝妹(なにも)の命を、子の一木(ひとつき)に易(か)えつるかも」とのりたまひて、御枕方(みまくらへ)に葡匐(はらび)ひ御足方(みあとへ)に葡匐ひて哭(な)きたまふ時に、御涙に成りませる神は、香山(かぐやま)の畝尾(うねを)の木のもとにます、名は

泣沢女(なきさわめ)の神。

かれその神避(かむさ)りたまひし伊耶那美の神は、出雲(いずも)の国と伯伎(ははき)の国との堺なる比婆(ひば)の山に葬(をさ)めまつりき。

ここに伊耶那岐の命、御佩(みはか)せる十拳の剣を抜きて、その子迦具土の神の頚(くび)を斬りたまひき。ここにその御刀(みはかし)の前(さき)に著(つ)ける血、湯津石村に走(たばし)りつきて成りませる神の名は、

石柝(いはさく)の神。次に

根柝(ねさく)の神。次に

石筒(いはつつ)の男(を)の神。

次に御刀の本に著ける血も、湯津石村(ゆずいはむら)に走(たばし)りつきて成りませる神の名は、

甕速日(みかはやひ)の神。次に

樋速日(ひはやひ)の神。次に

建御雷(たけみかづち)の男の神。またの名は建布都(たけふつ)の神、またの名は豊(とよ)布都の神。

次に御刀の手上に集まる血、手俣(たなまた)より漏(く)き出(いで)て成りませる神の名は、

闇淤加美(くらおかみ)の神。次に

闇御津羽(くらみつは)の神。

殺さえたまひし迦具土の神の頭に成りませる神の名は、

正鹿山津見(まさかやまつみ)の神。

次に胸に成りませる神の名は、

淤縢(おど)山津見の神。

次に腹に成りませる神の名は、

奥(おく)山津見の神。

次に陰に成りませる神の名は、

闇(くら)山津見の神。

次に左の手に成りませる神の名は、

志芸(しぎ)山津見の神。

次に右の手に成りませる神の名は、

羽(は)山津見の神。

次に左の足に成りませる神の名は、

原(はら)山津見の神。

次に右の足に成りませる神の名は、

戸山津見の神。

かれ斬りたまへる刀の名は、天の尾羽張(おはばり)といひ、またの名は伊都(いつ)の尾羽張といふ。

ここにその妹伊耶那美の命を相見まくおもほして、黄泉国(よもつくに)に追ひ往(い)でましき。ここに殿の縢戸(くみど)より出で向へたまふ時に、伊耶那岐の命語らひて詔りたまひしく、「愛(うつく)しき我が汝妹(なにも)の命、吾と我と作れる国、いまだ作り竟(を)へずあれば、還りまさね」と詔りたまひき。ここに伊耶那美の命の答へたまはく、「悔(くや)しかも、速(と)く来まさず。吾は黄泉戸喫(へぐひ)しつ。然れども愛しき我が汝兄(なせ)の命、入り来ませること恐(かしこ)し。かれ還りなむを。しまらく黄泉神(よもつかみ)と論(あげつら)はむ。我をな視たまひそ」と、かく白(もお)して、その殿内(とのぬち)に還り入りませるほど、いと久しくて待ちかねたまひき。

かれ左の御髻(みみづら)に刺させる湯津爪櫛(ゆつつまくし)の男柱一箇(をはしらひとつ)取り闕(か)きて、一(ひと)つ火燭(びとも)して入り見たまふ時に、蛆(うじ)たかれころろぎて、頭(かしら)には大雷(おほいかづち)居り、胸には火(ほ)の雷居り、腹には黒雷居り、陰(ほと)には柝(さく)雷居り、左の手には若(わき)雷居り、右の手には土雷居り、左の足には鳴(なる)雷居り、右の足には伏(ふし)雷居り、并せて八くさの雷神成り居りき。

