[運用 16] 頭に成りませる神の名は  正鹿山津見(まさかやまつみ)の神

殺さえたまひし迦具土の神の頭に成りませる神の名は、正鹿山津見(まさかやまつみ)の神。次に胸に成りませる神の名は、淤縢(おど)山津見の神。次に腹に成りませる神の名は、奥(おく)山津見の神。次に陰に成りませる神の名は、闇(くら)山津見の神。次に左の手に成りませる神の名は、志芸(しぎ)山津見の神。次に右の手に成りませる神の名は、羽(は)山津見の神。次に左の足に成りませる神の名は、原(はら)山津見の神。次に右の足に成りませる神の名は、戸山津見の神。かれ斬りたまへる刀の名は、天の尾羽張(おはばり)といひ、またの名は伊都(いつ)の尾羽張といふ。

先に伊耶那岐の命は五十音言霊によって構成された迦具土の神を十拳剣で分析・検討して、斬った主体側の真理として建御雷の男の神という人間精神の理想構造を自覚いたしました。今度は十拳剣で斬られて殺された客体である迦具土の神からは何が生まれ出て来るのでしょうか。迦具土の神とは言霊五十音を粘土板に彫り刻んだ神代表音文字の事でありますから、斬られる客体である迦具土の神から表われるのは神代表音文字の原理・道理の事であります。言い換えますと、一つ一つの表音神代文字が言霊の原理の中のどの部分を強調し、どの様な表現を目的として作られたか、の分析・検討であります。

古事記の子音創生の所で説明されました大山津見の神は言霊ハ、即ち言葉の事でありました。大山津見の山とは八間のことで、図形で表わされる八つの父韻の活動する図式であり、この父韻の活動によって言葉が現われて来ました。山津見とは八間の原理から(山)出て来て(津)形となって現われたもの(見)の意でありました。大山津見の神は言霊ハとして言葉を意味しますが、ここに登場する八つの山津見の神は、言葉を更に文字に表わしたものの謂であります。その神代表音文字の作り方に古事記は代表的なものとして八種の文字原理を挙げております。ここに登場します正鹿山津見、淤縢山津見、奥山津見、闇山津見、志芸山津見、羽山津見、原山津見、戸山津見の八神がそれであります。

竹内古文献等の古文書、または神社、仏閣に伝わる日本の古代文字を調べますと、六十種類以上の神代表音文字が存在すると伝えられています。また奈良県天理市の石上神宮に伝わる十種(とくさ)の神宝(かむたから)の中の蛇の比札(ひれ)・百足(むかで)の比札・蜂の比札・種々物(くさぐさもの)の比札といわれるものは明らかに古代表音文字であります。比札とは霊顕(ひれ)とも書き、霊(ひ)は言霊であり、顕(れ)は現われるで文字である事を示しています。ただこれ等数十種類の神代文字が、古事記に示される八種の山津見の神の文字作成法の何(いず)れに属するものなのか、の研究が進んでいません。言霊学研究の先輩である山腰明将氏、小笠原孝次氏と継承された古代文字に関する見解を踏襲してお伝えいたしますが、今回は簡単な図表形式にして示しました。詳しくは「古事記と言霊」の中の「神代文字の原理」をお読み下さい。尚、石上神宮の十種の神宝の中の四種類の比札(文字)は同書171頁を参照下さい。

古事記神名

体の部分

文字の作り方

正鹿山津見 頭・神知(かし)ら 正鹿(まさか)は真性。言霊原理がそのまま表現される文字の作り方。龍形文字

淤縢山津見 胸・息を出す所 言葉を発声する法則に基づく文字構成法

奥山津見 腹・音図上 奥はオを繰(お)る。音図上の文字が調和するような文字の作り方

闇山津見 陰(ほと)・子が生まれる所 闇は繰る。言葉が文字となる原理がよく分る文字の作り方

志芸山津見 左の手・霊足り(全体)主眼 志芸(しぎ)は五十音言霊。文字の書き方に書き方をおく文字構成法

羽山津見 右の手・身切り(部分) 羽は言葉。言霊の一つ一つの内容を強調する文字の作り方

原山津見 左の足・運用法 原は言霊図。言霊図全体の運用法が分るような文字構成法

戸山津見 右の足 言霊図の十列の区別がよく分るような文字構成法

女島(ひめしま)又の名は天一根(あめひとつね)

以上の八つの神代表音文字の構成原理が人間の心の宇宙の中に占める区分を女島(ひめしま)と言います。女島の女(ひめ)は女(おんな)と呼び、即ち音名であり、それは文字の事となります。また文字には言葉が秘められています。即ち女(ひめ)島であります。またの名、天一根(あめひとつね)とは、神代文字はすべて火の迦具土の神という言霊ンから現われ出たものでありますので言霊(天)の一つの音でそう呼ばれます。

かれ斬りたまへる刀(たち)の名は天の尾羽張(おはばり)といひ、またの名は伊都(いつ)の尾羽張といふ。

迦具土の神の頚(くび)を十拳剣で斬り、斬る主体である伊耶那岐の命の側に建御雷の男の神という人間精神理想の構造原理が自覚され、また斬られた客体側に神代表音文字の八種の構成原理が発見されました。尾羽張(おはばり)とは鳥の尾羽が末広がりになる姿で、この十拳剣を活用すれば人間社会の文明は彌栄(いやさか)に発展する事が可能となります。その為にこの十拳剣の判断力(分析・総合)に天の尾羽張り、またの名伊都の尾羽張の名が付けられのであります。天(あめ)とは先天または天与の意であり、伊都(いつ)とは御稜威(みいず)の意であります。御稜威とは力または権威という事です。

この尾羽張の剣の判断力の活用は古来全世界の神話・宗教書に書かれました。ギリシア神話にオリオン星座(Orion, Oharion)が取上げられています。この星座の十字形が時間と空間を縦横に斬る十拳剣の分析と総合の人間天与の判断力の活用の象徴として説かれています。また旧約聖書のヨブ記に同様の記述があります。「ヱホバ大風の中よりヨブに答えて宣(のた)まはく、……なんじ昴宿[ぼうしゅく](スバル星)の鏈索(くさり)を結び得るや。参宿[さんじゅく](オリオン)の繋縄(つなぎ)を解き得るや。なんじ十二宮をその時にしたがひて引いだし得るや。また北斗とその子星を導き得るや。……」私は初めてこの聖書の文章に出合った時、宗教で謂う救世主(ヨブはイエス・キリスト以前のキリストと呼ばれます)は記述の如き超能力の持主なのか、と思ったものでした。言霊布斗麻邇の学に出合うに及び、この様な神話や宗教書の中の文章がすべて太古に世界に流布されていた言霊学の心と言葉の原理に基づく記述であることを知り、神と人間との関係という問題を解決する事が出来のであります。