ここに伊耶那岐の命、見畏(みかしこ)みて逃げ還りたまふ時に、その妹伊耶那美の命、「吾に辱(はじ)見せつ」と言ひて、すなはち黄泉醜女(よもつしこめ)を遺(つかわ)して追はしめき。ここに伊耶那岐の命、黒御縵(くろみかづら)を投げ棄(う)てたまひしかば、すなはち蒲子生(えびかづらな)りき。こを摭(ひり)ひ食(は)む間に逃げ行でますを、なほ追ひしかば、またその右の御髻(みみづら)に刺させる湯津爪櫛を引き闕きて投げ棄(う)てたまへば、すなはち笋(たかむな)生りき。こを抜き食(は)む間に、逃げ行でましき。

また後にはかの八くさの雷神に、千五百(ちいほ)の黄泉軍(よもついくさ)を副(たぐ)へて追はしめき。ここに御佩(みはかし)の十拳の剣を抜きて、後手(しりで)に振(ふ)きつつ逃げませるを、なほ追ひて黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂本に到る時に、その坂本なる桃の子(み)三つをとりて持ち撃ちたまひしかば、悉に引き返りき。ここに伊耶那岐の命、桃の子に告(の)りたまはく、「汝(いまし)、吾を助けしがごと、葦原の中つ国にあらゆる現しき青人草の、苦(う)き瀬に落ちて、患惚(たしな)まむ時に助けてよ」とのりたまひて、意富加牟豆美(おほかむづみ)の命といふ名を賜ひき。

最後(いやはて)にその妹伊耶那美の命、身みづから追ひ来ましき。ここに千引(ちびき)の石(いは)をその黄泉比良坂に引き塞(さ)へて、その石を中に置きて、その石を中に置きて、おのもおのも対(む)き立たして、事戸(ことど)を度(わた)す時に、伊耶那美の命のりたまはく、「愛(うつく)しき我が汝兄(なせ)の命、かくしたまはば、汝の国の人草、一日(ひとひ)に千頭絞(ちかしらくび)り殺さむ」とのりたまひき。ここに伊耶那岐の命、詔りたまはく、「愛しき我が汝妹の命、汝(みまし)然したまはば、吾(あ)は一日に千五百の産屋を立てむ」とのりたまひき。ここを以(も)ちて一日にかならず千人(ちたり)死に、一日にかならず千五百人(ちいほたり)なも生まるる。

かれその伊耶那美の命に号(なづ)けて黄泉津(よもつ)大神といふ。またその追ひ及(し)きしをもちて、道敷(ちしき)の大神といへり。またその黄泉の坂に塞れる石は、道反(ちかへし)の大神ともいひ、塞へます黄泉戸(よみど)の大神ともいふ。かれそのいはゆる黄泉比良坂(よもつひらさか)は、今、出雲の国の伊織夜(いふや)坂といふ。

ここを以ちて伊耶那岐の大神の詔りたまひしく、「吾(あ)はいな醜(しこ)め醜めき穢(きた)なき国に到りてありけり。

かれ吾は御身(おほみま)の禊(はらへ)せむ」とのりたまひて、竺紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小門(おど)の阿波岐原(あはぎはら)に到りまして、禊ぎ祓へたまひき。

かれ投げ棄(う)つる御杖に成りませる神の名は、

衝き立つ船戸(つきたつふなど)の神。

次に投げ棄つる御帯(みおび)に成りませる神の名は、

道の長乳歯(みちのながちは)の神。

次に投げ棄つる御嚢(みふくろ)に成りませる神の名は、

時量師(ときおかし)の神。

次に投げ棄つる御衣(みけし)に成りませる神の名は、

煩累の大人(わずらひのうし)の神。

次に投げ棄つる御褌(みはかま)に成りませる神の名は、

道俣(ちまた)の神。

次に投げ棄つる御冠(みかかぶり)に成りませる神の名は、

飽咋の大人(あきぐひのうし)の神。

次に投げ棄つる左の御手の手纏(たまき)に成りませる神の名は、

奥疎(おきさかる)の神。次に

奥津那芸佐毘古(なぎさびこ)の神。次に

奥津甲斐弁羅(かいべら)の神。

次に投げ棄つる右の御手の手纏に成りませる神の名は、

辺疎(へさかる)の神。次に

辺津那芸佐毘古(へつなぎさびこ)の神。次に

辺津甲斐弁羅(へつかいべら)の神。

ここに詔りたまはく、「上(かみ)つ瀬は瀬速し、下(しも)つ瀬は弱し」と詔りたまひて、初めて中つ瀬に堕(い)り潜(かづ)きて、滌(すす)ぎたまふ時に、成りませる神の名は、

八十禍津日(やそまがつひ)の神。次に

大禍津日(おほまがつひ)の神。

この二神(ふたはしら)は、かの穢(きたな)き繁(し)き国に到りたまひし時の汚垢(けがれ)によりて成りませる神なり。

次にその禍を直さむとして成りませる神の名は、

神直毘(かむなほひ)の神。次に

大直毘(おほなほひ)の神。次に

伊豆能売(いずのめ)。

次に水底(みなそこ)に滌(すすぎ)ぎたまふ時に成りませる神の名は、

底津綿津見(そこつわたつみ)の神。次に

底筒(そこつつ)の男(を)の命。

中に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、

中津綿津見の神。次に

中筒の男の命。

水の上に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、

上津綿津見の神。次に

上筒の男の命。

この三柱の綿津見の神は、阿曇(あずみ)の連(むらじ)等が祖神(おやかみ)と斎(いつ)く神なり。かれ阿曇の連等は、その綿津見の神の子宇都志(うつし)日金柝の命の子孫(のち)なり。その底筒の男の命、中筒の男の命、上筒の男の命三柱の神は、墨(すみ)の江(え)の三前の大神なり。

ここに左の御目を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、

天照らす大御神。

次に右の御目を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、

月読(つくよみ)の命。

次に御鼻を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、

建速須佐の男の命。

この時伊耶那岐の命大(いた)く歓喜(よろこ)ばして詔りたまひしく、「吾は子を生み生みて、生みの終(はて)に、三はしらの貴子(うずみこ)を得たり」と詔りたまひて、すなはちその御頸珠(みくびたま)の玉(たま)の緒ももゆらに取りゆらかして、

天照らす大御神に賜ひて詔りたまはく、「汝(な)が命(みこと)は高天の原を知らせ」と、言依(ことよ)さして賜ひき。かれその御頸珠の名を、御倉板挙(みくらたな)の神といふ。

次に月読の命に詔りたまはく、「汝が命は夜(よ)の食国(おすくに)を知らせ」と、言依さしたまひき。

次に建速須佐の男の命に詔りたまはく、「汝が命は海原(よなばら)を知らせ」と、言依さしたまひき。

故(かれ)、各(おのおの)依(よ)さしたまひし命(みこと)の随(まにま)に、知らしめす中に、速須佐(はやすさ)の男(を)の命(みこと)、依さしたまへる国を治らさずて、八拳須心前(やつかひげむなさき)に至るまで、啼(な)きいさちき。その泣く状(さま)は、青山は枯山なす泣き枯らし、河海は悉(ことごと)に泣き乾(ほ)しき。ここをもちて悪(あら)ぶる神の音なひ、さ蝿(ばへ)如(な)す皆満ち、萬の物の妖(わざわひ)悉に発(おこ)りき。

故(かれ)、伊耶那岐の大御神、速須佐之男命に詔りたまはく、「何とかも汝(いまし)は事依させる国を治らさずて、哭きいさちる。」とのりたまへば、答へ白さく、「僕(あ)は妣(はは)の国根(ね)の堅洲国(かたすくに)に羅(まか)らむとおもふがからに哭く」とまをしたまひき。ここに伊耶那岐の大御神大く(いた)忿怒(いか)らして詔りたまはく、「然(しか)らば汝はこの国にな住(とど)まりそ」と詔りたまひて、すなはち神遂(かむや)らひに遂らひたまひき。故、その伊耶那岐大神は、淡路の多賀にまします。

▲▲▲ここまで▲▲▲

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